歴史の世界

【書評】奥山真司『地政学―アメリカの世界戦略地図』

最近(2020年)、『サクッとわかるビジネス教養 地政学』という本が3ヶ月で10万部売れた(出版社談)と話題になっている(出版社がそのように宣伝している)。この本の監修者が奥山真司氏だ。

私もこの本を買って読んでみたのだが、地政学よりも「地政学を使って米中露日EUがどんな国か見てみよう」みたいな本だった。この本を読めば国際情勢・国際ニュースが理解しやすくなるだろう。

さて、今回 紹介する本は、地政学の基本的なことと、アメリカ史の中の国家戦略(と地政学の関係性)が書かれている本だ。地政学の基本については上述の本よりは詳しく書かれてあるが、300ページの中の60ページくらいだ。

ちなみに、この本は絶版してます。

著者について

奥山氏の肩書は地政学者・戦略学者。

上述の『サクッとわかる』の自己紹介動画 *1 によれば、「私はふだん、防衛省の幹部学校で地政学や戦略論を教えたり、青山学院大学で学生を相手に戦略論を教えています。」

youtubeニコニコ動画などで、週に一回、ライブでニュース解説をしている(取り上げるニュースは海外の外交・安全保障に関するもの)。

政治的な位置づけは保守と言っていいと思う。本人はリアリストであると公言している。リアリストは現実主義者と訳されるが詳しくは《リアリストとは?いかなる人達なのか。いかなる学問・学派なのか。|地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信》 を参照。

この本は2004年に出版されたが、この当時はカナダのブリティッシュコロンビア大学の地理学科および哲学科を卒業したあたりのときで、その後、英国レディング大学大学院に入学して、戦略学科で修士号及び博士号(2011年)を取得することになる *2

本の内容

基本的に本書に書かれているのは、欧米の大学で一般に教えられている「地政学」(Geopolitics) という学科の内容に、著者が知っているトリビア的情報を加えたものである。

……なるべく多くの学校で使われている教科書を参考にしながら、“一般的に北米の大学で教えられている地政学” の内容と、そこから伺い知れるアメリカの国家戦略の歴史を中心に、幅広く書いたつもりである。

出典:奥山真司/地政学アメリカの世界戦略地図/五月書房/2004/p324

私が知りたかったマッキンダーとかマハンなど初期の地政学については60ページほど書いてあった。上述の本よりは詳しく書かれており、歴史背景も分かる。ガッツリと知りたい人には全然足りない量だとは思うが、私はとりあえず満足した。

アメリカの国家戦略の歴史については、大統領のブレーンだったキッシンジャーブレジンスキー、有名な学者のハンチントンやF・フクヤマらが言及され、彼らと地政学の関係について書かれている。彼らは地政学を使って分析・戦略立案を行った。

ここで重要な点は、彼らの分析・戦略立案は、地政学抜きに国家戦略を考えることはありえないということだ。米ソ冷戦も米中新冷戦もアメリカは封じ込め戦略をとっているが、これはマッキンダーやマハンのアイデアから出てきた戦略だ。言い換えれば、国家戦略に関係する者は地政学を十分理解していなくてはならない、となる。アメリカのエスタブリッシュメントにとっては至極当然のことだとは思うが、日本のエスタブリッシュメントはどうだろうか?

最終章の第六章は、上記と毛色の違う地政学の話になる。《環境地政学と反地政学》。

環境地政学については《他国の軍事的脅威よりも、……環境破壊のほうが、政治的に重要》と考えから環境保全が安全保障に関わるという考え方だ。これは2021年から始まるアメリカのバイデン政権の考えと重なる。この本には環境保護団体が「武力によって環境を破壊するんじゃない!」と言って従来の軍の行動を批判する。これもバイデン政権の中で議論されている話だ。さらに環境の話が進むと先進国と発展途上国の南北問題につながってくるのだが、バイデン政権でもクローズアップされることが予想できる。

もうひとつの反地政学は権力/覇権を徹底的に批判する(左翼的な)地政学なのだが、ここでは説明は省略する。

私の注目点・感想

とりあえず、地政学に関しては『サクッとわかる』よりも詳しい説明がなされていたので読んでよかった。ただし、地政学について『サクッ』に書いてあってこの本に書いていないこともあるし、半分以上は違うことが書いてあるのだから、どちらかは読まなくていいという話ではない。

上記2冊は入門レベルのようで、これだけ知っておけば大丈夫という程のものではないが、とにかくその入門レベルくらい知っていれば、新聞・テレビの国際ニュースをより理解できるようになるだろう。

アメリカの国家戦略の歴史については、上に書いたとおり。ジャパンバッシングについても言及されている。経済によって米ソ冷戦に勝利したアメリカだったが、冷戦後に ふと振り向くとアメリカを経済で追い抜こうとしている日本がいた。だから日本はブッ叩かれた。日本政府やエスタブリッシュメントはこの理由を分かっていたのだろうか?

おまけ:古典地政学と批判地政学

奥山氏が日本人に紹介している地政学マッキンダーやマハンの流れを汲む古典地政学だ。これらはがっつり政治に使われている。もはや学問ではないとまで言われているくらいだ。

一方、批判地政学は、上記のように政治の道具になっている古典地政学を批判する...という説明で意味が分かりますか?

簡単に言ってしまえば、批判地政学の人たちはリベラル系の人たちで、国家に批判的な人たち。アカデミズムの中にはよくいる人達ですな。とにかくなんでもいいからケチをつけたいみたいなニオイがするんだが、学問として成り立っているのでそれ相応の根拠は持っているらしい。

詳しくは(というほど詳しいわけではないが)、奥山氏のブログ記事《批判地政学に対する疑問点 : 地政学を英国で学んだ》を参照のこと。

奥山氏はカナダで批判地政学を学んでいたのだが、この本を書いた後に古典地政学をもっと学びたいと思ってイギリスのレディング大学でコリン・グレイ氏に師事したとのこと。