歴史の世界

【書評】内藤陽介『世界はいつでも不安定 - 国際ニュースの正しい読み方』

この本は、Youtube保守系教養番組「チャンネルくらら」の中の番組「内藤陽介の世界を読む」から、国際ニュースを理解する上で重要なものをピックアップして書籍化したものだ。

「内藤陽介の世界を読む」とはどういう番組かと言うと、世界各国の各地域の国内事情を紹介するような番組。大手マスコミが報道するようなニュースから、日本にとってどうでもいいアフリカの国の事情まで幅広く扱っている。

今回のこの本は、そのようなネタの中からニュースバリューのあるものをピックアップし加筆して、丁寧にわかりやすく解説したものだ。

著者について

著者の肩書は郵便学者。郵便学というのは巻末の説明では《切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている》とある。ただし、この本では郵便学の話は少しだけ出てくる程度だ。

上述のとおり、『チャンネルくらら』でレギュラー出演されている。保守系の人だと、私自身は思っているが、本人がそのように自称(?)したことは聞いたことが無い。イデオロギーに凝り固まっているタイプの保守ではないことを付け加えておく。感情保守でもないし、陰謀論に騙されるような保守(?)でもない。

郵便学の関係で世界各国の事情に通じている(歴史の薀蓄も含む)。大学・大学院時代はイスラム学を専攻。

「はじめに」より

地上波のテレビ報道では、ある種の〝思い込み〟を前提に議論が組み立てられており、その前提を壊さないことを優先しているという傾向があることは指摘しておいてよいでしょう。たとえば、先に上げたトランプ氏の評価についても、不法移民を排除すべきだという彼の主張を、(合法的な手続きを踏んでいる人も含めて)移民そのものを排除すべきと曲解し、攻撃してきた反対派の主張を無批判に受け入れた結果、トランプ氏は差別主義者だから人権に配慮するはずがない、というような思い込みがあったことは想像に難くありません。
また、地上波メディアの報道番組では、速報性という観点から、どうしても、事実の推移を逐一追いかけていかざるを得ない面があり、その歴史的・思想的な背景などもじっくりと掘り下げていく余裕を確保しづらいという面もあるでしょう。
そこで、本書では、最近の国際ニュースの中から、特に重要と思われる米国、中国、中東、ロシア・トルコの話題をいくつかピックアップし、その背景についてもじっくり読みこんでいきたいと思います。
新型コロナウイルス禍で世界的に閉塞感が漂う中、年明け早々の1月6日にはアメリカ・ワシントンD.C.の連邦議事堂に暴徒が侵入する事件が起き、2月1日にはミャンマーで軍事クーデターが発生するなど、不安定な情勢が続いている〝世界〟を読み解くためのヒントの一つとして、ぜひ、本書をご活用ください。

出典:世界はいつでも不安定 - 国際ニュースの正しい読み方 -(内藤陽介) | ワニブックスオフィシャルサイト

大手マスコミの報道は、

  • 〝思い込み〟やイデオロギーによって曲解されたり(リベラル色が強い)、
  • 中東や中央アジアなどの日本に馴染みのない地域には無関心だったり、
  • 中国を忖度しなければならなかったり、
  • 各国から恫喝や嫌がらせを受ける可能性のある報道を自粛したり

しているので、これらの報道を見聞きしてもなかなか理解できない。日本の大手マスコミは危険な仕事はしてはいけないらしいので、海外の有名メディアのように海外のとくダネを世界に配信できるスキルを持っているジャーナリストがほとんどいない。そもそも新聞記者はジャーナリストではなく、サラリーマンだ。

そういうわけで、この本は、マスコミが解説してくれないニュースの背景を書いていこうというコンセプトを持っている。

事実ベース、忖度無しなので、基礎知識の習得するために一読をおすすめしたい。

目次

第1章【アメリカを読む】南北問題で知る、米大統領選と左翼運動
第2章【中国を読む】香港・ウイグル征服を狙う野望を読み解く
第3章【中東を読む】日本人のためのイスラエルと湾岸諸国入門
第4章【ロシア・トルコを読む】リビアからコーカサスにいたる紛争ベルトの重要性

出典:同Webページ

内容

本書は4つの章で構成されているため、各章のボリュームが大きい。

1・2章はマスコミで扱われる話題を主題に置いて、マスコミが解説しないような背景を解説している。いま現在の事情だけでなく、歴史的背景も丁寧に書かれている。

この2つの章は米中冷戦の今後を理解する上でも必要な知識だ。アメリカにとって左翼運動は、(バイデン政権にとっても)弱点になっていく可能性は十分にある。一方で、中国はウイグルを弱点だと思っていないし香港も世界の非難をモノともせずに併呑しようとしているのだが、いわゆる「西側諸国」は中国が非道であるということを共有して結束しようとしている。日本国民も有権者としてこれを共有すべきだろう。

