歴史の世界

ユダヤ教成立の歴史② 《古代イスラエル民族の元来の神は「エル」》

前回はユダヤ教より前の宗教の話をした。

ユダヤ教はカナン(≒パレスチナ)で誕生したが、その前のカナンの宗教は、古代ギリシャのように多神教の神々の体系が信じられていた。

今回は、《古代イスラエル民族の初期の信仰の対象となる神は、カナンの神々の中の最高神「エル」である》という話をする。

ちなみに、イスラエル人に系統的に近いフェニキア人はカナンの神々の中からバアル神を選んだ。

イスラエルの元来の神は「エル」

一神教の起源』の113ページに《イスラエルの元来の神は「エル」》という節がある。

この節では、以前にカナンの最高神であった「エル」イスラエルの元来の神であった(と推測できる)証拠を幾つか挙げている。

その1、「イスラエル」の語源

一般的には「イスラエル」の語源は「神(=エル)が戦う(または支配する)(=サーラー)」と解される。「エル」を普通名詞の「神」と訳しているわけだ。

しかし、『一神教の起源』では「エル」最高神「エル」だと推測している。

その2、「エル系人名」「ヤハウェ系人名」

ヤハウェ系人名」とは「ヤ」「ヨ」で始まる人名、または「ヤ」で終わる人名。例:ヨシュア(「ヤハウェは救い」の意)、イザヤ(ヤハウェは救い給う)など。(p115)

「エル系人名」は「エル」がつく人名。例:イスラエル、イシュマエル(「エル」は聞き給う)、サムエルなど。(p115-116)

ただし、一般的にはこの場合も「エル」=神あるいは主(一般名詞)と解釈されている。

旧約聖書の歴史書を見ると、王国時代以前にはヤハウェ系の人名が少なく、王国時代になるとヤハウェの名が圧倒的に多くなる。(p116)

その3、「エル・エロヘ・イスラエル

前述の通り、聖書では「エル」という語が度々出てくる。一般にはそれは普通名詞だということも前述の通り。

しかし「エル・エロヘ・イスラエル」はどうだろうか?

この言葉は、イスラエル民族の最初の族長であるアブラハムの孫、ヤコブに関するものだ(ヤコブの別名はイスラエル)。

ヤコブはシケム(シェケム)という場所で祭壇を築き、「エル・エロヘ・イスラエル」と名付けた。

「エル・エロヘ・イスラエル」は「イスラエルの神である神」と解されるようだが、これでは意味をなさない。「イスラエルの神である(最高神)エル」と解するのが妥当だろう。

シケムは「エル・ベリート(契約のエル)」と呼ばれる神殿があり、エル崇拝の中心地であった。(p117-118)

ちなみにヨシュアがカナンを占領した後にイスラエルのすべての民を招集してヤハウェを唯一の神として崇拝する誓い(契約)をしたのもシケムだった。

その4、「ヤハウェ」の名が明らかになる時代が遅い

これはくだんの節以外の部分にある。

古い時代に「ヤハウェ」という名の神が知られていなかったことは、出エジプト記の別の箇所にも示唆されている。「神はモーセに仰せになった。「わたしはヤハウェである。わたしはアブラハム、イサク、ヤコブにエル・シャッダイ(新共同訳では「全能の神」)として現れたが、ヤハウェというわたしの名を知らせなかった」」。しかも、この箇所は文体や周囲の文脈から、かなり遅い時代(おそらくはバビロン捕囚時代)の資料(研究者の間では「祭司文書」と呼ばれる)に含まれると考えられている。そして、実際に同じ祭司文書は、創世記の文脈でも、族長たちに現れた神を「エル・シャッダイ」と呼んでいるのである(創十七1、三五11等)。なお、「シャッダイ」という神格については、聖書外史料にも言及例がある。「エル・シャッダイ」という表現の意味は明確ではないが、「山の神」とする説が有力である。「全能の神」という訳語は、前3世紀以降のギリシア語訳(いわゆる「七十人訳」)の水毒によったものである。(p107)

一般的には引用部分にある通り、最初から「エル・シャッダイ」=ヤハウェだと解釈されるが、その一方で、後になって「エル・シャッダイ」とヤハウェが習合(同一視)されたと考えることもできる。