歴史の世界

【戦略学】戦略と戦術/戦略の階層

地政学に引き続いて、戦略学について書いていく。その理由は地政学者の奥山真司氏が一般人向けに説明してくれていることと、日本にとって最も足りない部分であることという点にある。

そんなわけで、戦略学と言っても奥山氏が紹介する入り口の部分だけを勉強するだけだ。

参考図書は

世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう

世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう

  • 作者:奥山真司
  • 発売日: 2012/07/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

この本自体は自己啓発本なのだが、戦略学の入門レベル(ガイダンスレベル?)が書かれている。

今回は戦略と戦術の違いから。

戦略と戦術

戦略と戦術の違いを短い言葉で説明することは難しいようだ。

まず仮に、日本と中国が全面戦争することをイメージしてみよう。

  • 日本軍の一部が尖閣を守る戦闘を考えるのは"戦術"レベルの話。
  • 日本軍が如何にこの全面戦争に勝利するかを考えるのが"戦略"レベルの話。さらに政治レベルで戦後に中国をどのようにコントロールするかを考えるのも"戦略"レベルの話になる。

となる。

戦略は政治家と軍上層部が考える領域、戦術はそれらより下部の組織が考える領域となる。

また会社組織で考えると、上層部が会社全体の経営方針を考えるのが戦略、下部組織が個々の役割を果たすor改善するのが戦術レベル。

奥山氏は動画で分かりやすく対比を説明している。↓

戦略の階層

上の戦略と戦術を踏まえた上で、戦略と戦術の各々をさらに分割したのが「戦略の階層」だ。レベルを何段階に分けるのは欧米では普通に行われていたようで、奥山氏はルトワック氏とコリン・グレイ氏の分割の説明を合体させて、以下のような図を完成させたようだ。

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出典:奥山真司/戦略の階層を個人向けに修正 /地政学を英国で学んだ

大きく2つに分けると、大戦略以上が戦略で、軍事戦略以下が戦術の領域。

奥山氏は日本人は戦術は最高レベルだが、戦略はまるでダメだと言っている。

日本人の私としては理解しやすい戦術レベルの一番下から話を進めたい。

技術

「敵兵の殺し方」と物騒なことが書いてあるが、個々の兵の練度、スキル、所持している武器などがこのレベル。

戦術

「戦闘の勝ち方」。小さなチームレベルの話。小隊とか中隊などがチームワークの中の戦闘。頭にあるように、技術の上位概念で、個々の技術をコントロールしている点に注目。

作戦

「いつどこで戦いをするのか」。会戦とは大部隊レベル。

作戦計画に基づいて遂行され、複数のチームレベルの戦術を同時進行させて目的を果たす。

インパール作戦とかノルマンディー上陸作戦など大規模なもので使われることも多いが、ウサーマ・ビン・ラーディン殺害作戦(ネプチューン・スピア作戦)も作戦となる。

軍事戦略

軍のトップがいくつかの作戦を同時進行させたながら、国vs国の最終的な軍事的勝利を考えるレベル。

(奥山氏によれば、以上までが戦術レベル。)

大戦略

(ここからが戦略レベルの話で、国家の話で言えば、軍人だけではなく、政治家が絡んでくる。)

戦争の前あるいは平時において考えるレベル。最近では陸海空に加えてサイバー・電磁波・宇宙の領域が加わるのだが、これらに(カネ・人員を含む)どれほどの資源を配分するかを決める。

上の「領域」の他に、地域ごとの分配もこのレベルで決める。米ソ冷戦時代は日本では北海道が重要な地域だったが、米中冷戦において(尖閣を含む)沖縄が決定的に重要になってくる。このようなことを考えるのは地政学の領域で、奥山氏は「地政学大戦略のレベルだ」と主張している(コリン・グレイ氏からそのように習ったとのこと)。

政策

国家戦略を考えるレベル。国家戦略については如何に引用する。

軍事力も国家戦略を構成する要素の一つであるが、国家戦略と軍事戦略を混同してはならない。軍事戦略では反対勢力との競争に焦点を置き、相対的な弱点を見つけて勝利を得ようとするものである。一方、基本的国家戦略においては、相手国の軍隊を打ち負かす必要はなく、国力のすべてを活用して平和を守り、自国に利益をもたらす環境を作ることを目的としている。

出典:マイケル・グリーン *1 /日米同盟と日本の国家戦略/外交 Vol.4/外務省(PDF

国家戦略では基本的に安全保障全般を考える。軍事だけでなく、外交、インテリジェンス、経済を含むすべての力を統合して安全保障を考える。政治家が考える。仮想敵国を設定するのもこのレベル。

上のグリーン氏は《戦後経済復興と[世界の]民主主義陣営入りを目指した吉田ドクトリン》を日本の国家戦略の最も重要な例だと言っているので、安全保障面以外に重きを置く国家戦略というものもあるようだ。

世界観(vision

「日本とは何ものか、どんな役割があるのか」を考えるレベル。

政策(方針)を考えるときには、自分が(あるいは国家として)どのような状態を望んでいるのか、あるべき姿というのはどういうものかをはっきりと認識して決めなければならない。

さらに深く、3つのことを考えなければならない。

  • 日本(国家あるいは自分)とは何なのか(アイデンティティを考える)
  • 周囲はどのような状況か(現状分析)
  • 日本はどのような状態を作り上げたいのか、あるいはどんな役割があるのか

奥山氏によれば、上記のアイデンティティの部分で、アメリカが「自由と民主主義(と市場)を世界に広げる」という国家ビジョンを持ち、中国は中華思想という確固たるビジョンがある、と言っているのだが、日本にはこういったものが無いらしい *2

2021年現在、日本は米中戦争の中でアメリカ側に立って自由主義を守る役割を担うという世界観を持っているはずなのだが、政府は、中国と仲良くしたい経団連らの意向もあって、あまり明確に打ち出していない。

上記の件を明確化できたとしても、アイデンティティの問題が残る。



*1:戦略国際問題研究所上級顧問圏日本部長

*2:"悪の論理"で世界は動く!~地政学—日本属国化を狙う中国、捨てる米国/フォレスト出版/2010/p54