長引くと思われる米中冷戦の中で多くのニュースが飛び交うわけだが、一般人の私たちがそれらを少しでも理解できるようにこの本は知識を提供してくれる。

3・4章は私たちの馴染みのない中東と中央アジアの話。馴染みのない地域なので1・2章よりも基本的な知識に多くの紙幅が割かれている。ありがたい。

中東諸国も中央アジア諸国も大半が独裁国家だという基本的な知識は重要だろう。本書の中では大国に依存する(すがりつくといっていい)国を幾つか紹介しているが、こんな国々の言うことを聞いてたら いくら大国であってもお金が足りなくなる。そのような "お荷物国家"が世界中にあるので、「世界はいつでも不安定」なのだ。この本を読めば、「世界平和を実現するためにはどうすればいいんだろう?」と悩まなくて済むようになる。

重要な点

世界の混沌や不安定さを嘆くよりも、不安定であることを前提に、日本としての身の処し方を考えるほうが建設的!
世界の中で我々が「どうすべきか」という問いに答えるためには、世界が「どうなるか」と正確に予測せねばならず、そのためには現状を正確に認識する必要があります。

出典:同Webページ

世界平和というリベラルチックな言葉は、この本を読めばレトリックか方便か枕詞くらいの意味しか持たないこと思えるようになるだろう。

日本国民として国際政治を見る場合、何よりも大事なのは国益であり、現実の正確な認識と予測と合理的な方針と行動である。

けっして、不安定の原因であるダメダメ国家の更生などはではない。彼らの和平は個々の国家の国益のためである。あたり前のことだが、大手マスコミはそのように書かないので勘違いしている人がいるかもしれないので念の為。

感想

この本のターゲット層は副題にあるように「国際ニュースの正しい読み方」を知りたい人たちになる。この本一冊で十分なわけではないが、これを理解できれば少しのあいだは国際政治通になった気分になれるだろう(私はなった)。

個人的には3・4章がタメになった。うすうす気づいてはいたが、中東・中央アジアの国々の多くは独裁国家で、日本人の常識から考えるとダメダメ国家だ。これらの国々をちゃんと知ったら韓国がマトモな国だと思うようになるかもしれない....

日本は中露+Wコリアに囲まれていて、不幸だと感じることがあるが、まあ日本が仮に引っ越すことができても隣国のロクでもない国と付き合わなければならない。とにかくは周囲を海で囲まれていることに感謝しようと思う。

個人的備忘録(各章)

以下は蛇足。

第1章【アメリカを読む】

この章はトランプ政権を中心として、南北問題、ポリティカル・コレクトネス(PC)、BLM運動、左翼(アンティファなど)、大統領選挙後の顛末などについて書かれている。

3月10日に発売された本なのでバイデン大統領に関する話は少ないのだが、左派・リベラルの背景については書かれているので参考になるだろう。

また、PCや環境については日本に"輸入"され続ける話なので、日米の状況の違いを知る必要があるのでこの本は有用だと思う。

第2章【中国を読む】

諸外国が対中国批判をする時の中心論点となる香港・ウイグルを中心として書かれているが、香港の方が多く紙幅が割かれている。

一国二制度」を謳って成立してきた香港は、中国だけでなくアメリカや他の先進諸国にとっても使い勝手が良かった。香港人にとっても中国の経済成長が上り調子に良くなっていた頃には我が世を謳歌していたようだ。

このwin-win-winの状況は習近平の国際社会を無視した強引な併呑の意思により崩壊したのだが、これらの背景については本書を参照のこと。

第3章【中東を読む】

UAEイスラエルが国交を樹立したというニュースから始まり、UAEとはなんぞやという話と内藤先生の有名な「サウジアラビアdisり」が書かれている。

内藤氏曰く「サウジアラビアは(北朝鮮すらできる)テロすらできないダメダメ国家」。このように事実あからさまに書いてくれるのでこの本は有用だ(テレビじゃ無理だろう)。

中東諸国はほとんど独裁でグダグダな政治をやっているので、これをみればどうして「世界はいつでも不安定」なのかが分かるというものだ。

※ この章と後の第4章は日本人にとって馴染みが無いものなので、1・2章よりも基礎的な知識が書かれている。ありがたい。

第4章【ロシア・トルコを読む】

ナゴルノ・カラバフ紛争を中心にロシア・トルコそして中央アジアから北アフリカに繋がる「紛争ベルト」地帯の諸国について書かれている。

ここではトルコのエルドアン大統領の行動について知ることができる。日本人にとって、いやトルコ以外の人々にとって、トルコが大国だと思う人は少ないはずだ。しかしエルドアン大統領は中東および中央アジア北アフリカに対して大国のように干渉政策を展開している。

日本から地理的に遠いこともあり、日本のメディアではトルコを取り上げることは少ないが、エルドアン大統領は国際政治のプレーヤー(アクター)として活躍しようとする意思を持って行動していることに注目する必要がある。

この章にはその他の国々の事情もけっこう詳しく書いてある。