歴史の世界

「幕末の金(ゴールド)の海外大量流出事件」のその後について

前回、「幕末の金(ゴールド)の海外大量流出事件について」という記事を書いたが、今回は、その後の話を書く。

金(というか小判)の海外流出は数十年前までに想定されていたよりも少ない、というのが最近では有力になっている、ということは前回の記事で紹介した。

貨幣改鋳

金流出の自体に気づいた幕閣は、天保小判に代えて安政小判を作った。加えて安政二朱銀という貿易用の特殊な通貨も発行した。しかし、総領事(駐日大使)のハリス(米)やオールコック(英)の抗議に遭い、一ヶ月弱で通用停止となった。

幕閣はハリスらとの協議の末、金・銀国債標準の相場に対応した万延小判と安政一分銀を発行した。これにより流出騒ぎは収まった。

急激なインフレ

ただし、上記の対応のせいで、別の現象が起こる。それがインフレだ。

万延小判の金の含有量を天保小判のそれの3分の1にしたことで小判の価値が下落したこと、改鋳した金を使って小判を大量発行したことで、急激なインフレが起こった。

また、金の大量流出の対価として流入してきた大量の銀によって、国内の銀の価値が暴落した。そして幕府は銀貨の価値が9分の1に落ちるほど大量発行した。当然インフレに拍車がかかった。

そして、市場が混乱して、幕府の信用が落ちた。

藩札の信用の維持(長州藩の場合)

上念司『経済で読み解く日本史 江戸時代』では、長州藩の藩札に注目している。

これによれば、長州藩が金流出事件より前にそれまでの3倍となる藩札を大量発行していた。当然、藩札の価値が下落するわけだが、幕府が上記の「9分の1」というさらなる大量発行をしたために、むしろ長州藩の藩札のほうが信用が相対的に高くなってしまった。そのため藩札の価値の下落は大量発行前と比べて1割弱程度に収まった。

長州藩は万年藩財政難の克服のための藩政改革を成功させたと言われているが、上記のことは改革に有為に働いた。

成長産業の勃興

急激なインフレは庶民にとって害だが、当時の庶民はただ悲嘆に暮れているほど弱くはなかった。

前回の記事では書いた通り、江戸時代の庶民は経済成長する活力を持っていた。幕末の急激なインフレはさすがに全ては吸収できなかったが、それでも経済成長の踏み台として大いに活用した。さらに言えば、海外の買い手を獲得したことも大きい。さらに、奇跡のような幸運をつかむ。

幕末のころ、ヨーロッパでは微粒子病という蚕の病気が蔓延し、蚕は繭を作る前に死んでしまい生糸が払底していました。頼りにしていた清国(今の中国)はアヘン戦争などで十分に養蚕ができずにいました。そこで、日本の生糸に注目したのです。各国の貿易商は日本からまず生糸を買い付けました。生糸輸出の始まった万延元(1890)年の総輸出品目における生糸の割合は65.6パーセント。それ以降毎年70パーセント前後で推移しています。生糸は輸出の花形、稼ぎ頭だったのです。

出典:日本の絹の歴史 - 着物ブログ

当時の日本は欧州列強からは後進国 *1 とみなされていたが、経済においては劣らない部分も少なからずあった。その一面が生糸の品質だ。日本の生糸は列強国の品質の需要を満たすクオリティーを以前からすでに持っていた。

国内のインフレの効果もあり、海外市場価格の半額以下で輸出することが出来た。このチャンスに庶民はこぞって生糸産業に参戦した(生糸以外にもお茶産業も同じような道をたどる)。

経済成長の活力・インフレと上記の幸運が相まって、生糸(製糸)産業は飛躍的に発展した。これが明治維新を経て、大日本帝国初期を支える基幹産業となった。

まとめ

前回の記事では「最近の研究では流出規模はそれほど大きくなかったとの見方が有力」という話を紹介したのだが、この事件がもたらす影響はインフレと形を変えて波及していったわけだ。

*1:未開な国ではないが、列強国と同等とは言えない半独立国

幕末の金(ゴールド)の海外大量流出事件について

幕末の通貨問題(ばくまつのつうかもんだい)とは、日米和親条約締結後に決められた日本貨幣と海外貨幣の交換比率に関する問題。日本と諸外国の金銀交換比率が異なったため、日本から大量の金が流出した。

出典:幕末の通貨問題 - Wikipedia

この話を知ったのは佐藤雅美大君の通貨―幕末「円ドル」戦争 』という本で、かなり驚いたのだが、結構有名な話のようで、ベネッセのwebサイトでは高校生向けの説明が紹介されていた(ベネッセのリンク先)。

以下では、wikipediaのページを基に、自分なりに書いておく。

問題の前提

江戸幕府の台所事情と通貨事情

江戸幕府が開かれると、幕府は各地の金・銀・銅などの鉱山を直轄地とした。開府当初は各藩に大盤振る舞いするなど「気前良く」散財していた。はたして、五代将軍・綱吉の時代には「このままでは金・銀の量が底をつく」という問題が発生した。

上記の問題に加えて、飛躍的な経済成長により大量の貨幣の需要が必要となった。貨幣を発行する金が手元にわずかしかなくなる事態となった(鉱山の発掘が間に合わなくなったと言うべきか)。

この2つの問題を一挙に解決した人物が綱吉の治世の勘定奉行・荻原重秀だ(江戸時代の通貨制度は現代より複雑なため、ここでは詳しく触れない。詳しいことが知りたい人はweb検索で「東の金遣い 西の銀遣い」で検索してほしい)。

簡単に説明すると小判の改鋳をやった。慶長小判よりも金の含有量が低い元禄小判を作って等価交換させた。これにより500万両以上の利益(シニョリッジ、出目)を得ることが出来た。

このような改鋳は世界の古今東西で行われていたが、やりすぎると貨幣の価値の減少によるインフレが起こり、その結果、致命的な混乱を起こしかねないというリスクがある。

しかし、上記の通り、当時の日本は持続的な経済成長をしていて貨幣の需要が高かったので、多少の混乱はあったかも知れないが、結果としては「2つの問題」を一挙に解決して、江戸幕府は潤い、世の中は元禄文化の栄華を味わった。

ただし、話はこれで終わらない。荻原重秀のようなやり方を良しとしない人物が現れた。これが新井白石だ。彼は「あぶく銭」で儲けることを嫌った。

白石は将軍の代替わりをきっかけに権力をもって、荻原重秀を失脚させた。そして何をやったかといえば重秀と逆の改鋳を行った。この結果は「2つの問題」がまた復活した。幕府の財政は破綻と背中合わせとなり、世の中はデフレ不況を経験する......

以後、江戸幕府後期は、荻原重秀のような「インフレ改鋳派」と新井白石のような「デフレ改鋳派」が交互に現れる。ただし、彼らが「インフレ」とか「デフレ」とかどの程度理解していたのかは分からない。現在のようには理解できていないのは当然だろうが。

金銀比価

もう一つ、問題の前提の話。

金銀比価
銀の価格を1としたとき、それに対してそれと同一重量の金の価格が示す倍率。

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

幕末の時代の世界の金銀比価は1:15だった。メキシコの銀鉱山が大量の銀を産出したため、銀の価値が下がった。加えて日本の石見銀山も銀の下落に多少は寄与したらしい。

鎖国していた幕末の日本は世界標準よりは多少 銀の価値が高かったが、開国の交渉で決められた日米修好通商条約ができた時は、おそらく世界標準のレートが想定されただろう。

本題:流出事件の真相

流出した理由(簡単に言うと)

【質問内容】
なぜ金と銀の交換比率が日本が1:5で外国が1:15だと,金貨が大量に流出するのかが分かりません「外国人は外国銀貨を日本に持ち込んで日本の金貨を安く手に入れた」という部分の仕組みを教えて下さい。よろしくお願いします。

【質問への回答】
[中略]簡単に言うと外国では金1gと銀を交換するためには銀15gが必要でしたが,日本では,同じ金1gを5gの銀と交換することができ,外国で交換するよりも銀の量が少なくて済みました。
つまり,日本に銀をもっていくと他の国の3倍の金が手に入る計算になったのです。

出典:幕末|金銀比価の違いによる大量の金貨流出|高校日本史|定期テスト対策サイト/ベネッセ

つまり、日本の金銀比価が1:5だったというのだ。これはおかしい。幕閣も承知していないところだ。なぜそうなったのか?

