歴史の世界

【地政学】バランス・オブ・パワーと分割統治(ディバイド・アンド・ルール)

国際時事問題のニュースでたまに見聞きする用語。バランス・オブ・パワーと分割統治(ディバイド・アンド・ルール)。

これらは地政学関連の言葉らしい(国際政治・国際関係論・世界史などにも出てくる)。

分割統治(ディバイド・アンド・ルール)

分割統治は古代ローマで用いられた統治術で、その後の歴史でも使われ続けたらしい。高校の世界史で習うレベルの用語。

支配者が被支配者を分割、すなわち被支配者の団結を妨げて分裂させ、それをもって統治を容易にさせようとすること。「分割して統治せよ」ということばは、元来は古代ローマ帝国のその支配地域における統治術をさしたものである。そこでは被支配部族・民族が互いに離反・対立するように策し、ローマの支配に対する彼らの敵愾心(てきがいしん)を分散させ、被支配者の連帯よりもローマへの忠誠心を生み出すようにした。そうすることでローマ帝国の統治を容易にした。こうした統治術は植民地時代に欧州列強によって用いられ、イギリスやフランスなどは分割統治を原則として植民地住民を統治した。たとえば、スーダンにおける統治でイギリスは北部住民(アラブ系)と南部住民(ネグロイド系)の対立を利用し、南部住民を軍隊に用いて北部住民を抑え込むなどした。[以下略][青木一能]

出典:小学館日本大百科全書(ニッポニカ)/分割統治とは - コトバンク

具体的な方法についてはここでは触れない(《分割統治 - 世界史の窓》などを参照)。

上記のように近代ヨーロッパでも用いられ、特にイギリスが行ったインドの統治は有名だ。

この手法は地政学の歴史で言えば、スパイクマンが主張したことを前回の記事で書いた。

バランス・オブ・パワー(勢力均衡)

「バランスオブパワーには二つある」

奥山真司氏のブログに 「バランスオブパワーには二つある」 というタイトルの記事がある。

一つは、「全体的に力が均衡しているために安定している状態ができている」という一般的でスタンダードな「均衡による安定」。世界史の授業に出てくる「勢力均衡」はこれのこと。

もう一つは、圧倒的な力を持っている国(覇権国家)にとって「都合の良い有利なバランス」という「非均衡による安定」。これは地政学的なもの。

この2つについて以下に説明する。

1つ目のバランス・オブ・パワー

勢力均衡
バランス・オブ・パワーの訳。国際政治において1国また1国家群が優越的な地位を占めることを阻止し,各国が相互に均衡した力を有することによって相対的な国際平和を維持しようとする思想,原理。国際政治における安定が本来の目的であるが,実際には,常に相対的優越を確保しようとする意思が国家や国家群にあるため,勢力拡張や軍拡競争を招く傾向が強まり,国際的危機の一時的休止状態ともいえる。

出典:平凡社百科事典マイペディア/勢力均衡とは - コトバンク

バランス・オブ・パワーの「原理」は、近世ヨーロッパで出てきたものだ。具体的な現象は、1つの国が軍事強国となって隣国を侵略しようという段階になると、他国が同盟を組んで軍事強国を抑え込もうと動く。代表例はナポレオン戦争だ。ナポレオン戦争の後のウィーン体制は勢力均衡の1例として高校世界史で教えられる。

高校世界史では、(西)欧州におけるバランス・オブ・パワーの「原理」は近世から始まって第一次大戦で終わることになっている。

もう一つのバランス・オブ・パワー

次が地政学で使う方のもの。

上記の「非均衡による安定」とは、覇権国(最強の国家)が他の国々をコントロールして、現状を覆そうとする気を起こさせないように仕向ける「戦略」のこと。この時、覇権国はバランサーと呼ばれる。

具体的なやり方を2例 説明する。

1つ目。覇権国に取って代わろうとする国(第二位の国)を、第三位の国と同盟して潰す(または対立する)。そして第二位と第三位が入れ替われば、また同じことをする。

もちろん、二位・三位連合を実現させないための手を打っておくことも必要だ。これは分割統治の応用と言えるかもしれない。

地政学の歴史の見方によれば、19世紀から第一次大戦までのあいだは大英帝国が世界覇権国だった。この間は高校世界史の歴史観と異なっている。すなわちウィーン体制は世界覇権国イギリスの下で作り上げられたバランス・オブ・パワーだというのだ。

そして、第一次大戦後はアメリカが世界覇権国になり、現在もそれが続いている。米ソ冷戦の時期は第二位がソ連で、現在の米中冷戦は中国だ。ちなみに、米ソ冷戦後の1990年代は図らずも日本が第二位の国と勘違いされて(そんな意志はないのに!)、クリントン政権は日本を経済的に攻撃した(ジャパンバッシングはその前からあったが)。

2つ目。上述した。分割統治の応用。覇権国が工作して他の国どうしの仲を悪くさせるというもの。

現代の世界覇権国アメリカはこの手法を用いていると言われている。日本関連で言えば、日中関係や日韓関係の不仲にはアメリカが一枚噛んでいるという話だ *1

ただし、「離間工作」という言葉があるように、仲違いさせる戦略(戦術?)は覇権国の専売特許ではない。

現在のバランス・オブ・パワー

21世紀も2010年代に入ると中国が経済・軍事大国として台頭し、後半になるとアメリカに取って代わって世界覇権国なるという野望を露わにして行動するようになった *2。 。このような行動にアメリカは反応して、現在の米中冷戦に突入した。

アメリカは「技術が盗まれた!」とか「ウイグル人を迫害するな!」と声高に言っているが、これらの問題は以前から明らかにされていた問題だった。経済において中国はアメリカのお得意様だったこともあり、最近までこれらを見て見ぬ振りをしてきた。それが覇権国の地位が脅かされると気づいた途端に、米中冷戦を挑んだのだ。

バランス・オブ・パワーの前提:アナーキー無政府状態

国際政治の場には「世界政府」などというものはなく「世界警察」もない。つまりアナーキーなのだ。

アメリカを世界警察のようにいう人もいるが、上記のようにアメリカは自国の国益に従って行動しているだけだ。アメリカは警察に例えるよりはヤクザの親分に例えるほうがわかりやすいだろう。

こういったことは、倉山満氏が主催するチャンネルくららで教わった。例えば以下の番組。

[【11月12日配信】特別番組田沼たかしが訊く、「国際法で読み解く世界史の真実」倉山満・小野義典【チャンネルくらら】 - YouTube](https://www.youtube.com/watch?v=mQz8PnUZZRU)

この番組は、国際社会を「仁義なき戦い」に喩えて、国際法は「ジンギ」、条約は「サカヅキ」と言っている。結局はこれらは力関係の下で成立しているものであり、力関係が変われば破られることが少なくない。

国際社会では国際法や条約を破っても、これを裁く世界権力などない。 国際的な司法はあるにはあるが、それらは違反した国家に対しての強制力を持っていない。



*1:奥山真司/地政学アメリカの世界戦略地図/五月書房/2004/p73

*2:鄧小平から胡錦濤までは、そのような野望は持っていたものの、猫かぶりをしていた(韜光養晦)。