歴史の世界

中東_メソポタミア文明①

「メソポタミア文明①」カテゴリーの主要な参考図書

「メソポタミア文明①」のカテゴリはウル第三王朝滅亡の前2000年頃までで終わり。この後は「メソポタミア文明②」で書いていこう。 以下はこのカテゴリーで利用した主な参考図書。 前川和也編著/図説メソポタミア文明/河出書房(ふくろうの本)/2011 図説 …

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺⑧ マリ/その他の地域

ここでは前三千年紀の歴史だけを書く。それ以降はまた別の機会に書こう。 参考文献 最初の居住者 マリ王国 マリ-エブラ戦争とその後の滅亡 アッカド王朝の統治時代から第三マリ王朝へ 経済 その他の地域 参考文献 Mari, Syria<wikipedia英語版 マリ<wikipe…

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺⑦ エブラ

参考文献 先史 前三千年紀 エブラ文書 参考文献 Ebla<wikipedia英語版 エブラ<wikipedia日本語版 前川和也編著/図説メソポタミア文明/河出書房(ふくろうの本)/2011 先史 出典:図説メソポタミア文明/p52 エブラはシリア北部にあった都市国家。遅くと…

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺⑥ ペルシア湾岸文明(その3)バールバール文明

前回書いたウンム・ン=ナール文明からバールバール文明に移る。 バールバール文明 さらなる植民、ファイラカ島へ 衰退 バールバール文明 ウンム・ン=ナール文明があったオマーン(マガン)には銅鉱山と湾岸交易の中枢(首都機能)があったが、やがて、前三…

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺⑤ ペルシア湾岸文明(その2)ウンム・ン=ナール文明

前回は湾岸文明の先史までを書いたが、今回は文明の時代に入る。 ウンム・ン=ナール文明 誕生の背景 銅山開発、銅製品、「バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群」 バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群 ウンム・ン=ナール文明と…

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺④ ペルシア湾岸文明(その1)文明の先史

この記事のペルシア湾岸文明とはアラビア半島側の文明のことを指す。反対側のイラン(またはエラム)の文明は前回までの記事で書いた。 湾岸文明の先史から時系列を追うように書いていこう。 農耕文明と非農耕文明 ペルシア湾岸 ウバイド文化とペルシア湾岸…

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺③ エラムまたはイラン(その3)「原(プロト)エラム文明」後のエラム

「原エラム文明」の交易ネットワークは「トランス・エラム文明」が引き継いだが、その頃、エラムはどうなっていたか? この記事ではその頃のエラムの話を書く。 「原エラム文明」の終わり(おさらい) 初期王朝時代ⅢB期のエラム アッカド王朝時代のエラム …

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺② エラムまたはイラン(その2)トランス・エラム文明

前回の記事の第三節「スーサと原エラム文明の考古学」で前27世紀頃に原(プロト)エラム文明が崩壊したことを紹介した。 今回はその後継というべきイランの地の交易ネットワーク「トランス・エラム文明」について書く。 トランス・エラム文明 アラッタについ…

メソポタミア文明:シュメール文明の周辺① エラムまたはイラン(その1)原(プロト)エラム文明

シュメール地方の西方にはエラムがあった。エラムは東方からシュメールまでの物流ネットワークの要地であった。エラムはその近さからシュメール文明の影響を多大に受けながらも独自の文化文明を築いた。 今回はその初めの文明「原(プロト)エラム文明」につ…

メソポタミア文明:ウル第三王朝④ シュルギの後の王たち/滅亡まで

ウル第三王朝は約100年続くが、そのうち48年間はシュルギの治世だった。 前回のシュルギの記事でも書いたが、ウル第三王朝の事柄はシュルギの治世中にできてしまったので、彼より後の王たちについては書くことがあまりない。この王朝はシュルギの後に三代続…

メソポタミア文明:ウル第三王朝③ 二代目シュルギ

ウル第三王朝の特徴として挙げられるもののほとんどはシュルギの治世に創設・整備された制度である。諸制度の創設・整備と同時並行して、シュルギは外征を繰り返して最大版図を築きあげた。つまりウル第三王朝の代表的な版図もシュルギの時代のものだ。 諸制…

