歴史の世界

道家(21)荘子(斉物論篇 その1)

荘子』全33篇は逍遥遊篇から始まり、その次に斉物論篇が来る。

逍遥遊篇と斉物論篇は荘子の思想の真髄とされる *1

この記事では、斉物論篇を扱う。

ただし一つの記事に書ききれなかったので、何回かに分けて書く。

「斉物論」は「斉物」の論(意見)のこと。「斉」は斉(ひと)しい、「物」は万物(人間を含むあらゆる物)を指す。

「斉物」とは「万物斉同」と同じ意味で、簡単に言えば「万物は道の観点からみれば等価であるという思想である」 *2

ただし、「万物斉同」を説明する時、上の説明では十分ではない。「万物斉同」については次回に書く。

第一章が中核中の中核

斉物論篇は6つの章に分かれている。

池田知久氏によれば、本篇の第一章が最重要の文章である。

本篇の第一章は、中国古代における道家の思想の歴史的展開の開幕を告げる、モニュメンタルな問答である。この問答は、『荘子』を始めとする道家の諸文献の中で、いやそれどころか中国古代の文献の中で、最も難解な思想の表現である。本篇本章の思想内容を理解することができたならば、『荘子」の諸思想、さらには道家の諸思想は、その過半を理解できたと言っても言い過ぎではないほどである。

「道」は、中国古代の道家にとって最重要のものである。その「道」が「一」であり、また結局は「無」であり、人間の知恵によっては決して捉えられない何ものかであるという、この学派にとっての根本テーゼは、ここに始めて定立されたわけであるが、これを継承した後代の諸文章とは異なって、ここには右のテーゼの内容や成立の根拠が、一切の手練(てだ)れた既存の予備知識なしに、極めて明瞭に論じられている点が注目される。

これを直接の起源として、道家の諸思想は、以後多方面に展開していく。──例えば、根源の実在「道」を中心にすえた形而上学存在論、「一」の「無」から「多」の「有」の形成をノベル宇宙生成論、「万物」の法則・質量因としての「気」を論ずる自然論、太初の「混沌」からの人間の知恵による堕落を説く退歩史観、アナキスティックな「至徳の世」に戻ろうと訴えるユートピア思想、等々。このような意味において、本篇は、まことに実り豊かな起源だったのである。

出典:池田知久/荘子 全現代語訳 上/講談社学術文庫/2017(この本は『荘子 全訳注』(上)(2014)から読み下し・注釈を割愛し再構成したもの)/p66

斉物論の哲学

斉物論篇については上の池田氏の本の冒頭の「始めに」で簡単に説明されているので、これに従って書いていこう。

ここで、逍遥遊篇と並んで、『荘子』の最も重要な思想の一つを表現している、斉物論篇の内容を第一章に即して簡単に紹介しておこう。

作者、荘周にとって最大の関心事は、……「我(わたし)」という人間の主体性に関する問題を解くことであった。作者によれば、あらゆる存在者の中で最も主体的であるはずの人間が実はそうでなく、逆にひどく没主体的で疎外された存在者である。

出典:池田氏/p4

この第一章の要旨は《人間が主体性を持つためには、万物の支配者(真の主宰者、世界の主宰者)である「道」を体得することである》。

「主体性」「主体的」とは「自分の意志・判断によって、みずから責任をもって行動する」さまを指す *3

この言葉は「自主性」「自主的」と比較される。「自主的」が あらかじめ決まっていることを率先して行動することを「自主的に行動する」という。

対して、何も決まっていない状況の中で為すべき行動を自分で考えて行動することを「主体的に行動する」という。

もうひとつ、「疎外(または自己疎外)」とは《人間の個性や人格が社会関係の中に埋没して主体性を失ってしまう結果、他人や他の事柄に対してだけでなく、自分自身に対してさえも疎遠な感じにとらわれてしまう状態。》 *4

さて、『荘子』の斉物論の話に戻る。

主体性の無い人間

人間が主体性を持っているかのように見える理由は、人間が知識「知」と言葉「言」を持っていることにある[以下略](p4)

それに対する『荘子』の答えは以下の通り。

実際は逆で、人間は知識「知」と言葉「言」を持ったが故に日々論争に明け暮れ、寝ている時でさえ夢の中であれこれと考えてしまって *5 休む暇がない。そして行き着くところは恐怖だ(論争に負けて立ち直れなくなる未来への恐怖?) *6

人間の一生というものは、日々を論争に費やして体をすり減らし、晩秋の枯れた草木のように衰えて精神が老いさらばえたら、もはや元に戻ることはない *7

論者によっては、人間の身体または精神の中に「真宰」(真の主宰者、つまり主体性の意)が存在すると主張するが、そんなものはデタラメもいいところだ *8

これが『荘子』の描く人間の一生だ。なんと悲しいことか(不亦悲乎)。

(つづく)



*1:浅野裕一/雑学図解 諸子百家/ナツメ社/2007/p183

*2:万物斉同 - Wikipedia

*3:主体性(しゅたいせい)の意味や使い方 Weblio辞書

*4:精選版 日本国語大辞典自己疎外(じこそがい)とは - コトバンク

*5:其寐也魂交、其覚也形開、与接為構、日以心闘。

*6:小恐惴惴,大恐縵縵

*7:其發若機栝……莫使復陽也

*8:非彼无我……吾獨且柰何哉