歴史の世界

「メソポタミア文明②」シリーズを書く

これからメソポタミア文明②シリーズを書く。「メソポタミア文明②」カテゴリーに保存する。

メソポタミア文明①」カテゴリーはシュメール人最後の王朝ウル第三王朝の滅亡まで書いた。今回のカテゴリーはその続きとなる。

メソポタミア文明の地図

おさらいも兼ねて地図の話をする。

メソポタミアと呼ばれる地域は現代のイラクとほぼ同じ地域と考えればいい。

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出典:中田一郎/メソポタミア文明入門/岩波ジュニア新書/2007/p3

ウル第三王朝が滅びてからは、メソポタミアの南北で政治が分かれる。南メソポタミアはバビロンという都市が中心になり、北メソポタミアはアッシュルという首都を持つ国家アッシリアが支配する。こういう状況を踏まえて、

と呼び習わされている。

時代が進むにつれて、ユーフラテス川を北西に上るように文明が広がり、地中海に出ていく。

時代区分

このカテゴリーで書いていくのは前2000年以降。

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出典:中田一郎/メソポタミア文明入門/岩波ジュニア新書/2007/巻頭ⅵページ

メソポタミア文明の終わりの時期について。以下は『古代メソポタミア全史』(中公新書/2020)を書いた小林登志子の言葉。

「古代メソポタミア史」は紀元前3500年の都市文明のはじまりから、前539年の新バビロニア王国の滅亡までを、学問的には扱います。

出典:『古代メソポタミア全史』/小林登志子インタビュー|web中公新書

新バビロニアはアケメネス朝ペルシア帝国に滅ぼされるのだが、滅亡後のメソポタミアは重要性を失った。

ただ、ここではアケメネス朝ペルシア帝国がアレクサンドロス大王に滅ぼされるまで入れることにする(中田氏の略年表のとおりにする)。

歴史の主役の交代:アムル人

最初に文明ができてから前2000年まで、メソポタミアの政治の主役はシュメール人(とアッカド人)だった。

前2000年の主役はアムル人。アムル人に関しては次回に書く。

ウル第3王朝が滅亡するとメソポタミアの都市はばらばらになり都市国家にかえったが、南メソポタミアバビロニア)ではイシン市などの有力な都市国家が支配領域を拡大していく。北メソポタミアでは上述のアッシリアが勃興し版図を広げていく。

そして、時代が進むと南北メソポタミアを越えて、領域国家どうしの群雄割拠状態になった。文明圏は地中海にまで及びエジプト文明と交わるようになる。

他地域へ拡大する文明

メソポタミアの他にエジプトでも大文明が発展していた。そしてこの2つの通り道であるシリア・パレスチナに文明が伝播し、根付いた。

このカテゴリでは、メソポタミアの歴史ではないシリア(ミタンニなど)やアナトリアヒッタイト)の歴史も入れる。

オリエント世界

メソポタミアとエジプトが政治的な交流が頻繁になると、ひとつの文明圏として考えることができるようになる。これをオリエント世界という。

このカテゴリでは新バビロニアまでのオリエント世界の歴史も入れる(エジプトは除く)。



「武器なき戦争」における"武器"としての国際法

「武器なき戦争」とは平時の戦争。すなわち、ロケット弾が飛び交うような戦時の戦争ではなく、外交論戦やプロパガンダが飛び交う平時の戦争を指す。

この「武器なき戦争」の中で"武器"の一つが国際法だ。

例えば、アメリカはウサマ・ビンラディン殺害(2011)、ソレイマニ・イラン軍司令官殺害(2020)で国際法違反だと非難されたが、これらの非難を国際法で応戦した。

国際社会は「鉄と金と紙」によって動いている

倉山満氏曰く、

国際社会は「鉄と金と紙」によって動いています。その3つのうちの「紙」こそ、政治の武器です。自分の身を守り、敵を攻撃する武器であり、プロパガンダの道具です。

出典:倉山満 『国際法で読み解く戦後史の真実』に学ぶ核ミサイル論 | Web Voice

鉄は軍事力、金は経済力、紙は知力となる。知力の中身は外交力・プロパガンダなどがある。

実際の国際社会は軍事力と経済力の力が幅を利かしている。国際政治学の一派であるリアリズムにおいては、国際政治を動かすパワーは軍事力と経済力がほとんどすべてであり *1 、知力は軽視される。

それでも、平時においては効力が発揮される「紙」である。おろそかにはできない。

中国による「紙」

中国は「紙」を3つのカテゴリーに分けた。これが「三戦」と呼ばれるものだ。

2003年、中国共産党は中国軍の法規である「人民解放軍政治工作条例」を改定しました。新しい条例では「輿論戦、心理戦及び法律戦を展開し、敵軍の瓦解工作を展開」することが明記されています。

輿論戦(以下、世論戦)は国内外の世論に訴える活動、心理戦は相手の心を揺さぶる活動、法律戦は行動の正当性を主張するための法的根拠を整える活動です。この3つの活動を、通称「三戦」(さんせん)と呼びます。三戦は単に中国軍だけによって行われるのではなく、中国の政治や外交などの各分野にも通じる深遠な活動でもあります。