同種同量の交換

開国の交渉で有名なタウンゼント・ハリスと幕閣は通貨取引の交渉を行った。

結局、実質価値に満たない名目貨幣としての銀貨は国際的には通用しないとハリスに押し切られ、同種同量交換の1ドル=3分の交換比率を承諾することになる。

出典:幕末の通貨問題 - Wikipedia

「1ドル」とは当時世界を流通していたメキシコドル。洋銀と呼ばれることもある。メキシコドルは実質価値に満たす実物貨幣。

「3分」の「分」とは一分銀のこと。小判1両=4分。

前述の通り、江戸幕府は改鋳差益が貴重な財源であったため、小判も一分銀も「実質実質価値に満たない名目貨幣」だった。ハリスはこれを否定し、幕閣はこれを飲んでしまった。

アメリカの軍事力を背景としたハリスの脅しのほかに、幕閣が貨幣問題に疎かったということもある。

面倒くさい算数の話 その1

出典:幕末の通貨問題 - Wikipedia

さて、上記のようなことがなぜ起こったのか(メキシコドルが3倍になったのか?)を説明する。

・まず、メキシコドルに含まれる銀の含有量が23.2g。天保一分銀は8.62g。これが「同種同量交換の1ドル=3分の交換比率」の根拠。これにより4ドルは12分と交換される。

・次に、1両=4分のため、12分が3両に交換される。

・その次。小判3枚がなぜ12ドルに化けるのかというと...次の小見出しに続く。

面倒くさい算数の話 その2

当時流通していたのが天保小判。金と銀の含有量はそれぞれ6.38g、4.84g。金銀比価1:15として銀換算すると

4.84+(6.38×15)=100.54(g)

小判3枚は銀換算で301.62g相当。これを海外に持ち出してドルと同種同量交換すると、

301.62÷23.2(メキシコドル1枚)=13.0

上の計算では小判3枚でメキシコドル13枚と交換できることになるが、実際は12枚との交換だった。

これにより、日本の銀と金の比率は世界標準の3分の1、つまり1:5と表記されることとなった。

流出の具体的な量と影響

上記で「大量」とのみ表記されている日本からの金貨の流出量について、具体的な量は概算レベルでも一致した見解が提示されていない。武田晴人が2009年にまとめた資料によれば、開港からの半年で流出した額は10万両とも50万両ともいわれ幅が広い[10]。ただし、この流出に関連した国内経済へのインパクトは1861年には沈静化したと見られることから、「金貨流出の影響は一時的なものにとどまった」とした[10]。

武田資料を参照した鎮目雅人は2016年発表のワーキングペーパー上において、過去の研究では大量流出という捉え方が主流であったことを前提としつつも「最近の研究では流出規模はそれほど大きくなかったとの見方が有力」とした[11]。

出典:幕末の通貨問題 - Wikipedia

高校日本史で教える事項のひとつになっているようだが、難しい問題の割に影響が少なかったのなら、教えないほうが良いと思う。

本当は、「経済に疎い政治家に経済政策を任せると庶民の生活にひどい悪影響を及ぼす」ということの典型として教えてもらいたいのだが、ちゃんと理解してもらうには時間がかかりすぎる。

【読書ノート】江崎道朗 『なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力』

DIME」(後述)については、数年前より著者が日本に普及しようと努めている言葉だ。本書は、「DIME」という言葉については割りと簡単に説明できるが、これが国家にとってどれほど重要なものなのかを説明している本だ。

出版社による紹介と目次

企業人から政治家まで全日本人が学ぶべき新しい「経済安全保障」の教科書。
かつてないほど世界は複雑になっている。経済的な事象から世の中を読み解こうとしても、安全保障上の脅威がすべてを塗り替える時代になった。「経済安全保障」がビジネスの一大トレンドになっているのも、世の必然だろう。
そうした時代のなかで、いかに日本と世界の未来を見抜けばよいのか?
それを可能にするキーワードがある。「DIME」という言葉だ。
DIME」とは、Diplomacy=外交、Intelligence=情報、Military=軍事、Economy=経済の4要素を組み合わせた国家安全保障の基本戦略である。そして、じつはこのDIMEに則って、アメリカや中国などの覇権国は国家戦略を組み立てていることが、本書を読めば理解できるはずだ。
ならば、日本はこのDIMEという概念をどこまで採り入れているのか? その歩みを学んだうえで、ビジネスパーソンはいま、いかなる視点をもつべきか。
米中経済戦争からウクライナ戦争、台湾有事まで、その裏側にあるメディアが伝えない核心を、マーケットにも精通するインテリジェンス研究の第一人者が描き出す。新しい「経済安全保障」の教科書。

第1章 国家の「独立」とはどういうことか
第2章 「覇権国家」は世界をこう捉えている
第3章 「戦後レジーム」と「独立国家の学問」
第4章 たった十年で劇的に変化した日米同盟
第5章 ウクライナ戦争を「DIME」で読み解く
第6章 企業が知るべき「経済安全保障推進法」
第7章 「有事対応」は日本企業の社会的責任だ
第8章 日本の安全保障史の試行錯誤に学べ
終章 戦前に失われた「I」を求めて

出典:Amazon.co.jp: なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 : 江崎 道朗: 本

内容に入る前にいくつかの用語について

安全保障と経済安全保障

「安全保障」という言葉は基本的に国防と同義で良いと思う。旧来は、「国防省」とあるように国防≒安全保障は「他国・他勢力の武力(軍事)から国家を守る政策や組織を含む概念」くらいの意味だったが、近年では外交や経済その他も統括して「国家の安全を保障する(守る)」ことを考えるようになった。

もちろん、昔から外交や経済などは国防と密接なものであったが、組織の縦割りの弊害のため各部門が他分野に関して無知無関心ということすらあった。近年はこれを統合し意思疎通を図り、効率的な運営をしようという話になっている。代表的な組織が「NSC(国家安全保障会議、英語: National Security Council)」だ。

「経済安全保障」はその「安全保障」の経済部門だと思えばいいだろう。例えば、ロシアが西欧に対して「◯◯をしなければガスパイプラインを停止する」と脅したり、中国が「レアアースを売らない」と言ったりしてきた場合に「国家の安全を保障する」手段を考えるということだ。

2022年5月に成立した「経済安全保障推進法」については本書にも書いてあるし、ネット上にもわかりやすい記事がたくさんある。

この本は、DIMEと安全保障全般(過去と現在)が書かれているが、《企業人から政治家まで全日本人が学ぶべき新しい「経済安全保障」の教科書》という文言があるように、読者ターゲットは経営者や企業幹部のようだ。《第7章 「有事対応」は日本企業の社会的責任だ》とあるように、彼らに安全保障とDIMEについて見識を持つように訴えかけている。もちろんそれらを学ぶことでトラブルに巻き込まれるリスクを避けるなどの利益も得られるだろう。

国家戦略

――国家戦略とは何でしょうか。
(ローレンス・フリードマン)「国際社会の中で自国をどう位置づけるかという考え方だ。軍事の視点とともに政治、経済、文化の視点も入れて。同盟相手や国際機関に対しどんな姿勢で臨むのか。誰が敵になりそうで、誰が問題を引き起こしそうかも考える」[中略]

――国家戦略とは何ですか。
(兼原信克氏)「国としての一番大事な目標を定めて、それを実現するにはどうしたらいいか、という方策を組み合わせて考えることでしょう」

出典:asahi.com:朝日新聞 新戦略を求めて ―ニュース特集―

国家戦略とは兼原氏が言うように国家の目標を実現するための方策(戦略)なのだが、フリードマン氏が言うように「国際社会の中で」という面がある。そしてフリードマン氏が言う「国家戦略」は、上述した近年の「安全保障(または安全保障戦略)」と重なるところが多い。

インテリジェンス

平たく言えばインテリジェンスとは情報のことである。そしてその本質は、行動のために論理的で正確な情報を得ることにある。[中略]

政治や国際関係の分野においてインテリジェンスという用語を使う場合、その定義は「国家の外交・安全保障政策に寄与するために収集・分析・評価された情報、またはそのような活動を行う組織」の意味で使われることが多い。長らく日本では「諜報」という言葉が当てられてきたが、諜報というと秘密裡に行われる情報収集活動という意味になり、インテリジェンスの定義に比べるとかなり狭い。[中略]

国家にとってのインテリジェンスとは、国際関係という法的な秩序の弱い世界にあって、その安全を確立するために、日々情報を収集し、活用するための国家知性にあたるということだ。[中略]

国家レベルのインテリジェンスとは「国家の知性」を意味し、情報を選別する能力ということになる。[中略]

