歴史の世界

【書評】渡瀬裕哉『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか~アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』

本書曰く、「分断」の原因は、アメリカの選挙にある。 候補者が当選するためには有権者にとって重要な問題「争点」における主張・論争の中で、有権者の信頼を勝ち取ることがどうしても必要だ。 しかし、現在の選挙ではその「争点」を無理やり作り出して、有…

【戦略学】フィクションその2

前回からの続き。 戦略とフィクション 起業家とフィクション ウソの分類 陰謀論とフィクション 戦略とフィクション 奥山氏がなぜフィクションにこだわるのか。以下の動画で語っている。この動画の中で戦略とフィクションの関係についても語っている。 「戦略…

【戦略学】フィクション その1

「現実を見ろ!」と主張するリアリストの奥山真司氏が、一方で「フィクションは大事だ」と言っている。興味深い。 どうしてフィクションが重要なのかを以下に書き留めておく。 (フィクションと戦略の関係の話は次回にする。) この記事における「フィクショ…

【戦略学】リアリズム(とリベラリズム)

リアリズムが戦略学のカテゴリーに入るのか、正直わからないのだが、とりあえず戦略を立てる上で知っておかなければならない用語らしいので、ここに書いておく。 ここで書くことは表面的なことだけなので、ガッツリ学びたい人は 奥山真司氏の音声教材 で勉強…

【戦略学】勝つためにはルールを作る権力を握らなければならない

かつて国際スポーツの中で日本が強かった競技で、ルールを変更されて金メダルが獲れなくなったという話がいくつもある。日本人は「欧米人はズルい!」という。私だってそういう思いはある。しかし、そう言い続けるだけでは同じことが続くだけになる。 ルール…

【戦略学】戦略と戦術/戦略の階層

地政学に引き続いて、戦略学について書いていく。その理由は地政学者の奥山真司氏が一般人向けに説明してくれていることと、日本にとって最も足りない部分であることという点にある。 そんなわけで、戦略学と言っても奥山氏が紹介する入り口の部分だけを勉強…

【書評】奥山真司『地政学―アメリカの世界戦略地図』

最近(2020年)、『サクッとわかるビジネス教養 地政学』という本が3ヶ月で10万部売れた(出版社談)と話題になっている(出版社がそのように宣伝している)。この本の監修者が奥山真司氏だ。 私もこの本を買って読んでみたのだが、地政学よりも「地政学を…

【地政学】チョークポイントと拠点

チョークポイントと拠点。地政学で使われる用語。他分野でも使われる言葉だが、地政学ではどういった意味合いを持つのか? チョークポイント 拠点 チョークポイント 地政学者の奥山真司さんが以下の動画でチョークポイントについて説明している。 2.地政学…

【地政学】バランス・オブ・パワーと分割統治(ディバイド・アンド・ルール)

国際時事問題のニュースでたまに見聞きする用語。バランス・オブ・パワーと分割統治(ディバイド・アンド・ルール)。 これらは地政学関連の言葉らしい(国際政治・国際関係論・世界史などにも出てくる)。 分割統治(ディバイド・アンド・ルール) バランス…

【地政学】ハートランドとリムランド

前回からの続き。 今回はハートランドとリムランドについて。 地政学の開祖ハルフォード・マッキンダーと「ハートランド」 「リムランド」の発案者ニコラス・スパイクマン まとめ 地政学の開祖ハルフォード・マッキンダーと「ハートランド」 出典:出典:"The…

【地政学】ランドパワーとシーパワー

奥山真司氏によれば *1、 18世紀末から19世紀初頭にかけてマハン(アメリカ)がランドパワーとシーパワーの概念を提唱し、マッキンダー(イギリス)がハートランドという概念を提唱した。 そして第二次大戦の時期にスパイクマン(アメリカ)によってリムラン…

地政学と地理と日本の関係(敗戦後、GHQに地理の授業を禁止された)

地政学はGeopoliticsの訳語。Geoが地理学を、politicsが政治学を表す。だから地政学とは地理学を応用して政治に使う学問である、と言っても間違いではないとは思うが、この説明では誰も納得しないだろう。 この記事では、地理学とは何かについてと、日本にお…

「地政学とは何か」を考える

「地政学とは何か」を考える。 地政学とは何か マクロ的な地政学 非マクロ的な地政学 終わりに 地政学とは何か 地政学というのは簡単に言うと、ある国が他国/他地域を支配するためのツールの一つである。 「ある国」というのは主にアメリカやロシア・中国の…

「地政学」シリーズを書く

今回から地政学について書いていく。 「地政学」の需要の高まり 「地政学」を簡単に説明すると... 「地政学」の需要の高まり ニュースで「地政学的に〇〇だ」みたいな形でたまに見聞きする。例えば「日本にとって台湾は地政学的に重要だ」など。「台湾」の代…

【書評】江崎道朗・福島香織・宮脇淳子『米中ソに翻弄されたアジア史』

米中ソに翻弄されたアジア史 カンボジアで考えた日本の対アジア戦略作者:江崎 道朗,福島 香織,宮脇 淳子発売日: 2020/09/26メディア: 単行本(ソフトカバー) 副題は「カンボジアで考えた日本の対アジア戦略」。 帯には「中国共産党による各国への〝共産主義…

【書評】内藤陽介『みんな大好き陰謀論』

みんな大好き陰謀論作者:内藤 陽介発売日: 2020/07/04メディア: 単行本(ソフトカバー) 副題は「ダマされやすい人のためのリテラシー向上入門」。 帯には以下のように書いてある。 あなたは大丈夫? 賢い人ほどダマされる! 無自覚で拡散される負の連鎖を断…