出典:中国の深遠なる活動「三戦」とは?(THE PAGE) - Yahoo!ニュース

上記のリンク先に「三戦」について詳しく書かれているが、ここでは簡単な引用の方を貼り付ける。

三戦(さんせん)とは、世論戦(輿論戦)、心理戦、法律戦の3つの戦術を指している。平成21年版防衛白書[3]によれば、

  • 輿論戦」は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とするもの。
  • 「心理戦」は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。
  • 「法律戦」は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するもの。

とされる[4]。

出典:中国人民解放軍政治工作条例 - Wikipedia

現代において、中国は東シナ海尖閣)や南シナ海の海域で侵略を続けて海外から「国際法違反だ」と批難されているが、中国はこれに「法律戦」で対抗している。彼らの主張は日本を含む被害者から見れば戯言以下なのだが、それでも効果がないわけではない。国連加盟の弱小国やその他の国の要人などに、「鉄」で脅し「金」を掴ませて言うことを聞かす。そしてその論拠に「紙」を与えるわけだ。

国際法とはどういったものか

国際法というのはどういったものか。詳細は倉山満『国際法で読み解く世界史の真実』の第2章《武器使用マニュアルとしての「用語集」》で書かれている。

このブログでは、国際法が国際社会においてどういう意味で武器なのかを書いておく。

前段として、国際社会とはどういったものか

国際社会または国際政治は「無政府状態アナーキー)」である。つまり「世界政府」が無いことだ。北朝鮮は拉致や仮想通貨詐取を国家としてやっていると言われているが、彼らを法的に裁く強制力を持つ組織は無い。

国際連合が世界政府的な役割を持っていると思っている人がいるかも知れないが、この組織が拉致問題で何もしてこなかったことを考えれば、なんの権力も無いことは分かるだろう。

もうひとつ。

かつて 私 は 国際 社会 で 生き残る には 以下 の こと を 守ら なけれ ば なら ない と 書き まし た(『 常識 から 疑え!   山川 日本史』 ヒカルランド、 二 〇 一 三年)。

  • 第一 は、「 疑わしきは自国 に有利に」。
  • 第二 は、「 本当に悪いことをしたらなおさら自己正当化せよ」。
  • 第三 は、「 やっ てもい ないことを謝るな」。  

出典:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.259-263). 株式会社PHP研究所. Kindle 版.

理想を言えば、公平校正をモットーとして誠実に生きたいものだが、国際社会は無政府状態の弱肉強食なので、そんなあまっちょろいことを言ってると自国の利益を根こそぎ奪い取られてしまう。

いや、少し立ち止まって考えてみよう。私が民事裁判で原告(被告でもいいが)になった時、上記の三ヶ条を前提にして今後を考えるではないか。

国際法自体は強制力を持たない

犯罪国家を裁く世界政府が無い。一方で、国際法はある。つまり国際法は犯罪国家を裁く強制力がない。

国家内の民法や刑法は「強制法」だ。国家権力が法執行の責任者となる。一方で、国際法は法執行ができる「世界政府」が無い。だから「強制法」ではない。では何かというと、「合意法」だ。《国家間の合意よってできたものが国際法です》 *2 ということになっている。

基本 的に国際 社会、国際法においては、建前として、どの 国も対等の存在であり、自力救済ができるということが前提です。国際秩序の中には、国家間の合意である国際法を守らない国に対して、合意を遵守することを強制する仕組みや、強制することができる力がないからです。

国際仲裁裁判所 や 国際司法裁判所 など、「 裁判所」 と 名前 が つく 国際 機関 が ある ので 誤解 し て しまう の です が、 実は これら の「 裁判所」 が 下す のは 判決 では なく、 裁定( 判断)、 和解 案、 調査 報告、 勧告 という よう に、 国内法 に 見 られる よう な 強制力 を 持た ない もの ばかり です。 国際法 を 基礎 として 行なう ので、 影響力 を 持つ こと は あっ ても、 強制力 を 伴う こと が でき ませ ん。

出典:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.609-615).

《「国際法」とは、つまりは「仁義」だ》

紙 に 書か れ た 条文 より 慣習 が 大事 なのは、 なぜ か。 それ は、「 国際法」 とは、 つまり は「 仁義」 だ から です。 もともと 王様 どうし の 約束( 仁義) として 成立 し た ので、実際に守るかどうかの仁義、信頼関係のほうが大事なのです。

仁義というと、ヤクザの親分どうしの約束事のように思う人もいるかもしれ ませ んが、まったくそのとおりです。[中略]

ヤクザ の 親分 が 仁義 を 守る のは、 自分 より 強い 相手 から 制裁 さ れ ない ため、 口実 を 与え ない ため です。 ムカ つく 奴、 倒し たい 敵 を 攻撃 する とき には、 逆 に 因縁 を つける という 形 で 使い ます。 当然 です が、 弱い 相手 との 仁義 は 守ら なく て よい こと になり ます。 より 正確 に いえ ば、 弱い 相手 との 仁義 を 破っ て、 他 の 誰 からも 因縁 を つけ られ ない とき、 その 弱い 相手 との 仁義 は 守ら なく て よい の です。

仁義 を 破ら れ た ほう は どう する か。 泣き寝入り すれ ば、 仁義 は 紙切れ と 化し た こと になり ます。 降りかかっ た 火の粉 を 自分 で 払い、 仁義 を 破っ た 相手 を 制裁 する こと が できれ ば、 紙切れ では なかっ た こと になり ます。「 相手 に 仁義 を 守ら せる こと が できる か どう か」 は、 ひとえに 自力救済 する 実力 が ある か どう かに かかっ て い ます。 国際法 の 世界 では、 悪い こと( 仁義 違反) を し た 者 よりも、 それ を 咎めだて し ない 者 の ほう が 悪い の です。

ヤクザ の 世界 で 生き残る こと が できる のは、 自分 の 身 を 自分 で 守る こと が できる 組 だけ です。 仁義 は、 その 重要 な 一つ の 武器 です。 暴力 や カネ と 同様 に。

国際 社会 も、 まったく 同じ です。

出典:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.643-657).

