歴史の世界

ユダヤ教成立の歴史⑥ 旧約聖書の歴史観で見る王国時代 その2 預言者と王朝断絶の関係

前回からの続き。

以下の話は聖書外の文字史料で確認されていないことに注意。

エリヤ、王朝断絶を予言

エリヤとアハブ関連の話をもう一つ。

アハブがイズレエルの農民ナボトの見事なぶどう園を欲しがり、王妃イゼベルの教唆で無実の罪をでっちあげてナボトを処刑させてしまったとき、エリヤはアハブとイゼベルの死を予告しただけでなく、アハブの「家」(すなわちオムリ王朝)の断絶を告知した(王上21章)。

出典:山我哲雄/一神教の起源/筑摩選書/2013/p214

王朝断絶の話は後述。

バアル・ゼブブ(ベゼルブブの起源)

列王記下1章の話。

(北)イスラエル国王は代替わりをしてアハブの息子アハズヤになる。

アハズヤは宮殿の上階から落下して負傷した。アハズヤは不安になり、エクロン(ペリシテ人の町。イスラエルの南方)の神バアル・ゼブブのところに使者を送って、負傷が回復するかどうかを尋ねさせようとした。

これを聞き及んでエリヤは使者に対して『あなたがたがエクロンの神バアル・ゼブブに尋ねようとして行くのは、イスラエルに神がないためか』『あなたは、登った寝台から降りることなく、必ず死ぬであろう』と言った(これらはヤハウェの言葉を伝えたということになっている)。

そしてその言葉通り、アハズヤは死んでしまう。

さて、話はユダヤ教の歴史から逸れて、バアル・ゼブブ(ベゼルブブの起源)の話。

「ベルゼブブ」という語は旧約聖書に悪魔的存在として複数回登場し、そのイメージが広まり、現在はオカルトやフィクションでサタンに次ぐ皇位の悪魔ということになっているらしい。

そしてこの「ベルゼブブ」の起源がバアル・ゼブブだということだ。バアル・ゼブブは本来は「気高きバアル」といういみだったが、旧約聖書では「バアル・ゼブブ」と書いてある。意味は「蝿のバアル」「蝿の王*1

「エクロンの神バアル・ゼブブ」というのはバアル神のこと。

預言者エリシャとイエフのクーデタ

列王記第9章の話。

エリシャというのはエリヤの後継者。エリシャは弟子の一人を呼び出しこう言った。

「この油のびんを携えて、ラモテ・ギレアデへ行きなさい。……エヒウを尋ね出し、油のびんを取って、その頭に注ぎ、『主はこう仰せられる、わたしはあなたに油を注いでイスラエルの王とする』と言いなさい。」

当時(北)イスラエル王国ユダ王国と共に強国アラム・ダマスカスと戦っていた。ラモテ・ギレアデというのはその戦場の一つだ。エヒウ(=イエフ)というのは将軍の一人。

「油を頭に注ぐ」という行為は正式に王に即位させることを示す儀礼 *2

エリシャに命じられた弟子は忠実に命令を実行してイエフに言った。

あなたは主君アハブの家を撃ち滅ぼさなければならない。それによってわたしは、わたしのしもべである預言者たちの血と、主のすべてのしもべたちの血をイゼベルに報いる。

「アハブの家」というのはアハブが属する王朝を意味する。当時の王はアハブではなく、次代のアハズヤも上述のように亡くなってしまった。その次の王がこの時の王ヨラム。ヨラムはアハブとイゼベルの息子。

イゼベルがヤハウェ預言者たちを大量粛清していたことは以前に触れた。上の文句はイゼベルを殺害せよという命令だ。

イエフはすぐさま戦場から王都に向かい、ヤハウェの命令を実行した。アハブの王朝(正しくはオムリ王朝)は滅び、イエフが新たな王朝を築いた。

以上が第9章の話。

この話は、上述のエリヤの王朝断絶の予言とリンクしている。

山我氏曰く、

おそらくは、……オムリ王朝を倒したイエフ王朝の宮廷を中心に、イエフのクーデタを正当化する意図で編集され、語り伝えられていたものと考えられる。(p209)

この政治的変革に加えて、バアル信仰を許容したアハブの王朝を滅ぼしたことにより、ヤハウェのみの信仰を推進した、と山我氏は推測している。



*1:山我氏/p212

*2:山我氏/p216