メソポタミア文明:ウル第三王朝② 初代ウルナンム

即位まで 支配状況 シュメール地方 アッカド地方 ウルナンム法典と社会正義 即位まで アッカド王朝末期については 記事「アッカド王朝時代⑥ 六代目以降の没落から滅亡まで/都市国家分立期」で書いた。 王朝が滅亡する過程の中でラガシュ、ウルク、グティの…

メソポタミア文明:ウル第三王朝① 概要

これから幾つかの記事に亘ってウル第三王朝について書くが、最初に概要を書いておこう。 年表 文書行政システムと二元支配体制 ウルのジッグラト ウル・ナンム法典 ウル第三王朝版「万里の長城」 ウルの滅亡 周辺地域およびアッカド地方の統治機能の崩壊 シ…

メソポタミア文明:アッカド王朝時代⑥ 六代目以降の没落から滅亡まで/都市国家分立期

この記事では、王朝の滅亡までと、ウル第三王朝までの都市国家分立期を書く。都市国家分立期は一般的には、便宜的にアッカド王朝時代の中に含まれる。 王朝滅亡まで 王朝の年代 都市国家分立期 ウルク ラガシュ グデアの祈願像と円筒印章と円筒碑文 グティ …

メソポタミア文明:アッカド王朝時代⑤ 五代目シャルカリシャリ

[四代目]ナラムシンの治世にアッカド王朝は最大版図になったが、ローマ帝国に例を採るまでもなく絶頂期が没落の始めであり、支配領域の縮小と滅亡に至る権力の弱体化が顕著になる時代である。 出典:前田徹/初期メソポタミア史の研究/早稲田大学出版部/…

メソポタミア文明:アッカド王朝時代④ 四代目ナラムシン

遠征 反乱と統治 神になった王/神格化 王冠の授与 「アッカド地方」の成立 遠征 四代目王ナラムシンは前三代を引き継いで頻繁に外征を行った。そして彼の時代にアッカド王朝の最大版図を築いた。北はスビル(スバルトゥ=アッシリア=北メソポタミア)、西…

メソポタミア文明:アッカド王朝時代③ 二代目リムシュ/三代目マニシュトゥシュ

リムシュとマニシュトゥシュの外征 シュメール地方の支配状況 反乱 支配 リムシュとマニシュトゥシュの外征 サルゴンを継いだリムシュも積極的にエラム遠征を行ない、勢力を維持していたバラフシの王を殺し、エラム全土の支配権を掌握した。リムシュはエラム…

メソポタミア文明:アッカド王朝時代② アッカド王初代 サルゴン

南メソポタミア(アッカドとシュメール)の統一 「国土の王」と「全土の王」 サルゴンの常備軍と遠征と支配領域 南メソポタミア(アッカドとシュメール)の統一 サルゴンという名前は『旧約聖書』に出てくるヘブライ語名であって、アッカド語ではシャル・キ…

メソポタミア文明:アッカド王朝時代① 時代区分/セム人とアッカド人

シュメールを統一しかけたウルク王ルガルザゲシを打倒して、アッカド王サルゴンがシュメール統一を果たす。サルゴンより始まる王朝をアッカド王朝と呼び、この時代をアッカド王朝時代と呼ぶ。 時代区分 セム人とアッカド人 シュメール人とアッカド人 アッカ…

メソポタミア文明:初期王朝時代⑪ 青銅器時代の幕開け

西アジアでは、後期銅石器時代(約6000~5100年前)に銅製錬の技術が発展していき、砒素銅やエレクトラム(金と銀の合金)などが鋳造されてくる。後期銅石器時代の工房では、メソポタミアの近場で算出される銅鉱石から高品質の銅を得るために、別の鉱物を意…