国際法とは↑のようなものだから、国際政治は軍事力でしか動かないと思っているリアリストたちはおそらくは紙切れだと思っているのではないか。しかし、影響力工作(プロパガンダ)などインテリジェンスを重要視する人たちにとっては国際法は紙切れ以上のものになる。

ただし、国際法を紙切れ以上にするためには、国家は自分に降り掛かった火の粉を自分で払う意思と実行力を持たなければならない。

倉山氏は別のところで《国際法地政学の両方が必要》と主張したが、これは国際法をインテリジェンス、地政学を軍事力と変換すれば分かりやすいだろう。



*1:両者においても軍事力にかなりのウエイトがある。

*2:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.607).

「文明の海洋史観」と「勤勉革命」と「ガラパゴス化」

「文明の生態史観」が古典として読みつがれ、「文明の〇〇史観」という本がいくつも出るようになった。そのうちの一つが川勝平太『文明の海洋史観』。

この本の中で「勤勉革命」が紹介されている。以下に書く当ブログの記事は「勤勉革命」のほうがメインとなる。ちなみに、「勤勉革命」を提唱したのは歴史人口学者の速水融氏だ。

勤勉革命とは?

勤勉革命」という言葉の生みの親、速水融氏本人の説明。

同じころ[近世]、ユーラシア大陸の西端では、産業上の大変革が起きていた。産業革命(Industrial Revolution)である。[中略] それらは西ヨーロッパ諸国に伝播し、世界は大きく変動したのである。[中略]

江戸期に「経済社会」化が進んでいたことも明白な事実である。では何によってこれはもたらされたのか。「産業革命(Industrial Revolution)」ではなく、「勤勉革命(IndustriousRevolution)」によって江戸期の発展は生じた、というのが筆者の主張である。

近世において農業の労働のあり方は大きく変容した。徐々に形成されていった市場に適合するなかで、それまでの隷属的性格を持った労働が家族労働(小農化)へと変わっていった。筆者の観察では、信州の諏訪地方では、城下町を中心として同心円状に、一年にほぼ二〇〇メートルの速さで小農化が進み、一八世紀の後半には全領域が小農化した。農業と市場が結びつくことで、農産物の利益を農民自らが手にできるようになり、市場販売を目的とする生産が世帯単位で自発的になされるようになったのである。これが、すなわち「勤勉革命」である。とくにこの「革命」は、耕地拡大が限界に達し、生産量増大が、もっぱら投下労働量の増大によってもたらされるようになった時期(地域ごとに違いはあるが、ほぼ一八世紀)により深化を遂げることになる。この「勤勉」が、江戸時代を通じて農村から都市へも広がり、とりわけ明治維新以降に、経済発展と工業化を支える労働倫理となった。ただし、この「勤勉」さは、一定の社会経済的条件の下で生じたものだとも言え、決して永遠不変の日本人の「国民性」とは言えない。それは現在失われつつあるとさえ言い得る、ここ三〇〇―四〇〇年間の特徴なのである。

出典:『機』2011年3月号:「勤勉革命」による江戸時代 速水 融 | 藤原書店オフィシャルサイト

産業革命勤勉革命は平行進化しており、日本が西欧文明が日本に到達した時に直ちに近代化できたのは、近世において準備ができていたからだと。この考え方は梅棹氏と同じだ。梅棹氏の主張を実証したといったほうがいいかもしれない。

勤勉革命が起こった理由とその後

以下の説明は基本的に川勝平太『文明の海洋史観』を参考にしている。

歴史的背景

世界史における中世はイスラム世界の全盛だった。彼らは陸路・海路両方とも開拓を行なったが、ここでは海路の話のみをしよう。

ムスリム商人は東進を続け、インド海を抜けて東南アジアに達した。彼らが東シナ海・日本にまで達しなかったのは、東南アジアに行けば中国産品は手に入ったし、日本産品はそもそも直接取引きするほどの物は無かった。

また、海洋中国人(華僑や広州人など)や日本人も東南アジアでの取引に熱中した結果、東南アジアは世界の商業の中心地の一つとなった。西欧の大航海時代が始まると彼らはムスリム商人との競争に打ち勝ち、商業ルートを奪うことになる。

産業革命勤勉革命が同時期に起こった

そして、近世から近代に変わる直前に産業革命が起こる(産業革命が起こったから時代が変わった)。西欧も、日本と同じく、東南アジアに提供できる産品がなかったので銀が流出する一方だった。これを打開すべく、彼らは産業革命を起こした。これと同じ理由で、日本は勤勉革命を起こしたわけだ。