今や国際政治や安全保障分野でインテリジェンスと言えば情報を指すが、同じ情報でもインフォメーションは「身の回りに存在するデータや生情報の類」、インテリジェンスは「使うために何らかの判断や評価が加えられた情報」といった意味合いになる。

インフォメーションやデータの類は、我々の周りに無数に存在している。しかしそれらはそのままでは使えないことが多い。そのため我々はデータを取捨選択し、加工して利用するのである。これを天気予報で例えるなら、気圧配置や風向きはインフォメーションにあたり、それらデータから導き出される「明日の天気」が加工された情報、これがインテリジェンスということになる。

出典:データに付加価値を与える――インテリジェンスとは何か/小谷賢 - SYNODOS

DIMEの例(例え話)

本書の「はじめに」にDIMEの例え話が書いてある。

たとえば アメリカ は、 仮に 米 中 で 戦争 が 起こっ た とき、 国務省 を 使っ て 外交 交渉 を する( D) だけで なく、 軍事 的 に 中国 を 恫喝 する( M)、 財務省 を 使っ て 在米 の 中国共産党 幹部 の 資産 を 凍結 する、 商務省 を 使っ て 中国 系 企業 を アメリカ 市場 から 追放 する( E)、 FBI( 米 連邦 捜査 局) などを 使っ て 在米 の 中国共産党 幹部 の 関係者 を 拘束 する( Ⅰ) といった、 外交( D)、 軍事( M)、 経済( E)、 インテリジェンス( Ⅰ) を 使っ て 対抗 措置 を とり、 在中 の アメリカ 人 たち を 守ろ う と する に ちがい ない。 あるいは 在米 の 中国共産党 幹部 の 関係者 を 拘束 する など し て、 人質 交換 といった 手段 を 駆使 する こと も いとわ ない だろ う。

出典:江崎 道朗. なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 (p. 8). 株式会社KADOKAWA. Kindle Edition.

まあ今の日本政府に同じことが出来ると思わないが、上はあくまでも例え話だ。DIMEを使った別の方法を考えることは出来るだろう。

第1章について

国家の「独立」についての話。

ここでは「ルック・イースト」という懐かしい言葉が出てくる。「失われた◯十年」に入る前の時代の日本は各国から憧れや嫉妬の目で見られるほど輝いていた。

「ルック・イースト」はマレーシアのマハティールだが著者は彼のブレーンに会って話を聞いた。

ルック・イースト政策を始める前に近代産業国家になるための政策を考えていた時、イギリス人から「キリスト教圏でないマレーシアは近代産業国家になれない」と言われた。その論拠になったのがマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』だった。私はこの本を読んだことはないが、小室直樹氏の本で何度か引用されていたことは記憶している。簡単に言ってしまえば「プロテスタンティズムの倫理が資本主義の精神を生み出すのであってその倫理がなければその精神は生まれない」のような論だ。

小室氏はこの論を以って「日本は資本主義国家ではない」と書いていたが、くだんのブレーンはそうは思わなかった。彼はイギリス人の言うことを聞いても埒が明かないと考えて日本を参考にして近代産業国家を目指そうとした。

ブレーン曰く、

「独立 には 三 段階 ある。 政治的 独立、 経済的 独立、 そして 精神的 独立 だ。 マレーシア は( 一 九五 七年 に マラヤ 連邦 として イギリス から) 政治的 独立 は 勝ち とっ た ものの、 経済的 独立、 精神的 独立 は まだ だ」

出典:江崎 道朗. なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 (p. 19). 株式会社KADOKAWA. Kindle Edition.

「政治的独立」は宗主国からの独立。「経済的独立」はここでは自他ともに認める「近代産業国家」になることを意味する。

著者は戦後になって経済大国になってG7の一員となり国際政治の中で発言権を持った日本と当時のマレーシアの状況を対比して次のように述べる。

経済的 に 発展 し なけれ ば、 政治的 には 独立 し ても、 国際 社会 で 発言権 を 保持 でき ない。 経済 力 が ない 発展途上国 は 先進国 から まとも に 相手 に すら し て もらえ ない の だ。 それ が どれほど みじめ で つらい こと か。 その 苦悩 を 実感 として 理解 できる 日本人 は 多く ない だろ う。

出典:江崎 道朗. なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 (p. 21). 株式会社KADOKAWA. Kindle Edition.

「近代産業国家」ならなければ他国に影響を及ぼす力を得られない。結局、どこかの国々が作ったルールに従うだけの国家でしかない......

うーん...。経済大国かつG7の一員で国際政治の中で発言権を持っているはずの日本が、その発言権を行使して国際社会に影響を及ぼしたことはいくつあっただろうか?第二次安倍政権より前にいくつあっただろうか?

話を戻す。前述のようにかつての宗主国イギリスは「マレーシアが近代産業国家にはなれない」と言った。これはマレーシア側からすれば「マレーシアは経済的独立はできない」と言われたようなものだ。「経済的独立」はイギリスからの経済的な独立を示すものだ。

3つ目の「精神的独立」。

マレーシアは独立後に「独自の歴史教科書の作成」を行った。それまではかつての宗主国イギリスが作成したものを使用していたが、その教科書には独立運動の指導者たちを「反乱者」と書いていた。宗主国目線の歴史観を断ち切り、現代マレーシアを肯定する歴史観を確立する。こうして「精神的独立」を確立する。

日本は大戦後からいわゆる「自虐史観」による歴史教科書で勉強させられてきた。これにより「経済的独立」は達成した後も「精神的独立」が遅れたのかもしれない。自虐史観中韓におもねったものだが、皮肉にも依存心はアメリカに向かっているのだが。

さて、まとめると、

  • 政治的独立→宗主国からの独立する。
  • 経済的独立→宗主国からの経済的な依存を断ち切るために近代産業国家になる。
  • 精神的独立→宗主国からの精神的な依存を断ち切るために独自の歴史教科書を作成する。

著者がマレーシア人から学んだことだが、これは日本人にとっても有用なことだ。

第2章について

章のタイトルは《「覇権国家」は世界をこう捉えている》だが、中身はインテリジェンスの話だった。

覇権国家アメリカは世界覇権を維持するために、「どのように動こうか」ではなく「どのように他国を動かそうか(コントロールしようか)」を考えている。一国だけで動き回ってどうにかなるのはせいぜい周辺の国々だけだ。世界を股にかけようとしたら他国を動かすよりほかはない。

相手 を コントロール しよ う と する 人間 は、 相手 の こと を 深く 知ろ う と する。 アメリカ や 中国 や ロシア は、 日本 を 含む 相手 の 国 の 内情 を 必死 で 調べ、 宣伝、 恫喝、 経済的 利権、 ハニートラップ など あらゆる 手段 を 使っ て 相手 を コントロール し、 自国 の 国益 を 確保 しよ う と する。

この 相手 の 国 を コントロール する 目的 で 相手 の 内情 を 調べ、 対策 を 講じる こと こそ を、 インテリジェンス と 呼ぶ。

出典:江崎 道朗. なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 (p. 44). 株式会社KADOKAWA. Kindle Edition.

一方、日本の「インテリジェンス」はどうなのか? よく「日本にはスパイ防止法がない」と言われるように日本のインテリジェンス事情は良いとは言えない。サイバー攻撃の被害などにより、近年こそ日本の政治家が重要だと祝えるようになったが、それまではお粗末だったということはよく聞くことだ。

それにも事情があって、日米戦争で敗北した日本は、アメリカに武装解除とともにインテリジェンスも解体されてしまった、ということだ。奪っただけでなく、インテリジェンス関連の研究(=独立国家の学問)は禁止された。地政学もその一つだ。

著者は、新しい時代のインテリジェンスは、他国から知識を輸入するだけではなく、過去の失われていた日本のインテリジェンスの知識を探し出して収集して、戦前の日本のインテリジェンスの遺産を再構築して今後の日本に活用できるようにしなければならない、と主張している。

第3章について

3章は「独立国家の学問」つまりインテリジェンス関連のここ十数年の激変の変遷について。頓挫した第一次安倍政権、思い出したくもない中国漁船衝突事件、時を経て創設された日本版NSCとこの路線を継承する現在の岸田政権まで。

NSCが発足した時、私はこれが何なのか全く分からなかった。NSCどころかインテリジェンスが何なのかも知らなかったのだから。そして今、NSCとインテリジェンスを知って十数年を振り返れば、NSCの誕生が衝撃的なものだったことは理解した。それまでは「日本版CIAを作れ」とか「スパイ防止法を作れ」とかいう主張に頷くしかなかった。

この章ではNSCについて詳しく書かれているが、とりあえず下記の一文を引用。

この 関係 省庁 が 総理大臣 主導 の もと、 一堂 に 会し て 国家 安全保障 について 定期的 に 会議 を 行ない、 DIME に 基づく「 国家 安全保障 戦略」 を 策定・推進 する かたち へと、 日本 政治 の 仕組み が 変わっ た ので ある。

出典:江崎 道朗. なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 (p. 66). 株式会社KADOKAWA. Kindle Edition.