「秦代/楚漢戦争」カテゴリーの主要な参考図書およびウェブサイト

「秦代/楚漢戦争」のカテゴリはこれで終わり。 以下はこのカテゴリーで利用した主な参考図書およびウェブサイト。 《鶴間和幸/中国03 ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国/講談社/2004》《鶴間和幸/人間・始皇帝/岩波新書/2015》 岡田英弘/この厄介…

楚漢戦争㉘ まとめ その4/止

第六幕:雌雄決す 広武山での2つの出来事 広武山で項羽と劉邦が呼びかけあう。 出典:藤田勝久/項羽と劉邦の時代/講談社選書メチエ/2006/p187 項羽は一騎打ちを要求したり、人質の父・嫁を殺すと脅したりするが劉邦は応じない。劣勢と優勢を自認してい…

楚漢戦争㉗ まとめ その3

今回は項羽政権の崩壊と劉邦の再登場。 項羽は天下を取ったはいいものの何の準備もしていなかったため、その体制は簡単に瓦解してしまった。 中華世界は再び動乱へと戻っていったが、項羽の軍門に降っていた劉邦はこの機に乗じて関中を制圧し、項羽に宣戦布…

楚漢戦争㉖ まとめ その2

前回からの続き。 今回は項羽と劉邦がいよいよ歴史の中心人物になる時期の話。 有名な鴻門の会にも触れる。 第三幕:懐王政権と鉅鹿の戦い 懐王政権 各地の状況 秦軍と趙軍の動き 楚軍、攻撃を開始する 別働隊の劉邦軍 「関中王」劉邦 鴻門の会 第三幕:懐王…

楚漢戦争㉕ まとめ その1

これまで長々と楚漢戦争について書いてきたが、今回はそのまとめを書く。(といっても複数の記事になってしまう)。 暦の問題 第一幕:陳勝・呉広の乱 反乱の原因 反乱の始まりと終わり 第二幕:項羽と劉邦(と項梁)の登場 楚漢戦争の起点は定説がないよう…

楚漢戦争㉔ 戦後の韓信の処遇

楚漢戦争後、漢帝国成立の後、韓信は粛清される。 信頼されなかった韓信 戦後の韓信の転落 韓信に同情する司馬遷 『史記』における韓信の列伝である淮陰侯列伝には以下の一文が書いてある。 項羽已破,高祖襲奪齊王軍 出典:史記/卷092 - Wikisource (項羽…

楚漢戦争㉓ 雌雄決す ── 垓下の戦い

形成は劉邦陣営に大きく傾いたが、ここから一気に勝負に向かわずに、この後しばらく戦争は続く。 以下に、雌雄が決する垓下の戦いまでを書く。 広武山での直接対決 広武山での停戦協定 垓下の戦い 異説を考える 劉邦軍が単独で項羽に攻めかかった 停戦協定直…

楚漢戦争㉒ 逆転劇

前回の滎陽城陥落の後からの劉邦の逆転劇を書いていく。 劉邦軍の反撃 韓信の斉掌握 韓信、楚の大軍を破る 劉邦、圧倒的優位に立つ 韓信以外の活躍 陳平 彭越 蕭何 出典:藤田勝久/項羽と劉邦の時代/講談社選書メチエ/2006/p164 前回、滎陽城から逃走し…

楚漢戦争㉑ 滎陽の攻防

前回書いた彭城の戦いにおいて劉邦は惨敗し、劉邦自身は辛くも彭城から逃げ切って態勢を整えようとしていた。 彭城の戦いが劉邦と項羽の第一番目の直接対決とすれば、滎陽(けいよう)の戦いが第二番目の戦いとなるのだが、今回はその間の情勢について書いて…

楚漢戦争⑳ 彭城の戦い

いよいよ彭城の戦い。漢王劉邦が西楚覇王項羽に宣戦布告して、楚漢戦争の本番が始まる。 ただし、楚漢戦争の始まりの時期は諸説あるようだが、このブログでは、劉邦が項羽に対して宣戦布告したこの時点を楚漢戦争の起点とする。そして彭城の戦いの起点も こ…

楚漢戦争⑲ 劉邦の躍進

前回までは項羽政権の全体を見てきたが、今回は劉邦の分封後の展開を見ていく。 劉邦の分封 巴蜀 漢中 韓信登場 劉邦の関中侵攻 漢の社稷を建てる 魏の攻略 陳平の劉邦陣営の加入 彭城の戦いへ 劉邦の分封 巴蜀 懐王は鉅鹿の戦いの前に諸将の面前で「先に関…

楚漢戦争⑱ 項羽政権の瓦解 後編

旧秦地域 韓・魏 楚地域 年表 彭城の戦いの直前までの情勢 旧秦地域 まず、劉邦は巴蜀と漢中を、秦の降将3将にそれぞれ関中を3分割して分封された。しかし、8月になると、劉邦は関中を征服し、旧秦地域全土をほとんど手中に収める。 項羽は激怒するのだが…

楚漢戦争⑰ 項羽政権の瓦解 前編

前回からの続き。 漢元年(前206年)1月に項羽による論功行賞(十八王分封)が行われ、いちおう項羽政権が始まる。しかし早くも5月に斉において反乱が起き、ここから項羽政権は崩壊の一途を辿(たど)ることになる。 漢2年(前205年)4月に反項羽軍によ…

楚漢戦争⑯ 十八王の分封と項羽政権

前回からの続き。 項羽の咸陽入場 十八王の分封 弱かった項羽政権 項羽の咸陽入場 鴻門の会により劉邦が全面降伏あるいは全面服従をした後、項羽と諸将は咸陽に入った。 『史記』において、劉邦が寛容な態度を示したのと対象的に項羽は残虐行為を繰り返した…