ただし、その後が違う。西欧は産業革命で獲得した生産力を背景にインドに木綿製品を売りつけるまでになった。これにとどまらずに、西欧は東南アジアを「市場の中心」から「生産の中心」に変貌させた。プランテーション化だ(のちにお茶の輸入超過のため、アヘン戦争が起こった)。

これに対して、日本はと言うと「鎖国」だ。実際は海外と取引はしているものの、金銀銅の流出を避けるために過度の取引制限をやっていた。そして輸入していた産品を国内生産し始めた。木綿・砂糖・茶など *1

また川勝氏によれば、西日本は海洋的性格を持ち、東日本は陸地的性格を持つ *2豊臣秀吉による大陸侵略失敗のこともあり、東日本の徳川政権は海外との接触は消極的だった。

勤勉革命のデメリット

勤勉革命産業革命の違い

勤勉革命とは畜力(資本)を人力(労働)に代替して生産性の向上を図る、資本節約・労働集約型の生産革命である。つまり、18-19世紀にイングランドで興った産業革命(工業化)が機械(資本)の使用を通じて生産性の向上を図る資本集約・労働節約型の生産革命であったのとは対照的に、同時期の日本では資本(家畜)を労働に代替するという産業革命とは逆の方向に進展していたのである。

出典:勤勉革命 - Wikipedia

産業革命により西欧では資本家の力が増し、彼らは貴族と婚姻により結びついて為政者層を形成した。その一方で、労働者・農民は重要性が減り、彼らと為政者層との格差は開く一方だった。

これと対象的に、日本の勤勉革命では勤勉に労働した農民・労働者の重要性・地位が向上した。さらには、農民・労働者のトップである豪農・豪商は西欧の資本家のように為政者層になる道は選ばなかった。そして為政者層であるはずの武士階級は貧困に明け暮れ、年を越すにも苦労する有様だった。世界史から見ると異常だ。

そして、西欧の力が日本にまで押し寄せる幕末になると武士階級は自壊し、明治維新が起こる。江戸時代の為政者層は世界の激動に対応できなかった。下層武士階級であった薩長土肥の人材が国難を救ったのは奇跡といったほうがいい。

このような状況を見ると、勤勉革命産業革命は対等だとは思えない。

話は明治維新で終わらない。

大東亜戦争においても下士官以下の勤勉によって戦線は保たれていたが、彼らが戦死していくにつれ戦局は悪化の一途をたどり、大日本帝国は滅亡した。

勤勉革命のせいで、為政者層が無能でもやっていけるという土壌が日本に出来上がってしまった。平時ならそれでいいが、異常事態が起こった時、為政者層は無能をさらけ出す。

下層の主張が通ってしまった結果が「ガラパゴス化

以下は池田信夫氏の記事(木村英紀『ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる』の書評)

この平和な時代[江戸時代]に、日本の人口は1000万人から3000万人以上に激増した。その過剰人口を消化するために起こったのが、労働集約的な技術で生産性を上げる勤勉革命だった。本書は、日本の「ものつくり」が国際競争に敗れた原因を勤勉革命エートスに求める。タコツボ的で非効率な組織を統合しないで、果てしなく残業して根回しを繰り返す結果、製品は各部門の主張を雑多に取り入れたガラケーのような部分最適の集合体になる。

他方、数百の都市国家が激しい戦争を繰り返していた西洋では、都市の限られた人口を資本で補い、労働節約的な技術を開発する産業革命が起こった。もっとも重要なのは軍事技術であり、戦争に勝つという目的に最適化してシステム化する必要があった。このため西洋の工場は早くから「軍隊化」し、交換可能な労働者で大量生産する脱熟練化(de-skilling)が起こった。

これに対して日本では「現場」が重視され、労働者の企業特殊的な熟練を受け継ぐ伝統が続いてきた。ここで大事なのは製品としての「もの」の品質だから、生産システム全体を効率化する発想はなく、ソフトウェアは軽視される。[以下略]

出典:勤勉革命の呪縛 – アゴラ

日本では、「現場」が勤勉に働くために一種の権力を持ち、その権力によって経営者に対抗することができる。一方、欧米では、「システム化」「脱熟練化」により、「現場」の抵抗を最小限にすることができた。

この違いが、欧米の企業と日本企業のグローバル化の命運を分けている理由の一つとなっている。このことは、日米決戦で負けた理由にもなっている。

日本では、国家でも企業においても、「現場」(下層)からの主張が通ってしまう結果、トップ(上層)を含む組織全体が内向き指向になってしまう。その結果が「ガラパゴス化」であり、これはグローバルの波がおとずれた時に押し流されてしまった。



*1:梅棹忠夫編/文明の生態史観はいま/中公叢書/2001/p112

*2:川勝平太/文明の海洋史観/中央公論社/1997/p193-194

文明の生態史観

「文明の生態史観」について書く。発表当時は唯物史観に対抗するものとして人々に迎えられたが、現在は文明論の先駆そして古典として語り継がれている。

説明

「文明の生態史観」は1957年(昭和32年)に『中央公論』に発表された梅棹忠夫の論説。1967年(昭和42年)に関連する諸論説と合わせて一冊の本『文明の生態史観』として中央公論社から出版された *1