「DIME」ほか各省庁は情報を共有してこなかったが、この縦割り行政の弊害がNSCにより解消される。情報だけではなく、人的な交流も行われるようになり、「安全保障は防衛省などに個々に丸投げするのではなく、すべての省庁で守る」という意識も生まれた。これらの意識はロシアのウクライナ侵攻と台湾有事の可能性が大いに絡んでいることだろう。

第4章について

「たった十年で劇的に変化した日米同盟」というタイトル。

十年で激変した理由は第二次安倍政権のほかに米中対立という要因があった。というか安倍政権の安全保障改革が成功したのは米中対立が本格化したことが一番大きな理由だ。他の大きな理由としてはプーチン・ロシアの侵略的な動きが挙げられる。

この章では激変しなければならない要素と近未来にどうあるべきかという指向が具体的に書かれている。安倍政権以前はアメリカからの要求に従ったりサボったりしていた日本が、近年では頭と膝を突き合わせて安全保障の未来がどうあるべきかを議論している。

このように激変しているのだが、大手マスコミと一般的な日本人の反応の鈍いと著者は重ねて書いている。

第5章について

「第5章 ウクライナ戦争を「DIME」で読み解く」

ウクライナ戦争より前に、ロシアはクリミアを侵攻・併合した。その巧妙なやり口は「ハイブリッド戦争」の用語を世界に拡散した。

その後、ロシアはさらにウクライナへの侵略を企てて様々な動きを見せていたが、今回のような大規模な軍事侵攻をするとは(あまりにもリスクが高すぎるため)思われていなかった。

だが、ウクライナ国自身はこの軍事侵攻への対策にしっかりと取り組んでいた。この章ではウクライナがどのようにロシアを食い止めたのかが書いてある。

そして「ウクライナ戦争はDIMEを学ぶリアルな教材」としている。

第6章について

第6章 企業が知るべき「経済安全保障推進法」

中国が急速な発展をした理由の一つとして、日米ほかからの技術の流入がある。その中には違法な手段をもって入手したものもあるとされているが、私は詳しくはしらない。

「経済安全保障推進法」の成立の理由は以下の通り。

岸田 政権 が 二 〇 二 二 年 五月 に 成立 さ せ た この 法律 は、 文字どおり 安全保障 の 観点 から、 つまり、 有事 や 緊急事態 において も 経済 を いかに 維持 する のか、 また、 敵対 国 による 産業 スパイ から 日本 の 技術 を いかに 守り 育てる のか という 観点 で、 包括的 な 対策 を 強化 する ため の もの で ある。

出典:江崎 道朗. なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか 政治と経済をつなげて読み解くDIMEの力 (p. 121). 株式会社KADOKAWA. Kindle Edition.

「経済安全保障推進法」に関しては、政府がわかりやすいように説明をネットにアップしているし、他にもわかりやすい説明がネットにある。

「企業はある程度、政府のコントロール下に入ってもらうが、その代わり以下の法律を遵守せよ」のようなことかと思う。企業の技術の流出は、企業だけでなく国家の損益に関わってくる。米中冷戦が本格化したからそれほど抵抗なくこの法案が成立したのかもしれない。

というのは、「エコノミック・ステイトクラフト(経済的嫌がらせ)」というものがあるからだ。最近の例では、原発の処理水を海に放流した際に中国が日本からの魚介類を全面輸入禁止にしたことが挙げられる。

また、この法律の指向は海外にも向いている。簡単に行ってしまえば、経済における中国包囲網だ。

現在、中国では「一帯一路」という海外展開により自国の縄張りを拡大している。対抗する自由主義国側(アメリカグループ)は、自分たちの縄張りを防衛することはもちろん、敵陣営や迷ってる国々に対して、「中国は危ないですよ。こっちに入りましょう」と呼びかけている。そのために、中国のような強権発動を制限するようなルールを自由主義国側は作り明示して、「こちらの方が安全で確実な利益が見込めますよ」と宣伝する。

第7章について

第7章 「有事対応」は日本企業の社会的責任だ

企業も上記のような状況を察して著者のような安全保障に詳しい人間を招待して情報収集をし始めている。しかし著者は企業の緊張感も情報もまだまだ不足しているという。

「新疆綿」問題のように、企業が国際情勢・社会情勢に無関心であることが許されない。それは普段からそうなのだが、米中冷戦の緊張の下ではさらなる繊細な対応が求められる。最悪の場合、不買運動を起こされたり、中国から直接攻撃を受けたりすることになりかねない。

さらに有事ともなれば企業は「政府は何をやってるんだ!」と全て国家その他の行政府に責任転嫁をすることはできない。 有事対策を怠った企業は有事の際に潰れるか有事の後にSNSで晒されて潰れるかのどちらかになるだろう。

著者は目標、あるべき姿を提示する。それは戦時下のウクライナの首都キーフだ。支障は全く無いとは言えないが、庶民はかなり普段通りに近い形で生活を送れている。そのためには民間のインフラが通常通り維持されていることが不可欠だ。この状態を維持するためには当然ながら企業の「有事対応」がしっかりしたものでなければならない。

第8章について

第8章 日本の安全保障史の試行錯誤に学べ

安全保障における戦後史は、「安倍以前」と「安倍以後」に分かれると言っていいだろう。ただし、日本がどうして安全保障に無関心になり、必要なのに真剣に考えてこなかったのかを知るためには過去を省みなければならない。

米ソ冷戦中、日本はアメリカの核の傘の中で安全保障に無頓着になっていた。「水と安全はタダ」なんて言われていた。これが冷戦が終わるとアメリカがソ連の次のターゲットに日本を選んだ。日本経済が低迷した原因は色々あるが、アメリカの経済的な攻撃は重要な要因の一つだ。

この章を見れば、歴代の政権が全く安全保障問題に取り掛かっていないわけではないのは分かる。それでも「安倍以前」のスピードは亀の歩みのように遅かった。

「安倍以後」、つまり安倍第二次政権でNSCに代表されるまさに画期的な大改革が行われ、現在の岸田政権でもこの路線を踏襲している。それでも「やらなければならないこと」は山積しており、新しい問題も次から次へと出てきているらしい。

終章について

終章 戦前に失われた「I」を求めて

失われた「I」。陸軍中野学校を中心とした戦前の日本のインテリジェンスの話。日本のインテリジェンス周りの知識は米軍占領時に大量に破棄させられたのだが、残りの大部分もその価値を理解できなかった政治家たちによって破棄されることとなった。

日本で失われた「I」を再興しなければならないのだが、残念ながら日本に適当なテキストとなるようなものはなく、著者がテキストとして推しているのが元CIA情報分析官スティーブン・C・マルカード 『陸軍中野学校の光と影』だ。

「光と影」つまり偉業と欠陥をよく吟味・分析してこれを新しく作る現代のインテリジェンス期間に活かすことを提唱している。

感想

もっと詳しくここに書き留めようと思ったが、kindleの引用が早い時期にストップがかけたためできなかった。

岸田政権は安倍路線を引き継がないのではないかという不安があったが、(経済はともかく)安全保障面では路線を継承しさらに発展させようとしていることがわかった。米中冷戦、具体的には台湾有事が目の前にあるのだから霞が関公明党も抵抗できないだろう。

法律に関しては省庁のwebページで一般国民でも理解できるように書いてある(少なくとも理解してもらおうとしている)。こうなると一般国民は有事の際に「国はなにをしてるんだ!」とはなかなか言えなくなるだろう。もちろん国が現在において十分な準備をしているというわけではないが。

【読書ノート】上念司 『経済で読み解く地政学』

後述の出版社による紹介と目次を見れば分かる通り、「地政学」について詳しく書いてある本ではなく、国際情勢と日本(と日本人である読者)が採るべき道について書いてある。

出版社による紹介と目次

大転換期を迎えた世界の構造が丸わかり!
ロシアのウクライナ侵略、中国の台湾有事、
巧妙化するサイバー戦争、大インフレ時代の到来……
日本復興のシナリオがここに!

