歴史の世界

「武器なき戦争」における"武器"としての国際法

「武器なき戦争」とは平時の戦争。すなわち、ロケット弾が飛び交うような戦時の戦争ではなく、外交論戦やプロパガンダが飛び交う平時の戦争を指す。

この「武器なき戦争」の中で"武器"の一つが国際法だ。

例えば、アメリカはウサマ・ビンラディン殺害(2011)、ソレイマニ・イラン軍司令官殺害(2020)で国際法違反だと非難されたが、これらの非難を国際法で応戦した。

国際社会は「鉄と金と紙」によって動いている

倉山満氏曰く、

国際社会は「鉄と金と紙」によって動いています。その3つのうちの「紙」こそ、政治の武器です。自分の身を守り、敵を攻撃する武器であり、プロパガンダの道具です。

出典:倉山満 『国際法で読み解く戦後史の真実』に学ぶ核ミサイル論 | Web Voice

鉄は軍事力、金は経済力、紙は知力となる。知力の中身は外交力・プロパガンダなどがある。

実際の国際社会は軍事力と経済力の力が幅を利かしている。国際政治学の一派であるリアリズムにおいては、国際政治を動かすパワーは軍事力と経済力がほとんどすべてであり *1 、知力は軽視される。

それでも、平時においては効力が発揮される「紙」である。おろそかにはできない。

中国による「紙」

中国は「紙」を3つのカテゴリーに分けた。これが「三戦」と呼ばれるものだ。

2003年、中国共産党は中国軍の法規である「人民解放軍政治工作条例」を改定しました。新しい条例では「輿論戦、心理戦及び法律戦を展開し、敵軍の瓦解工作を展開」することが明記されています。

輿論戦(以下、世論戦)は国内外の世論に訴える活動、心理戦は相手の心を揺さぶる活動、法律戦は行動の正当性を主張するための法的根拠を整える活動です。この3つの活動を、通称「三戦」(さんせん)と呼びます。三戦は単に中国軍だけによって行われるのではなく、中国の政治や外交などの各分野にも通じる深遠な活動でもあります。

出典:中国の深遠なる活動「三戦」とは?(THE PAGE) - Yahoo!ニュース

上記のリンク先に「三戦」について詳しく書かれているが、ここでは簡単な引用の方を貼り付ける。

三戦(さんせん)とは、世論戦(輿論戦)、心理戦、法律戦の3つの戦術を指している。平成21年版防衛白書[3]によれば、

  • 輿論戦」は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とするもの。
  • 「心理戦」は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。
  • 「法律戦」は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するもの。

とされる[4]。

出典:中国人民解放軍政治工作条例 - Wikipedia

現代において、中国は東シナ海尖閣)や南シナ海の海域で侵略を続けて海外から「国際法違反だ」と批難されているが、中国はこれに「法律戦」で対抗している。彼らの主張は日本を含む被害者から見れば戯言以下なのだが、それでも効果がないわけではない。国連加盟の弱小国やその他の国の要人などに、「鉄」で脅し「金」を掴ませて言うことを聞かす。そしてその論拠に「紙」を与えるわけだ。

国際法とはどういったものか

国際法というのはどういったものか。詳細は倉山満『国際法で読み解く世界史の真実』の第2章《武器使用マニュアルとしての「用語集」》で書かれている。

このブログでは、国際法が国際社会においてどういう意味で武器なのかを書いておく。

前段として、国際社会とはどういったものか

国際社会または国際政治は「無政府状態アナーキー)」である。つまり「世界政府」が無いことだ。北朝鮮は拉致や仮想通貨詐取を国家としてやっていると言われているが、彼らを法的に裁く強制力を持つ組織は無い。

国際連合が世界政府的な役割を持っていると思っている人がいるかも知れないが、この組織が拉致問題で何もしてこなかったことを考えれば、なんの権力も無いことは分かるだろう。

もうひとつ。

かつて 私 は 国際 社会 で 生き残る には 以下 の こと を 守ら なけれ ば なら ない と 書き まし た(『 常識 から 疑え!   山川 日本史』 ヒカルランド、 二 〇 一 三年)。

  • 第一 は、「 疑わしきは自国 に有利に」。
  • 第二 は、「 本当に悪いことをしたらなおさら自己正当化せよ」。
  • 第三 は、「 やっ てもい ないことを謝るな」。  

出典:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.259-263). 株式会社PHP研究所. Kindle 版.