「文明の生態史観」はモデル図で表される。

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出典:梅棹忠夫/文明の生態史観ほか/中公クラシック/2002/p197(A図)、p208(B図)

文明の生態史観ほか (中公クラシックス)

文明の生態史観ほか (中公クラシックス)

A図が最単純モデルでB図が修正を加えたもの。

楕円は旧世界(ユーラシア大陸とその周辺)で、中央を走る乾燥地帯は遊牧民が横断する北アジアゴビ砂漠からカスピ海あたりで南方へ屈曲してアフガニスタンまで。

ローマ数字は4つの文明圏、すなわち(Ⅰ:中国世界)(Ⅱ:インド世界)(Ⅲ:ロシア世界)(Ⅳ:地中海・イスラーム世界)。

大きなまとまりとして、両端の日本と西ヨーロッパを「第一地域」、Ⅰ~Ⅳと東南アジアと東ヨーロッパを「第二地域」とする。また、東南アジアと東ヨーロッパは「中間地帯」という位置づけも持っている。

さて、生態史観の「生態」とは何か。「生態」とは生態学を指し、生態史観は文明圏を生態学の分析方法を使って説明しようとするものだ。梅棹氏は、日本の生態学者、文化人類学者の今西錦司を支持する理系のひとで、文明・世界史を生態学で説明できる、とした。

生態史観は当時の主流の歴史観であった唯物史観に対抗するものとして発表されたので史観とついているが、実際は空間のほうが時間軸よりも重要なものになっている。地域研究(エリア・スタディーズ)のようにも見える。

梅棹氏の史観で重要なものを2つ。

  • なんの邪魔もなく条件が良い場所ならば、文明がぬくぬくと育つ(p125)。言い換えれば、きちんと段階を踏んで、順序よく発展する(p123-124)。
    ちなみに順序とは、最初は第二地域から文明を導入したものの、その後、封建制→絶対主義→ブルジョワ革命をへて、高度な近代文明の現代に至るというもの(p197)。
  • 乾燥地帯は悪魔の巣だ(p122)。乾燥地帯にいる遊牧民を中心とする勢力は農業社会をしばしば猛烈な暴力をもって破壊する。

第一地域は、旧世界の端に有って「悪魔の巣」に直接に破壊されることはなかった。さらに湿潤気候のため、温室のようにぬくぬくと育つことができた。梅棹氏の史観では、西ヨーロッパと日本は平行進化したのであって、近代化において日本は西欧の諸技術を受容したが、文明度は同等であり、ほぼ同時代的であったとする。

第二地域のⅠ~Ⅳは、「悪魔の巣」からの暴力をまともに受けた。これを防御するための多大なコストが必要だった。この多大なコストは古代文明を発達させて大帝国を築き上げたのだが、その体制のコストは膨大で、かつ、しばしば破壊されたので、第一地域のような「順序よい発展」をすることはできなかった。
また、多大なコストを調達するために、常時戦時体制のような状態で、為政者たちの権力は強大なままで、一方で、庶民は重税を課され人権は無きに等しかった。
近代に入ると高度な近代文明を築き上げた第一地域から侵略を受けて半植民地となり、現在は(論説を書いた当時は)近代化を図る途上にある。
梅棹氏は、これらの地域はむかしの帝国の「亡霊」ではありえないだろうか、と疑問を呈している。中露に関して言えば、全体主義体制(p129)。

また、第二地域に属する東南アジアと東ヨーロッパは上述の通り「中間地帯」という性格も持っている。この地域は大帝国化した地域と異なり、モザイク状態つまり多種の民族が混在している。

「文明の生態史観」と地政学の比較

「文明の生態史観」の第一地域はシーパワー、第二地域はランドパワーに対応する...と思って「文明の生態史観」に興味を持ったというのが、これを読むきっかけだった。思ったより合致してはいなかった。

地図の比較

以前にも貼った地図を再掲する。

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出典:サクッとわかる ビジネス教養  地政学/新星出版社/2020/p25

  • リムランドは梅棹氏の言葉を借りれば、「中間地帯」。(リムランドについてはこちら参照。)

現代では中国もランドパワーとされており、時代によって、または研究者によって、地域の区分が変わる。

「文明の生態史観」と地政学を比較すると、現代のランドパワーは第二地域の半分+乾燥地帯の半分といった感じだ。つまり中露のこと(最近はイランもこの中に入るかもしれない)。

さて、シーパワーについて。「文明の生態史観」は旧世界の話をしているので、新大陸のアメリカが言及されていない。さらに、単純モデルをつくるために海を捨象してしまった。こちらはあまり参考にならない。

性質

上記のように、ランドパワーの分析には役に立つと思うので、こちらに焦点を当てる。

ランドパワーは乾燥地帯=「悪魔の巣」も含む。ということで、ランドパワーは凶暴性を持っているということになる。全体主義的な性質も持っているので、厄介である。

「文明の生態史観」では、第一地域は「多大なコスト」を支払わなくてよかったが、シーパワーは「悪魔の巣」の暴力に対抗するために、支払わなくてはならない。

「西には手を出すな」

2001年に梅棹氏は川勝平太氏(『文明の海洋史観』を書いた人)と対談をした記録を公表した。それが『文明の生態史観はいま』という本だ。

この中で2人は「西には手を出すな」と主張する(p54-57)。梅棹氏は第二地域の性質は変わらない、全面的な工業国家にはなれないと。

さらに、梅棹氏は第一と第二地域の性質の違いを示す。

領地を獲得していくという「大陸志向」とはまったく違いますね。大陸志向ですと、ここの土地は俺のもんだという排他的な所有意識が育ちますけれども、島嶼ですと、交換すればおたがいの利益になり、それを共有すれば豊かになります。排他的所有権とは違う経済観念が生まれ、情報社会に適しています。(p56)