<<目次>>
■はじめに:安全と資産の防衛に必要な「地経学」とは?
■第1章:日本人はすでに戦争に巻き込まれている
■第2章:地政学とは何か?
■第3章:地政学の最先端を探る!
■第4章:権威主義大国・ロシアの情報戦とその未来
■第5章:「地政学+経済学=地経学」とは何か?
■第6章:日本経済を地経学で読み解く!

出典:経済で読み解く地政学 | 上念 司 |本 | 通販 | Amazon

第1章について

「日本人はすでに戦争に巻き込まれている」における「戦争」とは「ハイブリッド戦争」のことだ。

「ハイブリッド戦争」についてすぐに説明するが、ここで使用されている「戦争」は国際法における厳密な意味での戦争とは別物で、単純に「攻撃」と読み替えたほうがいい。なので章のタイトルは「日本人はすでに攻撃されている」くらいの意味だ。主に中国やロシアに仕掛けられている。

さて、ハイブリッド戦争の意味。私たち一般人が戦争と聞いて思いつくのは、国家どうしの正規軍による戦争と非正規戦闘員のゲリラ戦争。ハイブリッド戦争はこれに加えて「威嚇」「サイバー攻撃」「情報・心理戦」などが含まれる。

「威嚇」は、仮想敵国の国境付近での演習や北朝鮮がやってるようなミサイル実験など。「サイバー攻撃」は敵国のコンピュータシステムに不正アクセスして窃盗・破壊・改ざんなどを行うこと。「情報・心理戦」はスパイ工作以外にもフェイクニュースプロパガンダを流す(影響力工作)ことも含まれる。

この他にも「気に食わなかったら天然ガスを売らないぞと脅す」(ロシア)というような経済を使ったものもハイブリッド戦争に含まれるだろう。この経済面が「地経学」に関係するのだが後で書く。

第2章について

まずは地政学。ここで取り上げられているのは、地政学の代表的なキーワード「ランドパワー」「シーパワー」だ。「ランドパワー」とはロシア・中国のようなユーラシア大陸の大国(大陸国家)、「シーパワー」はアメリカ・イギリス・日本という海に囲まれた大国(海洋国家)。この本では中国を両方の性格を持つ両生類という言い方をしている箇所があるが、基本的にはシーパワー。

この分類の重要性はここからだ。重要な点とは両者の性格(世界観)の違い。

[シーパワー]が 重んじる 世界観 は「 それぞれ の 国家 が 独立 し、 自由 で 開か れ た 交易 を 行っ て 世の中 を 発展 さ せる こと」 です。 その ため、 海上 交通 の 安全 性 を 重視 し、 交易 路 を 防衛 する 上 で 強力 な 海軍 を 必要 と し ます。

出典:上念 司. 経済で読み解く地政学 (扶桑社BOOKS) (pp. 49-50). 株式会社 育鵬社. Kindle Edition.

ランドパワーは]自分 たち の 領地 内 で 自給自足 を 完結 さ せる ため に、 より 広い 領地、 すなわち「 生存 圏」 を 得る こと を 目的 と し て おり、 国土 を 防衛 し、 新た な 領地 を 獲得 する ため に 強力 な 陸軍 を 必要 と し ます。

出典:上念 司. 経済で読み解く地政学 (扶桑社BOOKS) (p. 50). 株式会社 育鵬社. Kindle Edition.

《「生存圏」を得る》というのは分かりにくいが、「生き続けるためにはより広い領地を獲得するしか無い」、つまりはランドパワーによる侵略行為の正当化のこと。

この「生存圏」という用語を生み出したのはドイツ地政学の祖であるハウスホーファー (1869-1946)だ。彼の主張はヒトラースターリンに強い影響を与えた。残念ながら大日本帝国も影響を受けている。そしていままさにこの考えを体現しているのがプーチンだ。

本の話とは逸れるが、地政学というものは古典地政学とドイツ地政学の二系統がある。古典地政学の祖はイギリスのマッキンダー (1861-1947)だ(アメリカのマハン(1840-1914)の主張を元に体系化した)。ただし、ヒトラー地政学を利用して侵略を始めたため、地政学という学問は破滅してしまった、つまり大学で教えることも研究することもできなくなった。現在の地政学の知識は戦略論とか戦略学の中の一部として継承されている。なので「地政学は学問であった(過去形)」が正しい。このパラグラフの話はこの本ではなく下の動画で説明されたもの。

www.youtube.com

さて、本の話に戻る。ドイツ地政学ランドパワー地政学、古典地政学がシーパワー地政学。著者そして読者は日本人なのでシーパワー地政学の側からランドパワー地政学を批判する立場だ。シーパワー地政学の側が侵略をしてきた歴史があるわけだが、まあそこはスルーしよう。

そして、地政学について著者が一番書きたかったこととは、見出しにもなっている《地政学は「人間の世界観を巡る戦い」》。ここで書いてあることは「理性」について。この本では「理性」人間が有する「知的能力」としている。

ランドパワー地政学側は「理性は神にも匹敵する能力である」と考えている一方で、シーパワー地政学の側はその考えには懐疑的である、とのこと。

私は、「理性バンノウ!理性バンザイ!」の人たちがなぜ独裁国家を作っているのか全くわからないのでここらへんは消化できていない。

とりあえずこのへんを著者が説明しているので貼っておこう。

www.youtube.com

第3章について

この章では、ロシアのプロパガンダ工作と、それに引っかかってしまってる人たちについて書かれている。章のタイトルは「地政学の最先端を探る!」なのだが、ロシアのプロパガンダ工作が最先端ということなのだろうか?

ここに書いてあるロシアのプロパガンダ工作は「反射統制」というものだ。これについての説明が「X」に上げられていたので貼り付けておく。

ここで、「ナラティブ」という言葉が出てきた。

ナラティブとは、人々に強い感情・共感を生み出す、真偽や価値判断が織り交ざる伝播性の高い物語(詳細は後述)である。

出典:ウクライナ戦争と「ナラティブ優勢」をめぐる戦い/川口貴久 - SYNODOS

ロシア(またはプーチン)が自分の主張を世界中の人々を納得させる、信じ込ませる、「考える価値のあること」と思わせるために、「歴史的に◯◯だ」とか「過去にこういうことがあった」などというようにストーリーに仕上げてたもの、と私は解釈した。

そしてこのようなプロパガンダ工作に騙されている人たちは日本にもたくさんいる。彼らはこの期に及んで親ロシア、少なくとも「ウクライナにも悪いところはある」と考えている人たちだ。これを著者はロシアンフレンズと言っている。

著者は、ロシアのナラティブを真偽も確かめずに両論併記の形で記事にしているマスコミを批判している。そのとおりだと思う。従軍慰安婦問題や南京虐殺問題を想起させる。

【追記】ここまで書いておいてなんだが、ナラティブという言葉は、本当はネガティブな言葉ではなく、中立的な言葉だ。ウソを織り交ぜて信じ込ませるのではなく、事実を上手に他者に受け入れてもらう、賛同してもらうというのが本来の意味、目的らしい。そういう意味で、日本もナラティブを発信していかなければならない、ということを最近たまに聞く。

第4章について

この章では、引き続きロシアのナラティブについて書かれている。そしてそのウソ混じりウソだらけのナラティブに対して証拠をもって論破している。

著者がラジオやyoutubeでことあるごとに言っていることだが、このような論破はテレビや新聞の大手マスコミが日々やるべきことなのだが彼らは勉強してないのでプロパガンダの餌食になっている。

第5章について

私 が 注目 する のが、「 地政学 + 経済学」 を 表す「 地 経学」 です。
簡単 に 言え ば、 自国 の 経済 を 武器 として 使う。 これ が 地 経学 です。

出典:上念 司. 経済で読み解く地政学 (扶桑社BOOKS) (p. 123). 株式会社 育鵬社. Kindle Edition.

本当に簡単すぎるのだが、地経学とはまさに「自国の経済を武器として使う」ことだ。この章を読めばそれを実感できる。

ただし、「地経学=地政学+経済学」では何の説明にもなってない。そもそも経済と経済学は違うじゃないか、とツッコミを入れたい(笑)。そしてそもそも地政学とはどんな関係があるの?という話だ。

本ブログの「第2章について」で地政学という学問は破滅してしまって、現在その知的遺産は戦略学の一部として継承・発展されていることは書いた。そういう経緯から国家戦略とか世界戦略における地理的な知識も地政学の一部として新たに組み込まれているようだ。そういう意味では地政学は現在も発展していると言える。さて地政学とはなにか?

