歴史の世界

【書評】渡瀬裕哉『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか~アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』

本書曰く、「分断」の原因は、アメリカの選挙にある。

候補者が当選するためには有権者にとって重要な問題「争点」における主張・論争の中で、有権者の信頼を勝ち取ることがどうしても必要だ。

しかし、現在の選挙ではその「争点」を無理やり作り出して、有権者を煽ってボルテージを挙げて、「(候補者に)投票"しなければならない"」というところまで追い込むところまでやるらしい。これを「選挙のマーケティング」と書いてある。

「争点」を無理やり作ることは有権者アイデンティティ(=政治的立ち位置)を細分化することを意味し、これが「分断」ということになる。「分断」された有権者は煽られているので、他の「アイデンティティ」を持つ有権者に対して攻撃的になる。これが分断に拍車をかける。

さらに、この「分断」する手法が世界各国に輸出されるために「民主主義が分断を生み出す」という結果になる。

以上が本のタイトルの答えになる、と思う。

帯に《大変革の現代社会を生き抜くための処方箋》とあり、「洗脳」されない解決策まで提示している。

目次

第1章 成熟した民主主義がアイデンティティの分断を生み出す理由
第2章 リベラルと保守はどのようにアイデンティティを分断するのか
第3章 アイデンティティの分断を受け止めきれない「独裁」という政治体制
第4章 グローバル化アイデンティティの再構成
第5章 越境するアイデンティティによる民主主義の開始
第6章 現代社会の大変革を生き抜くための処方箋

出典:なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか - 株式会社すばる舎

1章・2章がアメリカの話。
3章は中国、
4章は日本を含む世界、
5章は未来の話(デジタル通貨の基軸通貨化と民主主義の変革)、
6章は処方箋の話。

著者について

私が著者を知ったのは保守系Youtube「チャンネルくらら」に出演されてからだ。つまり保守の人。

本書にっ書かれているところによると、18歳の時に日本の議員事務所に行ってそれから地元活動に汗を流し、小中大のレベルでの選対を取り仕切るまでになる。そしてその後に、渡米して共和党の選挙スクールに参加した、とのこと。

渡瀬氏によれば、日本の保守と言われている自民党は、アメリカ政治から見れば、「リベラル」だそうで、それより左は[以下略]。

私が知っている限りでは渡瀬氏は、アメリカの保守の政策(規制緩和・減税などの「小さな政府」系の政策)や政治家を支える組織(シンクタンクやスタッフの拡充など)を輸入しようとしている。

本の内容

気になったところだけを幾つか書いてく。

「なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか」

「なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか」の答えは、この記事の冒頭で書いた。このような手法は選挙のマーケティングと言われている。

現職に対抗する候補者は当選するために争点が必要になるわけだが、これをマーケティングの手法を使う。すなわち、有権者アイデンティティ(=政治的立ち位置)を細分化して、目をつけた有権者スマホなどの端末に適宜メッセージを送って段々と洗のu染め上げて、他のアイデンティを持つ人との対立を煽ってボルテージを上げ、彼らが候補者に投票するように誘導する。

自分のアイデンティティを変えられるという恐ろしいことが起こっているので背筋の凍る思いだが、マーケティングを知っている人ならば「こんなことは日々行われていることだ」と言うかもしれない。私たちが商品・サービスを選ぶのはマーケティングの影響が大きいらしい。上述の選挙のマーケティングは、どうもSTPアプローチのことらしい(詳しくは書かない) *1

以上はアメリカで行われていることだが、この手法は世界に伝播している。日本の政治の場合については、著者は以下のように言っている。

日本の場合、いまだに地縁、血縁、政治家 同士の主従 関係などで構図が決まってしうことも少なくないが、近年、主に都市部において、昔ながらの状況 も変わりつつある ように 感じる。

出典:渡瀬 裕哉.なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図 (Kindle の位置No.241-243). すばる舎. Kindle 版.

アメリカの民主党共和党の「分断」の違い

この件に関しては2章で書かれているが、以下の動画でも分かりやすく解説されている。

上述したマーケティングの手法を使っているのは主に民主党だ。彼らは現行の社会に無理やり分断を作り争点化して解決して新しい社会を作ろうとする。

一方、保守はアメリカが守り続けてきた建国理念・伝統・コモンセンス(常識)を今後も守り続けようと主張する。つまり、分断と言っても民主党の手法に対抗するような形を取る。

両者の違いでは民主党側の方がニュースになりやすい。「あなた(視聴者)の常識は間違っているかもしれない!?」のように問題提起ができるからだ。一方で、共和党側の主張は「あなたが守ってきた今までの伝統を守りましょう」と主張するのみだ。こうして両者の論争が起こった時に民主党側の方が見栄えがするということになる。(民主党側は「この言い回しこそが保守側の論理だ」と言うかもしれないが。いや、きっと言うだろうな。)

デジタル通貨が民主主義を変える?

これは5章の話。Facebookが発行すると言われるデジタル通貨「リブラ」や中国の「デジタル人民元」が国境を超えて普及し、これが現存の通貨システムを変えるだけでなく、民主主義まで変革するという話。

しかし、私は理解できなかった。国家の重大な権利であるマネー発行権を国家が簡単に手放すはずがないと思うからだ。EU諸国は手放したが、それに変わる利益を手にした。では、越境したデジタル通貨を受容する国家は何を得るのだろうか?よくわからない。

「分断」への対抗策

6章「現代社会の大変革を生き抜くための処方箋」の話。

私の理解は、

  • まずは上述のような「押し付け」が存在を十分理解する。
  • 争点化されたものの中から自分が有益だと思うものをピックアップして自分のアイデンティティに組み込む。
  • 他の有権者の価値観を認めて相違点に関しては深入りせず、共有できる点を探して合意形成を図る(コミュニティの破壊を防ぐ?)。

当たり前といえば当たり前。とにかくマーケティングの影響下で自分を見失わないように心がけることが重要だ。

私の感想

マーケティング

選挙のマーケティングを使った「分断」を作る手法は、有権者(の脳みそ)をコントロールしようというもので、実際に成功していて、さらにアメリカから世界に輸出されているという。このことはおそらく選挙のマーケティングだけでなく、マーケティングそのものも人をコントロールしようとするものなのだろう。

著者によれば、選挙のマーケティングの技術は日々進歩しているので、私たちは警戒を怠れないし情報をアップデートしなければならない。

そんなわけで、私は「マーケティング」というキーワードが一番刺さりました。

アメリ

この本で書かれていることは主にアメリカの選挙事情についてだ。なぜアメリカが重要なのかといえば、周知のようにアメリカが世界覇権国家であり、カネと知恵・知識が集まる場所で、マーケティング技術のようなものを輸出する国だからだ。さらにはアメリカは若い国で人工(人造)国家なので、政治でいろんなチャレンジングな実験をやっている。これも輸出される。

そういう意味で1章・2章が他の章より重要だと個人的には思っている。アメリカの政治がどのようなものなのかを知るのは、日本国民としても重要である。

その他

チャンネルくららの中でこの本について触れられている動画を幾つか