両者は生活様式(行動様式)の前提・土台となる性質からして違うのだから、深く関与しないように警告を発している。

この考えは、ランドパワーとシーパワーは両立できないという地政学(マハン)の鉄則に一致する。



順次戦略と累積戦略

奥山真司氏が順次戦略と累積戦略という用語を使って啓発関連の記事を書いていたので、これを使って順次戦略と累積戦略がどういうものなのか書き留めておく。

何かを戦略的に成功させようとする場合、その全てはたった2つのやり方に分けられる。2つとは「順次戦略」と「累積戦略」である。この分類法を提唱したのは、元米海軍の将校で、旧日本海軍とも太平洋戦線で戦った経験を持つJ・C・ワイリー海軍少将だ。[中略]

順次戦略は現在、ビジネス書などでもてはやされているやり方のほとんどに当てはまる。具体的には目標の設定、数値化、データ化、バランスシートの強調、もしくは「見える化」など、極めて現代的かつ西洋的なやり方だ。

正反対のやり方が累積戦略だ。[中略] 単発の小さな成果を細かく積み上げる。「見える化」せず、手当たり次第にものごとを進めるという、かなり古い東洋的なやり方である。

「目の前のことを必死にやれば、いつか努力が報われ花が咲く」というのがまさに累積戦略である。日々同じことを繰り返して小さな成果を積み重ねると、ある時点で突然爆発的な効果(「創発」という)が生まれるのは興味深い。[中略]

この2つの戦略はそれぞれ長所と短所がある。肝心なのはワイリー氏も主張するように、2つを同時に使わなければダメだということだ。

出典:奥山真司/【脱ハウツー本!本当の人生戦略】2つの戦略 順次戦略と累積戦略を組み合わせよ - 政治・社会 - ZAKZAK

戦略というのは大きく分けると順次戦略と累積戦略の2つだけ。

順次戦略とは、計画を立て、工程表を作り、これを順次こなしていく進め方。ただし、工程表が組み立てることができるように中間に幾つかの目標を置くことが可能なもの、数値化できて達成率が測れるものに限定される。

累積戦略とは、順次戦略とは逆に、工程表を作れない、あるいは数値化できない作業をひとつずつやりこなしていく進め方。累積戦略は達成率が分からないので、ある日突然に爆発的な効果が現れる。これを「創発」という。

累積戦略は順次戦略の補完的なものである。つまり、2つは陰と陽の関係にあり *1 、2つ合わせて完全になる。《2つを同時に使わなければダメだ》とはそういうことだ。

ところで、奥山氏はJ・C・ワイリー『戦略論の原点 軍事戦略入門』 *2 を邦訳している。本来は軍事戦略の話である。戦略の階層を要確認。




ちょっと思いついたことを一つ。
ニュートンがリンゴが落ちたのを見て万有引力の法則を発見したという話があるが、真偽は別にして、ニュートンは「あれこれと考え続ける」という累積戦略をやっていた。そしてリンゴかなにかのきっかけで「創発」した、と考えてみればいいのではないか?
ただし、これと対になる順次戦略は何か、そもそも順次戦略があったのか、私は知らない。


*1:奥山真司. 世界を変えたいなら一度”武器”を捨ててしまおう (Kindle の位置No.1767). フォレスト出版株式会社. Kindle 版.

*2:芙蓉書房出版/2007年

3つのイメージ/ネオリアリズム

「3つのイメージ」はケネス・ウォルツ氏が考え出した国際政治の分析方法(1959年『人間・国家・戦争ー国際政治の3つのイメージ』)。

浅いことしか書けないが、備忘録として。

3つのイメージ

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国際政治を分析する時に、3つの分析方法に区分する。
【例】として、現在進行している米中冷戦を付け加える。

  1. ファーストイメージ:外交・安全保障を決定する個人、つまり大統領や首相に焦点を当てる。
    【例】バイデンと習近平

  2. セカンド・イメージ:国内事情、国内の組織に焦点を当てる。ただし国際政治を動かす国家とは大国だけだ(中小国は対象外)。
    【例】アメリカなら、民主党共和党の対立や、対中強硬路線の議会(両党とも)など。中国も習近平の権力集中が強まっているものの、内部で抗争があるようだ。

  3. サードイメージ:環境とはすなわち国際情勢のことなのだが、「3つのイメージ」を考案したケネス・ウォルツ氏によれば、目まぐるしく変わる短期的な情勢ではなく、国際政治を動かす法則に照らし合わせて、現在を分析し将来を予測する。
    よって国際政治を動かす法則を知らなければならないのだが、その法則とはネオリアリズムという考え方になる。
    ウォルツ氏自身は国際政治はサード・イメージで動いていると主張する。

