歴史の世界

【書評】江崎道朗『知りたくないではすまされない~ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』

安全保障上の日米関係に関する本。

カバーそでの文章↓

トランプ大統領誕生から米中貿易戦争まで、なぜ日本人は国際情勢の行方を見誤るのか?リベラル、保守派がともに「目を背けたくなるような現実」のなかにこそ、未来を読み解く鍵が落ちている。歴史から安全保障の最新理論までを駆使して気鋭の評論家が描く、メディアが黙して語らなかった日本と世界のリアル。

上の文章の中の「未来を読み解く鍵」というのがこの本の内容で、大手メディアや保守論壇が目を背けたり無関心だった部分の話だ。

目次

第1章 国家は同盟国を見捨てることがある
第2章 海外メディアの報道を信じてはいけない
第3章 日本人が知らない、もう一つのアメリカ史
第4章 国際情勢を先取りする米インド太平洋軍
第5章 インテリジェンスが国際政治を揺るがす
第6章 政治を左右する経済・景気の動向
第7章 アメリカは敵と味方を取り違える天才だ
第8章 未来を読み解く「DIME」という考え方 終章 日本だけが手にしている「三つのカード」

著者について

経歴についてはamazonの著者についての欄を参照。事務方でずっと働いてきた人だが、近年では著述業の他にネットメディアでニュース解説をしている。現在の肩書は評論家または情報史学研究家(本人のtwitterより)。

江崎氏の興味の中心は日本の安全保障で、研究・著述・ニュース解説もそれに関連するものとなる。

情報史学とはインテリジェンス・ヒストリーのことだが、ここで言うインテリジェンスというのは諜報と解されることが少なくないがそれでは十分ではない。インテリジェンスとは国家その他の組織に有益な情報を収集・分析・判断する部門のこと。情報なら公になっている情報もそれ以外の情報も関係なく集める。インテリジェンスの話は本書にも出てくるのでそちらを参照。

本の内容

気になったところだけを幾つか書いてく。

1章(国家は同盟国を見捨てることがある)について

ベトナム戦争のことを引き合いに出して、アメリカが日本を見捨てる可能性があることを書いている。

日本の安全保障はアメリカに頼りすぎているが、現状は外交でも軍事でも必死さが足りないとのこと。こういったナメた態度はアメリカ人が最も嫌うところだという。これは地政学者の奥山真司さんも事あるごとに言っている。

だからこそ、アメリカに見捨てられる可能性を危惧して、《日本が何の努力もせずに、アメリカが日本を守ってくれるなんて、虫のいい話は通用しない(p44)》と書いている。

さて、上記の知識を得た上で最近の状況を見ると、尖閣諸島アメリカが守ってくれるかどうかが話題になっているが、まずは日本が海保と海自に資金を投入して必死に守らなければならない話で、最初からアメリカを当てにするような態度は逆にアメリカが守らない可能性を高めていることになる。

2章(海外メディアの報道を信じてはいけない)について

アメリカの主要メディアのほとんどが左派だということは、今次の大統領選挙で私たち日本人にも周知になった。そして、日本の主要メディアはそんなアメリカの主要メディアの情報を翻訳してそのまま垂れ流している場合がほとんどだ。

だからアメリカの保守がどのようなことを考えているのか、日本人は知らない。

この章ではアメリカ政治を左派と右派(保守)に大別して、《日本は侵略国家だとする歴史認識にこだわっているのは、アメリカの民主党系の知識人たちとマスコミである(p76)》とする一方、保守側の中には《先の対戦で悪いのはルーズヴェルト民主党政権だと考えている知識人がいるのだ(同ページ)》とある。

このような歴史観共和党の全てが持っているわけではないことに注意しなければならないが、ルーズヴェルト政権が日米戦争を引き起こしたせいで共産主義が世界に蔓延してしまったことをこの保守派は批判している。

もちろんこんな話は日本に伝わっていない。私たち一般人どころか、マスコミも知らなかったのではないか。4章には日本のマスメディアは特派員をワシントン・ニューヨーク・ロサンゼルスにしか送っていない(p122)とあるし、人数も少ないので、取材することなくペーパーを集めて日本に送る作業をしているだけだそうだ。