理想を言えば、公平校正をモットーとして誠実に生きたいものだが、国際社会は無政府状態の弱肉強食なので、そんなあまっちょろいことを言ってると自国の利益を根こそぎ奪い取られてしまう。

いや、少し立ち止まって考えてみよう。私が民事裁判で原告(被告でもいいが)になった時、上記の三ヶ条を前提にして今後を考えるではないか。

国際法自体は強制力を持たない

犯罪国家を裁く世界政府が無い。一方で、国際法はある。つまり国際法は犯罪国家を裁く強制力がない。

国家内の民法や刑法は「強制法」だ。国家権力が法執行の責任者となる。一方で、国際法は法執行ができる「世界政府」が無い。だから「強制法」ではない。では何かというと、「合意法」だ。《国家間の合意よってできたものが国際法です》 *2 ということになっている。

基本 的に国際 社会、国際法においては、建前として、どの 国も対等の存在であり、自力救済ができるということが前提です。国際秩序の中には、国家間の合意である国際法を守らない国に対して、合意を遵守することを強制する仕組みや、強制することができる力がないからです。

国際仲裁裁判所 や 国際司法裁判所 など、「 裁判所」 と 名前 が つく 国際 機関 が ある ので 誤解 し て しまう の です が、 実は これら の「 裁判所」 が 下す のは 判決 では なく、 裁定( 判断)、 和解 案、 調査 報告、 勧告 という よう に、 国内法 に 見 られる よう な 強制力 を 持た ない もの ばかり です。 国際法 を 基礎 として 行なう ので、 影響力 を 持つ こと は あっ ても、 強制力 を 伴う こと が でき ませ ん。

出典:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.609-615).

《「国際法」とは、つまりは「仁義」だ》

紙 に 書か れ た 条文 より 慣習 が 大事 なのは、 なぜ か。 それ は、「 国際法」 とは、 つまり は「 仁義」 だ から です。 もともと 王様 どうし の 約束( 仁義) として 成立 し た ので、実際に守るかどうかの仁義、信頼関係のほうが大事なのです。

仁義というと、ヤクザの親分どうしの約束事のように思う人もいるかもしれ ませ んが、まったくそのとおりです。[中略]

ヤクザ の 親分 が 仁義 を 守る のは、 自分 より 強い 相手 から 制裁 さ れ ない ため、 口実 を 与え ない ため です。 ムカ つく 奴、 倒し たい 敵 を 攻撃 する とき には、 逆 に 因縁 を つける という 形 で 使い ます。 当然 です が、 弱い 相手 との 仁義 は 守ら なく て よい こと になり ます。 より 正確 に いえ ば、 弱い 相手 との 仁義 を 破っ て、 他 の 誰 からも 因縁 を つけ られ ない とき、 その 弱い 相手 との 仁義 は 守ら なく て よい の です。

仁義 を 破ら れ た ほう は どう する か。 泣き寝入り すれ ば、 仁義 は 紙切れ と 化し た こと になり ます。 降りかかっ た 火の粉 を 自分 で 払い、 仁義 を 破っ た 相手 を 制裁 する こと が できれ ば、 紙切れ では なかっ た こと になり ます。「 相手 に 仁義 を 守ら せる こと が できる か どう か」 は、 ひとえに 自力救済 する 実力 が ある か どう かに かかっ て い ます。 国際法 の 世界 では、 悪い こと( 仁義 違反) を し た 者 よりも、 それ を 咎めだて し ない 者 の ほう が 悪い の です。

ヤクザ の 世界 で 生き残る こと が できる のは、 自分 の 身 を 自分 で 守る こと が できる 組 だけ です。 仁義 は、 その 重要 な 一つ の 武器 です。 暴力 や カネ と 同様 に。

国際 社会 も、 まったく 同じ です。

出典:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.643-657).

国際法とは↑のようなものだから、国際政治は軍事力でしか動かないと思っているリアリストたちはおそらくは紙切れだと思っているのではないか。しかし、影響力工作(プロパガンダ)などインテリジェンスを重要視する人たちにとっては国際法は紙切れ以上のものになる。

ただし、国際法を紙切れ以上にするためには、国家は自分に降り掛かった火の粉を自分で払う意思と実行力を持たなければならない。

倉山氏は別のところで《国際法地政学の両方が必要》と主張したが、これは国際法をインテリジェンス、地政学を軍事力と変換すれば分かりやすいだろう。



*1:両者においても軍事力にかなりのウエイトがある。

*2:倉山 満. 国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書) (Kindle の位置No.607).