とにかく、国際政治を動かす起因は3つの要因の中の一つあるいは複数が絡み合った形で現れる。これが3つのイメージの考えだ。

ネオリアリズム

リアリズムについては以前に当ブログで書いた。ネオリアリズムはこれと別個のものではなく、リアリズムの一部だ。

ネオリアリズム(ネオリアリスト)という一派はケネス・ウォルツ氏から始まった。それまでの古典的リアリズムは「人間の権力欲から権力闘争を行う」と考えていたが、ウォルツ氏はこのような考えに国際システムという法則性を加えた。

ただし、ウォルツ氏は国際政治を個々の国家の総体と見るのではなく、それぞれの国家の差異を些末なことと切り捨てて同質のものとして考える。例えば、アメリカと中国の性質は普通に考えれば全く異質なのだが、ウォルツ氏の味方はこの差異を捨象する(法則を単純化(モデル化)するため)。

ネオリアリズムの国際システム(国際政治の法則)とは、

  • 国際政治は無政府状態アナーキー)だ(各国を法的に支配する「世界政府」は存在しない)。
  • 国家(大国)は国益のために、または国家間の相互不信のために、争いをやめることができない。「平和」とは休戦状態または小康状態のことである(勢力均衡状態=バランス・オブ・パワー)。
  • 国際政治は、国際システムという法則によってほぼ決まる(これを抜きにして、個人や国家の意思だけで決まることはほぼ無い)。
  • 国際システムはバランス・オブ・パワーで説明される。

バランス・オブ・パワーについては後述するとして、要するに、ウォルツ氏を含むネオリアリスト一派は国際システムを物理法則と同じように考え、国家(大国)は物理法則によって動かされる物体と同質だという考えだ。そして物体の中身については考慮しない。社会現象のモデル化。

ここで注意点を一つ。大国とは基本的に核兵器を保持する国のことを指す。核兵器を持つことは国際政治を動かす意思の表明ということになる。つまり北朝鮮はその意思を持ち、日本は持たない。

バランス・オブ・パワー

バランス・オブ・パワーについては以前に書いた(リンク)。この記事か以下の奥山真司氏のブログ記事を参照のこと。

簡単に言えば、一つは大国間の軍事的均衡、もう一つは覇権国家が第二位の大国(挑戦者)を攻撃するというもの。

前者はイメージしやすい。お互いに国益を主張したり足を引っ張ったり牽制しあって均衡が保たれる。

後者は、今現在のアメリカと中国のことだ。覇権国家アメリカが挑戦者中国を攻撃している。ただし、攻撃すると言っても武力衝突すると、時刻の損害が大きいので、第三位以下の国と同盟を組んで外交その他で、挑戦者の勢力を縮小させようとする。挑戦者もやられっぱなしというわけにはいかないので、こちらも諸国と同盟するなどして防御・反撃する。こうして均衡が保たれる。

このようなわけで、ネオリアリズムにおいては、冷戦でも均衡を保たれていれば、「平和」と言える。

米中衝突は国際システムの法則の中にある

最後に米中冷戦の話。

バイデン大統領は親中派だと言われてきたが、上述のバランス・おブ・パワーの法則により、米中の衝突は既定路線であり、バイデンが親中派であってもその流れを止めることはできないよ、という話。さらにバイデン大統領自身に政治力はなく(ファースト・イメージ)、議会は圧倒的に対中強硬路線(セカンド・イメージ)という状況で、冷戦が加速する要素はあれど、減速する要素がない。



プロパガンダのテクニック一覧 その3/止(O~)

前回からの続き

O, P, Q(5)

  1. Obfuscation, intentional vagueness, confusion:難語化。難しい言葉や定義が曖昧な言葉を使って議論をはぐらかす。

  2. Operant conditioning:オペラント条件づけ *1
    子供が「おつかいをするとお小遣いがもらえる」を学習すると、すすんでおつかいにいこうとするようになる、という条件付け。
    逆のパターンとして、学校でカンニングしてこっぴどく叱られたら、次からはやらないようになる。
    また、自分の体験でなく他者の体験の観察でも、このような「学習」が起こる。例えば、兄がおつかいをしてお小遣いをもらっているところを "観察" した弟はおつかいをしたがるようになる、など。

  3. Oversimplification:過剰な単純化
    たとえば、Aという事象の結果の要因がB+C+Dだったのに、「Aが起こったのはBのせいだ」と言って、Aに全ての責任をかぶせたり、BやCの責任を隠したりする。
    【例】何でもかんでもユダヤ人のせいにするユダヤ陰謀論や、安倍総理(当時)のせいにする安倍万能論者(アベガー民、アベノセイダーズ)がこの典型。

  4. Pensée unique *2:発言者主張する時に「これが唯一の解決策だ」などのような断定的な言葉を使って、それ以外の選択肢を排除しようする論法を指す。
    【例】マーガレット・サッチャーが自らの経済政策を推し進めるために「他に選択肢はない"There is no alternative."」と発言が有名 *3
    【注】ただし実際のこの用法は、「他に選択肢はない」と主張した人に向かって批判するために「それはPensée uniqueだ!」という具合に使われる。

