2025-01-01から1ヶ月間の記事一覧
産業革命は「第二次」以降もあるけれど、このページでは一番最初に起こった「第一次」産業革命について書く。「第二次」は別個に書く。ただ以下の説明の中に「第二次」の部分も入ってくると思う。 産業革命とはなにか? 直接的原因 綿製品の量産体制の確立 …
これから近代ヨーロッパシリーズを書く。「ヨーロッパ_近代」カテゴリーに保存する。 ヨーロッパ近代については、大きく2つの考え方がある。近世という歴史区分の後に近代があるという考え方と、もう一つは、近世という区分を設けずに古代→中世→近代という…
ハプスブルク家 vs フランス・ブルボン家 レオポルト1世 vs ルイ14世 オーストリア vs プロイセン オーストリア継承戦争 七年戦争 ハプスブルク家 vs フランス・ブルボン家 ハプスブルク家が婚姻政策でヨーロッパじゅうに所領を持つようになってから両家は…
オーストリア大公国とオスマン帝国とハンガリー王国 オーストリア大公としてのレオポルト1世 第二次ウィーン包囲と大トルコ戦争 オーストリア大公国とオスマン帝国とハンガリー王国 オーストリア大公国はハプスブルク家の本領と言うべき領邦国家。神聖ロー…
三十年戦争が終わり、戦場となったドイツは荒廃し、神聖ローマ帝国はフランスのような絶対君主国にはなれずバラバラになってしまった。ウェストファリア条約が「帝国の死亡証明書」と言われるのはそのためだ。 しかし、弱肉強食の世が終わったわけではなく、…
ハプスブルク家の全盛期 ハプスブルク家の全盛期 前回のマクシミリアン1世の婚姻政策によってスペインその他の領域もハプスブルク家が所領することになった。フランスの立場からすれば東西両側から挟まれ、さらに南北(北イタリアとネーデルラント)にもハ…
ドイツ近世史については三十年戦争後をメインに書くことにする。この記事ではそれ以前の歴史をかいつまんで書いていく。 帝国を変えた男、マクシミリアン1世 「婚姻政策」 「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」 帝国改造 帝国を変えた男、マクシミリアン1世 マ…
「ドイツ近世史」については三十年戦争後をメインに書くことにする。この記事ではそれ以前のポイントになる知識をかいつまんで書いていく。 選帝侯 帝国等族と帝国議会 帝国裁判所 帝国クライス 選帝侯 「選帝侯」とは神聖ローマ帝国の皇帝になるための選挙…
「大英帝国」の「帝国」は「各地に広大な植民地を持つ」という意味での帝国。ローマ帝国のそれもそういう意味。 ちなみに「神聖ローマ帝国」は古代ローマ帝国を継承しているという意味でそう呼ばれるが、18世紀フランスの哲学者ヴォルテールが,「神聖でも,…
前回からの続き。 王朝交代 議院内閣制と政党政治の確立 「ウォルポールの平和」 王朝交代 女王アンが1714年に死去。子供がいなかったため、王位継承法に適うステュアート家の血を引きプロテスタントである唯一の人物ソフィア *1、 の息子が王として迎え入れ…
前回からの続き。 メシュエン条約 1707年合同法と大ブリテン王国の誕生 ユトレヒト条約 メシュエン条約 1703年イギリス代表メシュエンJohn Methuenとポルトガル代表アレグレテ侯爵との間に調印された通商条約。条約はわずか3条からなり,ポルトガルが奢侈(…
前回からの続き。 名誉革命 権利章典 ファルツ戦争 イングランド銀行設立 王位継承法 2人の王の死と評価 名誉革命 前回の最後に引用した通り、イングランドをカトリック国にしようとするジェームズ2世に対して議会は我慢の限界が訪れた。そしてクーデタを…