歴史の世界

ユダヤ教成立の歴史③ 【用語整理】イスラエル、ヘブライ、ユダヤ、ユダ、パレスチナ

いまさらだが、用語について整理する。一緒くたにされ、多くの場合、同じ意味で使われる言葉の由来などについて書いていく。

イスラエル

イスラエル」については前回書いたとおり、「神(=エル)が戦う(または支配する)(=サーラー)」。「エル」はカナン(≒パレスチナ)の神々の最高神 *1 で、イスラエル民族がヤハウェを信仰する前の神だった。

イスラエル」の聖書外史料の最古の記録は古代エジプト第19王朝第4代目のファラオのメルネプタハ(在位:前1212-1202年)が遺した石碑に確認される。ただし国家としてではなく、緩やかな集団(おそらく部族連合)だった可能性が高い *2

現在では「イスラエル人」といえば「イスラエル国籍を持つ人」で、「ユダヤ人」は(血統に関わらず)ユダヤ教徒を指す。

ヘブライ

ヘブライ」あるいは「ヘブル」という語の由来はヘブライ語の「イブリー」は「横断する」「渡る」(諸説あり)。

旧約聖書』創世記で、別の民族の人がアブラハム(アブラム)を「ヘブライ(ヘブル)の人」としたのが最初で「(ユーフラテス)川の向こうからきた者」と解される。これが「ヘブライ」=「アブラハムの子孫」くらいの意味になり、「ヘブライ」という民族名になった。

ただし、聖書外史料で「イスラエル」という文字は13世紀末に発見された(上述)のだが、「ヘブライ」「ヘブル」について出てきた最初がいつなのか分からなかった。

「ヘブル人への手紙」というものがあるが、これはキリスト教関連のものだ。ユダヤ教キリスト教関連以外で、「ヘブライ」という語が実際にどのような使われ方をしたのか分からなかった。なので実際にそのように呼ばれていたのかすら疑問に思っている。

ヘブライ語」という言葉についても、(これも勝手な推測だが)(北)イスラエル王国ユダ王国の共通の言語なので、その両者の祖先としての「ヘブライ人」の言語ということで「ヘブライ語」としたのではないか。

ユダヤ

ユダヤ」の語の由来は始祖アブラハムの息子の「ユダ」。ただし聖書の中の物語の中の人物。

アブラハムには12人の子がいた。それぞれが部族(支族)の長となったが、その一人が「ユダ」であった。

ユダ族で最も有名な人物がダビデで、彼はすべての支族をまとめて王国にした(これが統一イスラエル王国。ただし聖書外史料で実証されていない)。のちに王国は分裂するがダビデ王朝はユダ王国の歴代王として継続する(ダビデが実在したかどうかも確定されていないが聖書外史料で「ダビデの家」(ユダ王国の意味)という語が発見された *3 )。

イスラエル王国が先に滅びて元国民たちは強制移住などで民族として消滅してしまった(「失われた10支族」などと言われる)。

ユダ王国もその後滅亡したが、ユダ王国の民は強制移住された(バビロン捕囚)後もユダヤ教信仰を背景に民族の消滅を防いだ。

ヘレニズム時代(ギリシア系支配者の時代、前4-2世紀)に、彼らは「ユダ(イェフーダ)」の語に基づき、(主として外部から)ギリシア語で「イウダイオイ/ユダイオイ」と呼ばれるようになった。ここから「ユダヤ人」(英語ではJew)という民族名が生じたのである。

出典:山我哲雄/一神教の起源/筑摩書房/2013/p52-53

ユダヤ人は祖国を追われた(ディアスポラ)後も、ユダヤ教の教え・文化伝統を守り続けながらユダヤ人は存続し続けた。

ペリシテ、パレスチナ

古代にカナンと呼ばれていた地域はローマ帝国に支配されていた時代は「ユダヤ属州」と呼ばれていた。しかしユダヤ人は2度(または3度)の大きな反乱を起こすと最後の反乱を鎮圧したハドリアヌス帝がユダヤ人の文化の根絶を図った。

ユダヤ暦の廃止が命じられ、ユダヤ教指導者たちは殺害された。律法の書物は神殿の丘に廃棄され、埋められた。さらにエルサレムの名称を廃して「アエリア・カピトリナ」とし、ユダヤ人の立ち入りを禁じた。紀元4世紀になって初めてユダヤ人は、決められた日のみに神殿跡の礎石(いわゆる嘆きの壁)の前に立つことを許された。ハドリアヌス帝は徹底的にユダヤ的なものの根絶を目指し、属州ユダヤの名を廃して、属州「シリア・パレスティナ」とした。これはユダヤ人の敵対者ペリシテ人の名前からとったものである。現代まで続くパレスティナの名前はここに由来している。

出典:バル・コクバの乱 - Wikipedia

*1:ウガリット神話によれば、エルは隠居して次代の最高神はバアルになる

*2:山我哲雄/一神教の起源/筑摩書房/2013/p62

*3:古代イスラエルの王国① 初期の古代イスラエルの歴史とダビデの史実性 参照