別の本から引用する。

…実は相手国を打ち負かして自国領に組み入れるのは、リスクが大きいうえに得るものも少ない。したがって、近代の地政学で重視されているのは、相手を打ち負かすのではなく「コントロールすること」にある。そこで狙われているのは、どぎつい言い方をすれば、自国に歯向かってこないように牙を抜き、自国の製品や債権を買わせたり、原材料を安く調達したりできる関係を築くことなのである。

出典:奥山真司/"悪の論理"で世界は動く!~地政学—日本属国化を狙う中国、捨てる米国/フォレスト出版/2010/p102-103

第二次大戦終了後、それ以前のような戦争は「割に合わない」として大国は戦争を避けていた。せいぜい代理戦争をするに留めていた。なので引用のように「コントロールすること」を重視した。ここまでくると『孫子』の目的と変わらない。

まあ、最近はプーチンがリスクを考えていたのかどうかも疑わしい戦前のような侵略をしているのでランドパワー・シーパワーという古典的な地政学のワードが見直されているわけだが。

さて、そして地政学の本質の一面である「コントロールすること」を自国の経済を使って行おうというのが「地経学」だ。

下はロシアの地経学。

資源 を 武器 に、 自国 の 意見 に 反対 する 国 に対して は、 石油 や レアアース、 産業 の 工業 原料 などの 輸出 制限 を通じて、「 自分 たち の 言う こと を 聞か ない と 困っ た こと に なる ぞ」 と 暗に 恫喝 し て い ます。

出典:上念 司. 経済で読み解く地政学 (扶桑社BOOKS) (p. 134). 株式会社 育鵬社. Kindle Edition.

中国のやり方も同じで、数年前に日本はレアアースを輸出制限するというように地経学を用いた。

このようなランドパワー側の地経学に対してシーパワー側はどのような地経学を用いるか?まずシーパワー側はまずランドパワー側との経済関係を減らし続ける(デカップリング政策)。この政策を採ることによる損失はシーパワー側が連携して補い合う。代表的な例が半導体関連の規制だ。アメリカが主導し日本も「グル」になっている。

ロシアの地経学は失敗し悲惨な末路をたどることは素人でも目に見えている。中国はどうかというと、今のやり方を方針転換できないだろう。政変が起きない限り無理だ。

問題は台湾有事だ。起こさせないことが第一だが、起こったことを想定していろいろなことが動いている。ただ、日本の大手マスコミはこの辺をあまり報道していないようだ。

第6章について

最終章ということで、著者の主張が書かれている。

まずは「世界的なインフレに備えよ!」と個々の日本人に訴えかける。デカップリング政策によってある程度モノの値段が上がる。つまりインフレになる、と。だから今までのデフレマインドは捨ててインフレマインドでお金の使い道(貯めるか使うかも含め)を考えよう、と。

米ソ冷戦時はデカップリング状態で、冷戦後がカップリング状態、そして米中冷戦の時代に入り、またデカップリング状態になる。

そして国家の日本は、「世界の工場」になる。シーパワー陣営は中国とデカップリングするわけだからその役目を日本が担う。

ただし、安全保障に関しては、米ソ冷戦の時のように、アメリカにおんぶにだっこという訳にはいかない。今のアメリカは当時のような経済力その他のパワーを持っているわけではなく、現在の米国民もその役回りを拒否するだろう。

日本は法整備その他安全保障関連の準備を加速化させなければいけない。戦争をしたくないのならまずは中国の野望を挫けさせるように反撃の準備を万全に進めるべきだ。

まとめ

上念さんが地政学と地経学について書いたということで読んでみた。地政学と地経学を学問的に説明するものではなかった。まあ想定内だが。

この本の一番面白いところは、やはり経済評論家の上念さんの未来予想の話だ。米中冷戦が本格化してデカップリングが進めば日本が「世界の工場」になるというのはとても魅力的な話で、説得力のある話だ。日本政府がよっぽど無能でない限りそうなるとは思っている....

思い返すと米ソ冷戦もランドパワーとシーパワーの戦いだった。米中冷戦もそうだ。米ソ冷戦は日本を経済大国にのし上がった時期だ。あの頃と同じような成長はできないが、適切に外交を立ち回れば、アジア各国は日本になびくことになるだろう。

しかしまずは日本自身の中国とのデカップリングだ。在中日本企業を1日でも早く撤退させることに力を注いでほしい。


【読書ノート】内藤 陽介『今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方』

2021年に出版された『今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方』の続編(この本についてもブログを書いている)。

Amazonの紹介欄より引用

地上波・ネットを問わず、一般的な報道番組では、速報性という観点から、どうしても、事実の推移を逐一追いかけていかざるを得ない面があり、その歴史的・思想的な背景などもじっくりと掘り下げていく余裕を確保しづらいという面もあるでしょう。
これに対して、彼らの苦手な作業、つまり、国際ニュースとして報じられた出来事の背景についてじっくり読みこみ、その「意味」を理解しようというのが本書のスタンスです。
世界各地で不安定な情勢が続き、その対応をめぐって各国政府が迷走しているように見える中、我々はどうすべきか、という問題を考えるためのヒントを提供することで、微力ながら、ぜひ、皆様のお役に立ちたいと考えております。
本書で取り上げた国々は、例外なく、死に物狂いで国益(と彼らが信じること)を追求しています。
そして、そうした剝き出しの欲望がぶつかり合うことで世界が大きく揺れ動いているがゆえに、各国は迷走を余儀なくされているのです。
だからこそ、決して安息の地など存在しない国際社会の混沌と無秩序を嘆くのではなく、むしろそれを前提に自分たちの身の処し方を考えるほうが建設的で精神衛生上も良い。
そして、世界の中で我々が「どうすべきか」という問いに答えるためには現状を正確に認識する必要があります。本書がその一助となれば幸いです。
国際ニュースから国内問題まで、日本を勝たせる方法を学ぶ

出典:今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方 - | 内藤 陽介 |本 | 通販 | Amazon(下線は引用者による)

まず、国際社会とは何かというと、上にあるように「混沌と無秩序」の世界だ。世界政府の警察権力などなく、各国が自衛と国益のために行動しなければならない。ヤクザの世界と変わらない。ヤクザの世界が分かりにくければ「武力行使が少ない戦国時代」くらいに思っておけばいいかもしれない。

アメリカが世界の警察なんて言われてたことがあったが、トランプ前大統領がホンネを言ってくれたのでそんな言葉は死語になっただろう。G7各国もきれい事を言っているが彼らも考えてることは同じだ。イギリスのブレグジット問題やドイツの環境問題の転向などは醜態と言っていいだろう。

日本人にとって交渉の理想は譲り合いだが、それで外交をしたら利益を得るどころかむしり取られるだけだ。そんなことで利益は得られないことは実社会で知っているはずなのだが。

しかし最近は、(あまりにも中韓朝露がむちゃくちゃなので)日本も国益と国防について真剣に考え始めている *1 。そんな中で著者は日本国民が国益を考える一助になるようにこの本を出版した。

上の第一・第二パラグラフが著者と本書のスタンス。ここ重要。

本の目次

第1章 中国が仲介したサウジ・イランの国交回復から“世界を読む”
第2章 取扱注意!今日も世界を動かす「陰謀論
第3章 日本が見習うべき“お手本”北欧の迷走
第4章 みんな知らない韓国“反日”の正体
第5章 日本社会の病理とその処方箋

出典:上のAmazonのページ

第一章について

サウジ・イランは中東における大国でこの章は中東全般に関わる話でもある。中東の政治はどの国も基本的にグダグダだが、世界に石油を供給している場所なのでほおっておく訳にはいかない。

アメリカは世界覇権国として中東をコントロールしようとするが精根尽き果てて関与を減らしつつある。そしてその隙間を狙うように中国が手を出している、という構図。

本章では、米中ではなくサウジ・イランの事情を深掘りして話を進めていく。どうして中東問題はうまくいかないのか?アメリカの外交の失策もあるが、中東側にも原因があることを私たちは一般国民は見逃しがちだ。なぜなら大手ニュースが報道しないから。そこらへんを丁寧に説明するのがこの本(と前著)。

