歴史の世界

マイケル・I・ハンデル 『孫子とクラウゼヴイッツ』についてのメモ④

前回からの続き。

インテリジェンスについて(第10章)

本の内容に入る前に、まずはインテリジェンスとは何かについて。以前に引用したものを再掲。非常に分かりやすい。

平たく言えばインテリジェンスとは情報のことである。そしてその本質は、行動のために論理的で正確な情報を得ることにある。[中略]

政治や国際関係の分野においてインテリジェンスという用語を使う場合、その定義は「国家の外交・安全保障政策に寄与するために収集・分析・評価された情報、またはそのような活動を行う組織」の意味で使われることが多い。長らく日本では「諜報」という言葉が当てられてきたが、諜報というと秘密裡に行われる情報収集活動という意味になり、インテリジェンスの定義に比べるとかなり狭い。[中略]

国家にとってのインテリジェンスとは、国際関係という法的な秩序の弱い世界にあって、その安全を確立するために、日々情報を収集し、活用するための国家知性にあたるということだ。[中略]

国家レベルのインテリジェンスとは「国家の知性」を意味し、情報を選別する能力ということになる。[中略]

今や国際政治や安全保障分野でインテリジェンスと言えば情報を指すが、同じ情報でもインフォメーションは「身の回りに存在するデータや生情報の類」、インテリジェンスは「使うために何らかの判断や評価が加えられた情報」といった意味合いになる。

インフォメーションやデータの類は、我々の周りに無数に存在している。しかしそれらはそのままでは使えないことが多い。そのため我々はデータを取捨選択し、加工して利用するのである。これを天気予報で例えるなら、気圧配置や風向きはインフォメーションにあたり、それらデータから導き出される「明日の天気」が加工された情報、これがインテリジェンスということになる。

出典:データに付加価値を与える――インテリジェンスとは何か/小谷賢 - SYNODOS

さて、第10章のタイトルが「インテリジェンス・情報は『孫子』の真骨頂」。孫子がインテリジェンスの重要性について楽観的に綴っている。一方でクラウゼヴィッツは引用する部分が無いくらいに関心を持っていないようだ。この本で触れられるところによれば、クラウゼヴィッツは軍事的天才はインテリジェンスの重要性を上回ると考えていたのかもしれない(軍事的天才≒優秀な指揮官 は実戦経験と訓練によってのみ生まれる)。

ここらへん違いも政治家と指揮官の立ち位置の違いに起因があるのだろう。

前回の欺瞞と奇襲についての話でも触れたが、この2つと同様に、近現代のテクノロジーの発展によりインテリジェンス分野も重要視されるようになっている。

ネットアセスメント(第10章)

「彼を知り己を知らば、百戦殆うからず」は有名な言葉だが、著者いわく、

孫武は、今日の諜報界用語でいう「ネットアセスメント」(彼我の比較分析)の重要性を明確に指摘しているのである。(p130)

著者は孫子のインテリジェンスについての考え方は楽観的すぎると釘を刺しつつ、これの存在の必要性は認めている。

ネットアセスメントという概念及び手法はアンドリュー・マーシャルというアメリカ人が作ったものだ。米ソ冷戦の時代に両国の比較分析をするために米国防総省にネットアセスメント室(ONA)という部局を設けた(1973)。

以下はネットアセスメントの特徴。文字数を少なくするために略が多い。詳細は原文を参照のこと。

第1 に、ネットアセスメントは 、…… 全体的・包括的な評価である。……単一の戦闘局面に注目する「状況評価」のようなものとは異なり、単一の戦闘の背景まで評価の対象にするという意味であり、ネットアセスメントが国家レベルの戦略的競争のみを評価対象としていることを意味しない。例えば、グローバルな米ソ 間の軍事バランスという国家レベルの評価を行う場合も、機能(核や空軍力等)や地理(欧州やアジア等)に焦点を当てた付随的なバランスの評価を積み上げることになる 。 また、 ネットアセスメントは、特定のフォーマットを持たない。 様々な分析枠組を用いるものの、特定の分析枠組に重きを置く こと も ない。これは言い換えるならば、多角的に事象を分析するということであり、ブラッケンが指摘している「 先入観を排除し、前提や既成事実さえも疑う想像性」にも繋がるものである。

第2 に、長期的展望のための評価だという点である。……ネットアセスメントは、「戦域司令官や彼らの目の前の問題のため」に実施するものではない 。また、……戦略を考える際には、 政策決定の主要なサイクルである日日の単位や政権交代という2つの時間軸では不十分でありつの時間軸では不十分であり、長期的展望のために比較的長期間を分析対長期的展望のために比較的長期間を分析対象とするのは、ネットアセスメントの大きな特徴である。ネットアセスメントの大きな特徴である。

第3に、形而上の要素、すなわちドクトリンや文化等を重視する点である。また、意思決定における官僚制度・官僚主義の影響についても同様に重視して[いる]。文化的要素や官僚主義等の組織的影響を重視するということは、言い換えるならば、アセスメントの対象として、意思決定や行動における 非合理的な側面により注目しているということである。

第4に、相手だけでなく、自らに対する評価も同時に行うということである。ネットアセスメントでは、競争相手だけではなく、自らの形而上下の要素についても考察し評価することになるまた、評価する際には、また、評価する際には、専門家たちの言葉専門家たちの言葉を借りるならば「相互作用」に基づく展望と比較優位という点に留意することが必要であり、……相手と自らを同じテーブルで評価することが重要になる。

そして第5に、4点目でも述べた自らと競争相手を同じテーブルで評価することを通じ、比較優位(あるいは劣位)について明らかにしていくという点である。自らと競争相手を一か所に置き、様々な観点から診断結果を示すためにある。自らと競争相手を一か所に置き、様々な観点から診断結果を示すためには、相対関係における自らの強みと弱みを明らかにしていく必要がある。

出典:ネットアセスメント再考(坂田靖弘氏)/防衛省(PDF)

この手法は米ソ冷戦の勝利に役立ったらしい。「百戦危うからず」だったかどうかは知らないが。

現在の日本に導入されているのかどうかは知らない。

日本人論として有名な『菊と刀』の著者のルース・ベネディクトの話。

アメリカ合衆国第二次世界大戦に参入するに当たって、アメリカ軍の戦争情報局に招集される。1942年より、対日戦争および占領政策にかかる意思決定を担当する日本班チーフとなる。このときにまとめられた報告書「Japanese Behavior Patterns (『日本人の行動パターン』)」を基に、「菊と刀」が戦後に執筆された。同時期に、アメリカ軍のために人種的な偏見について学問的な解説を企てた著作も発表している。

出典:ルース・ベネディクト - Wikipedia

ONAができる以前にアメリカはすでにやることをやっていた。その時、日本もちゃんとやってたら戦争をしなくて済んだかもしれない(アメリカは厭戦ムードだったし)。この話は別の機会に。