4章(国際情勢を先取りする米インド太平洋軍)について

インド太平洋軍はアジア・太平洋地域を担当する方面軍。在日米軍もこれに所属する。

北朝鮮有事や台湾有事に対する準備は、ハワイにあるインド太平洋軍司令部と、そこと関係する民間の軍事会社・シンクタンクが担当している。ここが活発に動きはじめたら、何らかの有事が近いと見るべきだし、そうでないのなら、いくら大統領や国防総省が強硬な発言をしても、さほど慌てる必要はない。(p128-129)

ただし上述のように、日本の主要メディアにここに取材する能力がない。後は、一般国民が安全保障にほとんど(?)興味がないというのも取材をしない原因だろう。

もうひとつ、この章で重要だと思うところがある。「なぜアメリカでは軍事作戦を民間がつくるのか」という節だ。

たとえば、国防総省が中国との核戦争についての作戦計画をつくったりしたら、おおきな国際問題になってしまう。[中略]

そこで、民間の軍事会社やシンクタンクにいくつもの作戦計画原案をあらかじめ準備させておく。

そうすれば、そうした作戦計画案がマスコミに漏れても、「あれは、一民間シンクタンクが作成したものであって、アメリカ政府の正式な計画ではない」と逃げる事ができるのである。(p125)

ちなみに民間シンクタンクに携(たずさ)わっている人材が政権交代した時などに政府に入る(いわゆる回転ドア)。民間シンクタンクを経済的に支えているのは経済界の他、軍事産業と政府ということだ。以下の動画参照

5章(インテリジェンスが国際政治を揺るがす)について

インテリジェンスという言葉については冒頭で少しだけ触れたが、この章で詳しく書かれているので一部引用。

中西[輝政・京都大学]名誉教授は、このインテリジェンスが担当する分野は、大まかにいえば、次の四つであると説明している。
第一は、情報を収集すること。これは相手の情報を盗むことも含まれる。
第二は、相手にそれをさせないこと。つまり防諜や「カウンター・インテリジェンス」という分野である。敵ないし外国のスパイを監視または取り締まることで、その役割は普通の国では警察が担うことになる。
第三は、宣伝・プロパガンダプロパガンダには「ホワイト・プロパガンダ」と「ブラック・プロパガンダ」があるといわれる。前者は、政策目的をもってある事実をしらしめる広報活動を指す。それに対して後者は、虚偽情報などあらゆる手段を使って相手を追い詰めていく活動だ。[中略]
第四は、秘密工作や、旧日本軍でいえば「謀略」行為を行うことだ。CIA(中央情報局)はこれを「カバード・アクション」と呼び、ロシアでは「アクティブ・メジャー(積極工作)」と称することがある。(p138)

「謀略」については詳しく書かれていないが、別のところで書いているところによれば、《自国に都合の良い情報を、相手国の学者やマスコミを使って意図的に流布させること》 *1

またこの本以外で、インテリジェンスの説明として、

  • スパイ工作(国家機密を盗んだり、盗むのを防いだりする)
  • サボタージュ(要人暗殺、放送局や原発などの破壊)
  • 影響力工作(プロパガンダや上記の謀略)

と3つに分けている *2

本章では、正確な情報を収集するという意味で使っている。

ここまでインテリジェンスについて長々と書いてきたが、この章のメインの話はオバマ元大統領の「アメリカ封じ込め政策」だ。これはどういう意味かというと簡単に言えば、オバマ大統領が「積極的に米軍予算を削減」したということ。これにより米軍だけでなく防衛産業も大打撃を受けた。南シナ海における中国の「侵略」があってもオバマは何もしなかった。このことを米軍関係者が「アメリカ封じ込め政策」といったわけだ。