第二章について

前のアメリカ大統領選挙で注目を浴びた陰謀論。最近は下火になった...と思っていたがそうでもないらしい。

本章ではフリーメーソンなどの定番の陰謀論の説明とそれらが拡散・定着した背景が簡潔に書いてある。根強く残っている陰謀論は基本的に根付かせようという意図を持つ人たちがいる(いた)わけだ。一方で、それを信じたい人達がいる。以上は当然のことだが、その人達がどういう人なのかがここに書かれている。

いわゆるDS(でぃーぷ・すてーと)陰謀論を信じている人たちは大手メディアを嫌い、これに対立する情報(本当はデマ)を信じてしまう傾向にある。それらの情報源(デマの発信源)をつきとめると全く証拠が無いことが分かるのだが、信者はそれを言っても聞く耳を持たない。ここまでくるとカルトと言っていいだろう。

DS陰謀論を利用してカルトたちをコントロールしようとする人たちがいる。本章ではロシアの例が書かれている。DS陰謀論に限らず、陰謀論カルトが海外からコントロールされるような事態を筆者は危惧している。人数が増えれば危険度も上昇すると。

この本で書かれていないが、DS陰謀論の発祥の地アメリカでは軍内の陰謀論者を洗い出す作業をしたそうだ。日本もDSを信じている政党(参政党)もあるので他人事ではない。

第三章について

「日本が見習うべき“お手本”北欧の迷走」で「手本」に「“ ”」がついているのは、本当に手本にすべきところと、反面教師とすべき点があるからだ。「迷走」とあるが、ちゃんと見習うべきところもある。

本章で取り上げられている北欧の国はスウェーデンフィンランド。2つの国がNATOに加盟することにトルコが反対しているという時事問題を取り上げている。

個人的にはこの問題よりもトルコを含む3カ国の歴史的背景のほうが興味深かった。特に北欧についての情報は聞くことがほとんど無いので新鮮だった。北欧は日本から遠い国だが、ロシアの隣国という共通点があり、「侵略されるかもしれない」という共通の恐怖もある。そういう点で親近感を持ってしまった。フィンランドの国防意識は日本が見習うべき点だ。

もう一つの時事問題は移民問題スウェーデンが移民を大量に受け入れすぎて治安が悪化しているという話。この国は移民で成り立っている国ということもあって、移民は他のヨーロッパ諸国よりも歓迎していた。そして左派・リベラルは人道的な理想(と選挙の票)を求めて、さらに移民歓迎を煽った。その結果、スウェーデン語を使えない移民が大量に発生し、その結果、治安が悪化していった。政治的に改善しようとしているがなかなかうまく進んでいない。人口減で困りつつある日本にとっては反面教師になるだろう。

この本に書いていないことだが、高橋洋一氏によれば、移民の比率が全体で5%を超えると大変なことになるらしい。全体で5%を超えるということはある地域では影響力を持つレベルの比率を持つことが想定されるからだ。

youtu.be

なぜ日本で外国人によるテロが起こらないのかという問いには「人口が少ないから」という答えが一定の意味を持つだろう。

第四章について

尹錫悦大統領はそれまでの親中・左派政策を大きく転換し、親米・右派政策を採っている。日本にすり寄ってきているというイメージすらある。このような薄気味悪さを覚えるような状況をどのように観察すればいいのか、というわけで(多少は)興味を持つ日本人が増えているようだ。

この章は歴史的背景が大半だが、主題は韓国論・韓国人論だ。「指桑罵槐(しそうばかい)」という言葉は岡田英弘(故人)の中国人論『この厄介な国、中国』 *2 でも取り上げられていたもので懐かしかった。中国と歴史的に深い関係にあった韓国でも同じ文化が染み付いているらしい。

ただしこの章で最も重要なキーワードは「理」。朱子学理気二元論の「理」だが、歴代のコリアンの考えが入り混じった「理」であることを忘れてはならない。著者によればこの考えは現代韓国に今日でも根強く残っている。

「 理」 は「 万物 が この世 に 存在 する 根拠、 根本 原理」、「 気」 は「 万物 を 構成 する 物質」 を 意味 し て おり、 すべて の「 気」 は「 理」 によって 統御 さ れ て い ます。

この 理気 二元論 に 基づき、 韓国 人 は、 すべて の 根本 原理 と なる「 理」 を 非常 に 重視 し ます。「 理」 とは「 ことわり( 理)」 で あり、 すべて の 出発点 です から、 それぞれ の 体制 を 支える 思想 や イデオロギー、 あらゆる 価値観 も、 さかのぼっ て いけ ば、 最後 には その 源泉 と なる「 理」 に たどり着く わけ です。 逆 に、 出発点 で ある「 理」 が 正しく なけれ ば、 そこ から 生まれ た 思想 や 価値観、 さらに は それら に 立脚 する 体制 も 正しい もの にはなり ませ ん。

出典:内藤 陽介. 今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方 - (pp. 201-202). 株式会社ワニブックス. Kindle Edition.

「理」は韓国人が行動方針を決める時の根本的な思考原理ということらしい。

もう一つ引用。

「理」 の 価値観 では、「 終わり よけれ ば すべて よし」 では なく、「 始まり が 悪 なら すべて 悪」 なの です。 これ では、 本来、 結果 責任 を 問わ れる べき 政治家 や 政権 について の 評価 は 歪 な もの に なら ざる を 得 ませ ん。

出典:内藤 陽介. 今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方 - (pp. 256-257). 株式会社ワニブックス. Kindle Edition.

そりゃ理想としてはそうでしょうけど現実見ようよ...と言いたくなる。「反日無罪」に通ずるような思想。従軍慰安婦問題で、韓国側は過去の事実を軽視してゴリ押ししつづけたが、資料を持っていないだけでなく、以上のような思想を持っていたからあんな行動をとったのだろうか。

政治家・政権は結果によって評価・責任が問われる、と私も考えているのだが、日本人の中でもそう考えていない人がいるような気がしてならない(大手マスコミの中にもそういう人が少なからずいそう)。蛇足。

さて、この本では「理」を政権交代時の「大義名分」という意味でも使っている。つまり新しい政権ができた時にその政権がどんな方針を持っているのかを説明するものだ。その「理」が尹錫悦政権になって大きく「右回旋」した...

長くなりすぎたのでここまで。

第五章について

この章は日本・日本人論とそれを元にした日本の政治について。

日本人論については2つ(両方とも見出し)。

  • 日本人は「突出したもの」や「絶対的な中心」を嫌う
  • 苦労・我慢・忍耐を信仰する日本のマゾヒズム

前者は日本人なら分かると思う。実益のないリーダーになんて絶対やりたくない。リーダーをやらされた挙げ句に文句言われるだけだからね。こんなことは小学生でも知っている。

後者はどうだろう。

禁欲主義 は、 たとえば キリスト教イスラム教 文化圏 の 社会 では 特殊 な 人 たち でし た が、 逆 に 日本 の 場合 は そういう 禁欲主義 的 な 気質 の ほう が 社会 の スタンダード に なっ て しまい まし た。 三方一両損 的 に みんな が 少し ずつ 我慢 する 形 に し てでも みんな の 納得 を 優先 さ せる 傾向 が ある のも この ため です。

出典:内藤 陽介. 今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方 - (p. 297). 株式会社ワニブックス. Kindle Edition.

三方一両損と言えば大岡裁き。生みの親と育ての親の争いも大岡裁き。これらが美談と考えるのも日本人の行動様式かもしれない。「損して得取れ」的な考え方自体はいいのだが、最終的に自分が得を取れなくても、その場が丸く収まってくれることを優先してしまうことが、著者が主張する「日本のマゾヒズム」なのだろう。

具体的にマゾヒズムの事例はなにかと言えば「将来の子どもたちのために増税しよう」とか「地球環境のためにレジ袋を有料化しよう」みたいな主張がまかり通ってしまうところ。

つぎに政治。まずは政党について。

日本人 は 前述 の 通り、「 突出 し た もの」 や「 絶対的 な 中心」 を 嫌い、 理念 や イデオロギー の もと に 集結 する のが 苦手 なので、 日本 の 社会 には そもそも 欧米 型 の 近代 政党 が 生まれ にくい 土壌 が あり ます。

出典:内藤 陽介. 今日も世界は迷走中 - 国際問題のまともな読み方 - (p. 300). 株式会社ワニブックス. Kindle Edition.