  5. Quotes out of context:文脈の主張とは違う引用をすること。
    敵対者の文章から趣旨から外れた部分を都合よく切り取って、敵対者を攻撃する。たとえば、論敵が「Aの場合を除いて、BはCだ」と主張しているのに、「Aの場合を除いて」と言ったことを省略して「(論敵は)BはCだ、と言っている」と騒ぎ立てる。
    もう一つ、有名な(あるいは権威のある)言葉を都合よく引用することで自分の主張を補強する。

R(3)

  1. Rationalization:正当化。自分のネガティブな行為・結果に対して正当化しようとする。
    【例】「原爆投下によって、戦争を早く終わらせ、100万人のアメリカ兵の生命が救われた」 *4がこの典型。

  2. Red herring:論点を逸らすテクニック *5
    【例】中国の軍事的脅威が増している状況で自衛隊の軍備増強が喫緊の課題であるのに、「中国との対話が先だ」とか「憲法改正が先だ」と論点を逸らす。

  3. Repetition:Ad nauseamと同じ。

S(5)

Scapegoating:スケープゴート。ネガティブな結果の原因を特定の個人/組織に責任を追わせて、自分の責任を転嫁/軽減する。

Slogans:演説、ポスターなどに使われる。完結で覚えやすいフレーズ。ポスターを多く貼ったり、スローガンを言い続けて、大衆を洗脳する。
【例】「欲しがりません勝つまでは」「改革無くして成長なし」

Smears:誹謗中傷。対象者の名誉・評判を傷つける。効果のある中傷なら真偽を問わない。組織的、計画的にやるとさらに効果が発揮される(ネガティブキャンペーン・Smear campaign)。

Stereotyping, name calling or labeling:Stereotypingは対象のイメージを単純化して共通認識化して固定化すること(大衆の頭の中に固定観念化すること)。多くの場合、ネガティブなプロパガンダとして行使される *6
name calling、labelingは既にやったが、目的はStereotypingと同じ。

Straw man:主張・論点を曲解したり別の論点にすり替えて、自分の主張を押し通したり返答・反論する。
【例】X氏「私は雨の日が嫌いだ。」
Y氏「もし雨が降らなかったら干ばつで農作物は枯れ、ダムは枯渇し我々はみな餓死することになるが、それでもX氏は雨など無くなったほうが良いと言うのであろうか。」 *7

T(4)

  1. Testimonial:推薦文。基本は有名人や尊敬されている人・権威者などの推薦によって、こちらの主義主張を受け入れさせるテクニック(beautiful people)だが、健康関連商品においては、CMに見られる体験談のように、一般人でも効果があるそうだ。(推薦文 - Wikipedia 参照)。

  2. Third party technique:第三者の口を借りて対象者を説得するテクニック。
    【例】対象者と共通する上司を使ったり、政府→大衆の場合は御用学者や御用評論家をつかったり、商業の場合も学者やタレントを雇って言わせたりする。(beautiful peopleに関連する)

  3. Thought-terminating cliché:議論を止めるための決り文句。
    【例】「もう決まったことだ」「ならぬものはならぬ」 *8

  4. Transfer:転移。2つある。
    ひとつは、誰もが権威のある人・尊敬される人あるいは国旗など強い感情を呼び起こすもの、これらのポジティブなイメージを自分に転移する。つまり同一視させる。
    もう一つ、逆にネガティブなイメージと敵対者をリンクさせる。
    ポジティブの例→アメリカの選挙候補者は、ピルグリム・ファーザーズや建国の父の話をよくする。また、国旗も選挙キャンペーンに使う。
    ネガティブの例→敵対者をヒトラーや鉤十字とリンクさせて第三者に印象づける。

U, V, W(3)

Unstated assumption:主張を既成事実として伝える *9。 こちらの主張がまだ通っていない場合、議論の余地があるにも関わらず、確定したこと(前提条件)として、次の話に進める。
【例】(無料体験を受けた人に、承諾していないのに、サービスを申し込むことを前提として)「6ヶ月コースと1年コースがありますがどちらにしますか?」と話し始める。

Virtue words:政治関連でよく使われる。「美徳の言葉」とは、ポジティブなイメージを持つ抽象的な言葉で、例としては平和、希望、幸福、安心、自由、などがある。これらの言葉を演説などで使って、自分の主張の方向性を示すとともに、好印象を持つように仕向ける。

Whataboutism:この語の日本語訳は「そっちこそどうなんだ主義」。
議論相手の主張に対して反論せずに、関連する別の話を持ち出して「そっちこそ〇〇はどうなんだ」と言って、論争を泥仕合に持ち込む。
【例】国連などの場で、日本が北朝鮮拉致問題の話をすると、北朝鮮側は「そっちこそ従軍慰安婦に対して謝罪しろ」などと言い出す。




これで終わり。


*1:行動主義心理学の基本的な理論。 スキナー博士のネズミの実験が有名だが、ここでは書かない。 オペラント条件づけ - Wikipedia 参照

*2:Penséeはフランス語で「考え」

*3:「 TINA」という言葉すらある

*4:ヘンリー・スティムソン - Wikipedia

*5:直訳は「赤いニシン」。燻製ニシンの虚偽 - Wikipedia 参照

*6:「ポジティブ」の場合もあるらしい

*7:ストローマン - Wikipedia

*8:プロパガンダの見破り方/p242

*9:プロパガンダの見破り方/p224-225