メソポタミア文明:初期王朝時代⑩ 第ⅢB期(その5)初期王朝時代の終わり

記事「メソポタミア文明:初期王朝時代⑦ 第ⅢB期(その3)初期王朝時代末の画期」からの続き。 初期王朝時代はアッカド王サルゴンがウンマ王(ウルク王)ルガルザゲシを倒してシュメールを統一する時に終わる。ルガルザゲシが活躍した数十年間は目まぐるし…

メソポタミア文明:初期王朝時代⑨ 神と宗教観と王権観

政治と宗教・思想・哲学は密接に関係しているのだが、宗教・思想・哲学は抽象的なものなので理解するのが難しい。理解するためには、まずその主張の前提となる知識を理解しておかなければならない。 シュメールの宗教や思想を知るためには以下のものだけでは…

メソポタミア文明:初期王朝時代⑧ 第ⅢB期(その4)初期王朝時代末の画期

この記事では、前田徹著『メソポタミアの王・神・世界観』*1の政治史の時代区分に頼って書いていく。ただし、この本は、今まで頼ってきた小林登志子著『シュメル』*2や前川和也編著『図説メソポタミア文明』*3や『世界の歴史1 人類の起原と古代オリエント』…

メソポタミア文明:初期王朝時代⑦ 第ⅢB期(その3)ラガシュの歴史 後編

前回の記事「メソポタミア文明:初期王朝時代⑥ 第ⅢB期(その2)ラガシュの歴史 前編」の続き。 ラガシュは前2500年頃からウル・ナンシェ王朝が治めていたが六代目のエンアンナトゥム2世で世襲が途切れて、七代目にあたるエンエンタルジは血縁でない人物の…

メソポタミア文明:初期王朝時代⑥ 第ⅢB期(その2)ラガシュの歴史 前編

第ⅢB期の都市国家ラガシュの歴史を書く。この時代の文字史料が他の都市国家に比べて突出して多く、他の都市国家の情報が少ないからだ。 都市国家ラガシュ 初代:ウル・ナンシェ 三代目:エアンナトゥム 四代目/五代目:エンアンナトゥム1世/エンメテナ …

メソポタミア文明:初期王朝時代⑤ 第ⅢB期(その1)領邦都市国家の成立

「領邦都市国家」という用語は前田徹著『初期メソポタミア史の研究』*1に載っているもので、おそらく独自のものだろう。 点在する都市国家群から勢力を伸張させ諸勢力が相争う時代を経て、第ⅢB期には南メソポタミアは8つの都市に分割される時代となる。 「…

メソポタミア文明:初期王朝時代④ シュメール王名表

王名表については、記事「メソポタミア文明:初期王朝時代② 第Ⅰ期・Ⅱ期」の節「シュメールの「王名表」から」で紹介したが、それからの続き。 キシュ第1王朝 ウルク第1王朝 エンメルカルとルガルバンダと都市アラッタ ギルガメシュ 出典:Sumerian King Li…

メソポタミア文明:初期王朝時代③ 第ⅢA期/ウル王墓/ウルのスタンダード

記事「メソポタミア文明:初期王朝時代② 第Ⅰ期・Ⅱ期」の第2節「政治史的動向」に第Ⅱ期は「点在していた都市国家や中小村落が統合されて一つの領域を形成していく過渡期の時代」と書いたが、第ⅢA期もその過渡期は続いていた。 この記事では南メソポタミアの…

メソポタミア文明:初期王朝時代② 第Ⅰ期・Ⅱ期

前回、時代区分のところで書いたが、第Ⅰ期・Ⅱ期などの時代区分は考古学の研究成果によるもの(編年)で、政治史としてこの時代区分を使用するのは、便宜的に使用しているだけだ。言い換えれば、政治史としての区分でなく、考古学の区分に政治史を当てはめて…

メソポタミア文明:初期王朝時代① 時代区分/範囲/民族および言語

これから数個の記事に亘って初期王朝時代のことを書いていく。 初期王朝時代を簡単に言ってしまえば、「(都市)国家分立時代」となる。同様の時代は古代ギリシアや中国の春秋戦国時代などがある。 時代区分 範囲(舞台) 民族および言語 Map showing the ex…