では何で政党ができているのかと言えば「利権・利益を分配するため」。よって日本の政治家は利益団体の代理人であって彼らは分配の分け前を多くするため・確保するために働くのであって国益のために働いているというのは誤解だ(というのが著者の主張)。なので分配が多くなるのなら増税するのは至極当然のこと。

なので、利益団体のうまみを得られない一般庶民としてどのような行動をすればいいのかと言えば、一つは落選運動。これはここでは触れないとして、もう一つは「減税+規制緩和」の主張。これは「小さな政府」論の話だ。

規制緩和は特定の利益団体への利益をなくして(減らして)金回りを良くすることと技術革新を促進することにつながる。

小さな政府vs大きな政府という対立軸で政党ができれば欧米型の近代政党が出来るかもしれない。

最後に、個人的な感想

世界各国の時事問題・国際問題を扱う本だが、それをちゃんと理解するために各国のお国柄も説明している。むしろお国柄の説明のほうがぼりゅーむがあるので、こっちのほうがメインのような気がする。

日本から遠い国でも同じような問題を抱えているということで、身近に感じることができた。各国の成功例・失敗例が日本の政策立案に使える。

日本も含め各国の政治はどこもグダグダで(先進国はグダグダ、それ以外はもっとグダグダ)、国際政治は混沌を極めている。だからどうだという話だが、「日本は酷い国だ」という人がいたら「おまえ他の国みてみろよ、日本はマシなほうだぞ」と言い返すことができる。

国際政治は弱肉強食のヤクザな世界が基本で、日本が世界でうまく立ち回るためにはまずは基本の「敵を知り己を知る」こと。これは誰でも分かることだが、では何を知るべきかというところが分からない。このほんはそこを示してくれる。

本の構成のことを言えば、目次に見出しも載せてくれたことはありがたかった。読み返す時に便利。欲を言えば、kindleで読んでいるのだが、見出しにもリンクを貼ってくれるとありがたい。

(終わり)



*1:とはいえ、他の先進国と比べるとまだまだ意識は低いらしい。特にマスコミ。

*2:『妻も敵なり』の改題

古代ギリシア 前古典期③(交易・植民都市・軍事)

地中海の交易はフェニキア人が先行していた。ギリシア人は彼らから多くを学んで後を追った。文字もその一つだが、交易も植民都市の建設も先行した彼らから学んだはずだ。

交易

ギリシアの輸出品はオリーブ油とブドウ(ワイン)などの農産物や土器、それと傭兵だった。傭兵については、エジプト第26王朝の初代ファラオプサメティコス1世(在位: 前664-前610年)が雇ったとされる(ただし記してあるのは前5世紀のヘロドトス『歴史』)。ギリシア人の傭兵はペルシアでも活躍していた。

主な輸入品は、金属(鉄・銅・錫など)。当然武器を作るのに必要 *1。 他にも色々あるが、植民した土地の原住民を奴隷として輸入したらしい *2

植民都市

先行するフェニキア人が地中海の西南に植民したのに対し、ギリシア人は地中海北岸と黒海沿岸に植民した。

出典:フェニキア - Wikipedia

古代ギリシアの歴史に黒海沿岸の植民都市の話はあまり出でこないと思うが、北方騎馬民族スキタイ人の歴史に登場する。

ギリシア人が植民をする主な理由は、人口増加だった。前古典期初期に激増したのだが、彼らを賄う食糧が足りなくなった(ギリシアの土地は山がちな上に地味に乏しい)。

他の理由としては、交易の拠点となる都市の建設だ。

古代ギリシア人は2つの全く違った方法で植民を行なった。1つはギリシア人によって建設された、永久的な、独立した都市である。そして他方は、emporia(エンポリア)と呼ばれる、ギリシア人・非ギリシア人双方が居住した商業都市で、産業的、商業的に重要視された。後者の例としては、東方のアル・ミナ(英語版)、西方のピテクサイなどが挙げられる[35]。

出典:アルカイック期 - Wikipedia

交易の拠点都市は上記以外にはエジプトのナイルデルタに建設されたナウクラティスがある (ナウクラティス - Wikipedia参照)。

軍事(重装歩兵と密集陣形)

ギリシア人がオリエントで傭兵として活躍していたことは上記した。北方人出身のギリシア人はオリエント人よりも良い体格を持っていたのかもしれない。

古代ギリシアのポリス(都市国家)の兵力は職業的な軍人や、国民皆兵的な徴兵制度ではなく、ポリスの市民が義務として武器を自弁して武装し、ポリスの防衛に当たるものであった。はじめは馬を所有する上層の平民である貴族がポリスの防衛の中心となっていたが、手工業が発展し、貨幣経済の浸透によって武器の価格が下落すると一般の平民も武器を自弁し、歩兵として国防に参加するようになった。彼らは動きやすい鎧と甲、大きな楯を持ち長い槍を使ったので重装歩兵(ポプリーテス)と言い、その戦術は盾を揃えて密集部隊(ファランクス)を組んだ。この重装歩兵密集部隊(ポプリーテス=ファランクス)がポリス市民軍の中核としてポリスの防衛に活躍するようになって平民の地位を向上させ、市民の成長が実現していった。

出典:世界史の窓/重装歩兵・密集部隊

密集陣形で戦う戦術と対比されるのがゲリラ戦術だ。

密集隊戦術は明らかに平坦な戦場向きであって、起伏のある地には適していない。それにもかかわらず、長いあいだもっぱらこの戦術がとられつづけ、山がちの土地にふさわしい軽装兵によるゲリラ的戦術が採用されるのは、ようやく前5世紀末のことであった。この執拗なほどの密集隊戦術へのこだわりは、ギリシア人にとって市民共同体としてのポリスの秩序維持が最優先課題であったからなのかもしれない。

出典:ギリシアとローマ/p92

ゲリラ的(遊撃)戦術は、密集隊戦術に比べて段違いに高い戦術と訓練のレベルを必要とした。さらにこの戦術は逃亡の可能性が高くなる。



*1:桜井万里子他/世界の歴史5 ギリシアとローマ/中央公論社/1997/p63

*2:同著/p82

古代ギリシア 前古典期②(アルファベットの誕生)

アルファベットは古代ギリシア人が開発した。

アルファベットとはなにか

古代ギリシア人がアルファベットを発明したことを書く前に、まずアルファベットとは何かを説明しなければならない。私では正確に説明できないので、大雑把に説明する。

文字体系には象形文字表意文字表語文字表音文字などがある。このうちアルファベットは表音文字の一種だ。

表音文字とは「音(音声)を表す文字」のことで、象形文字とは対象的だ。

表音文字音素文字と音節文字に分かれる。日本語のカナ(ひらがな、カタカナ)は音節文字だ。線文字Bも音節文字。これに対して、アルファベットは音素文字と言われる。

音節と音素を詳細に説明できないのだが、たとえば、音節文字のカナでは「な」と一文字で書けるところを、音素の(英語の)アルファベットでは「na」と二文字になる。この"n"と"a"が音素だ。

音素文字アブジャド、アブギダ、アルファベットに細分される。

アブギダはここでは説明しない。

アブジャドとは音素のうち子音だけを表記する文字体系のこと(ただし母音を全く表記しないわけではない)。セム語系に多い。

アルファベットとは子音と母音両方を表記するもの。

以上の説明を簡単に表すと以下のようになる。

ギリシア人のアルファベット開発

ギリシア人が開発したアルファベット(ギリシア文字)はフェニキア文字から拝借したものだった。フェニキア文字セム語系の文字なので、アブジャドなのだが、これに母音を表す文字を入れてアルファベットを完成させた(少し詳しく言えば、フェニキア文字ギリシア語では使用しない文字と「半母音」と言われる子音扱いされる文字を母音を表す文字にした)。

アルファベットを開発した理由としてはセム語系よりギリシア語(印欧語系)は母音を重要視したということだが、詳しくは説明できない。

おそらくは前8世紀の前半のうちに開発され、末期には普及していたようだ。

この他にも文字体系に必要な取り決めが色々あるだろうが、とりあえす、以上がアルファベットの誕生の一片だということで。

文字普及の効用:アイデンティティの形成

文字のおかげで、成文法を作ることが出来たということは前回に書いた。

もう一つはアイデンティティにかかわる話。

文字体系ができる以前は、文化は口承で受け継がれた。ギリシア神話もそう。しかし、文字普及の有無が文化・文明の発展に大差をつけることは言うまでもないだろう。

ホメロスが書いたと言われる『イリアス』『オデュッセイア』がギリシア神話アイデンティティ(共同体に対する帰属意識)を生み出す原動力となるのだが *1、この2つの作品が出来上がるのも、文字普及が絶対条件だった。

*1:ギリシア史』p75