これで彼らは怒って、その怒りがトランプ大統領を生み出したという話。

7章(アメリカは敵と味方を取り違える天才だ)について

インドネシアのある軍幹部があるとき、こういった。

アメリカは敵と味方を取り違える天才だ。よってアメリカから誤解されないよう、注意深く、かつ粘り強くアメリカの指導者たちに働きかけなければいけない」

このインドネシアの軍艦部の警告こそ、ニュースの裏側を見抜くうえでどうしても学んでおきたい、第七のポイントだ。(p211)

アメリカは、第二次大戦で日本と戦った結果、ソ連を膨張させた。冷戦期に中国と組んであらゆるアイディアを提供してしまった結果、今の中国がある。このように目先の利益に気を取られて長期的利益に考えが及ばないのがアメリカだ、という。

そして繰り返しになるが、「よってアメリカから誤解されないよう、注意深く、かつ粘り強くアメリカの指導者たちに働きかけなければいけない」ということが重要で、第二次大戦の時も、冷戦の時も、それぞれスターリン毛沢東アメリカを味方に引き入れることにあらゆる手段を駆使して味方に引き入れたのだ。

そして日本はこういう競争に弱いし、また「アメリカはわかってくれる」などといって外交・インテリジェンスを怠ってきたのが近現代の日本だ。外交・インテリジェンスの戦いに負けたら、そこからの逆転は望めないと思わなければならない。

ただし、アメリカ側の立場に立つと、難しい案件が目の前に次々と現れて、限られた時間の中で決断しなければならないのだから、長期的な見方にこだわっていられないというのが現実なのだ。

私たちは完結した史実を見た上で「アメリカは敵と味方を取り違える天才だ」というのだけれど、当時の米政府には未来は見えないのだし、とにかく目の前の問題を解決するのが先なのだ。

こういった事も踏まえて外交・インテリジェンスの戦いに挑まなければならない。「アメリカは敵と味方を取り違える天才だ」といっても、飛び切りの天才・秀才がアメリカを動かしているということも忘れてはいけない。

8章(未来を読み解く「DIME」という考え方)について

DIME」とは何かというと、国家戦略または安全保障戦略を考える時に使う用語で、国力の4分野を表す。すなわち

  • 外交:Diplomacy
  • インテリジェンス:Intelligence または Information
  • 軍事:Military
  • 経済:Economy

この頭文字をとって「DIME」という。

戦略において、分野別に個別にやるのではなく、4つを組み合わせて戦略を組み立てるというのがDIMEに含まれる意味だ。

最近の例で言えば、米中冷戦において、アメリカは軍事力を使わずに、経済制裁を課したり、ウイグルで得た情報を公表して、世界各国に対しての中国のイメージを落とす戦略をとっている。もちろん、外交は常時しているし、軍事力は使わないといっても軍事演習などで圧力をかけている。

このような考え方は日本はしてこなかった。霞が関の省庁は縦割りで、自分の管轄以外の話は考えず、また、自分の管轄の話に干渉されることも嫌う。

しかし、第二次安倍政権になって国家安全戦略会議(NSC)をつくった。個々は国家安全保障を考える場所であり、DIMEを考える場所だ。内閣に所属し、縦割りの省庁の上位に位置して指示を出せる機関だ。

ただ、他国にはこのような組織が普通にあり、日本に無いのがおかしいというレベルの話、らしい。

この章では、DIMEの事例が書いてある。

感想

著者本人曰く「専門家ではない」ので、理論・理屈っぽい作りではなく、文章のほとんどが事例だった。個人的にはもうすこし、インテリジェンスとかDIMEの概念を紹介してほしかった。

まとめ

上述の通り、マスコミがほとんど左派・リベラルで、安全保障に疎い。本書は、ニュースに登場しにくいアメリカの安全保障に関する貴重な情報が書かれている。言い換えれば、この本に書かれているようなことは、ニュースに登場しにくいので、安全保障に興味がある人達はまず、この本を読んで、自分の情報源に何が足りないのかを知る必要があるだろう。

本書は理論・理屈っぽいことも書いてはいるが、少なめなので私のような安全保障初心者でも理解できる内容だ。1回目の通読で理解できなくても、2回読めばなんとなく言わんとすることが分かってくるだろう。

そういった意味では、本書は安全保障関連の入門書の一冊として適している、かもしれない。