前回からの続き。
戦略とフィクション
奥山氏がなぜフィクションにこだわるのか。以下の動画で語っている。この動画の中で戦略とフィクションの関係についても語っている。
- 奥山氏が師事していたコリン・グレイは核戦争が起こった場合の戦略を考える職についていたことがあるのだが、核戦争などは過去に起こっていないことであり、全く架空の出来事を仮定して戦略を組み立てていかなければならない。
- 核戦略でなくても、戦略家は まだ起こっていない未来を想定して戦略を立てなければならない。最悪の場合も考える必要もある。
このような想定を奥山氏はフィクションと言っている。フィクションがないと戦略は立てられない、と。
歴史家は ある出来事において当事者が直面していた未来も分かった上で当事者を批判するが、当事者自身は未来が見えない状況でフィクションを設定して行動していくしか無いのだ。(奥山氏はこのような歴史家にご立腹の様子)
起業家とフィクション
起業家が起業する時には 未来のビジョンが必要になってくる。いわゆる「大風呂敷を広げる」というやつだ。このビジョンも奥山氏のフィクションの定義にはこのビジョンも含まれる。
上述の動画で和田憲治氏は、ビル・ゲイツ氏がマイクロソフトを起業した時のエピソードを話している。
- ビル・ゲイツ氏が起業した当初(1980年代)に語っていたことは、「世界中の会社の机の上にはパソコンが置いてあるんだ。オレがそうするんだ」と言っていた。
- ゲイツ氏はIBM PCのOSを自社開発しようとしたが、これを断念して他社のOSを買ってIBMに売りつけるのだが、実はIBMと交渉が成立したあとで、他社OSを買収したという。
このようにビジョンを大言壮語する人物は日本にも見つけられる。松下産業の創業者の松下幸之助は
生産者の使命は貴重なる生活物資を、水道の水の如く無尽蔵たらしめることである。いかに貴重なるものでも、量を多くして無代に等しい価格をもって提供することにある。
われわれの経営の真の使命はまさにここにあると思うのである。出典:『松下幸之助一日一話』(創業者 松下幸之助の言葉|パナソニック 採用情報 )
と言って、他社の技術を「キャッチアップ」して製品を安価で大量販売した。
戦後日本では多くの起業家がいるが、彼らはビジョンを持っている。ここ30年のうちで、ゲイツ氏や松下氏のようなビジョンを持つ人が日本で見当たらない原因はデフレである。日本がデフレのためにビジョンを持つ人が成功しにくい一方で、アメリカは一定の経済成長が持続して、ビジョンを持つ起業家が続々と成功している。
ウソの分類
国際政治学者・ジョン・J.ミアシャイマー (著)『なぜリーダーはウソをつくのか』において、ウソを分類している。
なぜリーダーはウソをつくのか - 国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」 (中公文庫)
- 作者:ジョン・J.ミアシャイマー
- 発売日: 2017/12/22
- メディア: 文庫
この本は政治の国内外においての「ウソ」について書かれている。
この本について奥山氏が解説しているのが以下のサイトだ。
『なぜリーダーはウソをつくのか』(ミアシャイマー著)を訳者が完全解説(その1)|奥山真司の「アメ通LIVE!」 - YouTube
『なぜリーダーはウソをつくのか』(ミアシャイマー著)を訳者が完全解説(その2)|奥山真司の「アメ通LIVE!」 - YouTube
『なぜリーダーはウソをつくのか』(ミアシャイマー著)を訳者が完全解説(その3)|奥山真司の「アメ通LIVE!」 - YouTube
まず、「真実の供述」(truth telling)と「騙し」(deception)を分ける。
そして次に「騙し」を以下のように分類する。「ウソ」は「騙し」のうちの一部だ。
- 「印象操作」(spinning)
- 「秘匿」(concealment)
- 「ウソ(をつく)」(lying)
「印象操作」とは、事実において自分の主張したい部分を強調して、逆に主張に合わない部分を言わないか些細なこととして扱う。就職の時の履歴書や面接においては 受ける側は「印象操作を仕掛けている」と言える。
「秘匿」は隠すこと。履歴書や面接において、自分の不都合なことはできるだけ言わないことが「秘匿」にあたる。
さて、「ウソ」について。本書では第二章「国際政治で使われるウソの種類」で以下のように分類している。
1、「ウソをつく」(lying)
1-1「戦略的なウソ」(strategic lies)「国家間のウソ」(inter-state lies)第三章
「恐怖の煽動」(fearmongering)第四章
「戦略的隠蔽」(strategic cover-ups)第五章
「ナショナリスト的神話作り」
(nationalist mythmaking)第六章
「リベラル的なウソ」(liberal lies)第七章1-2「自己中心的なウソ」(selfish lies)
「無能の隠蔽」(ignoble cover-ups)
「社会帝国主義」(social imperialism)
まず大きく「戦略的なウソ」と「自己中心的なウソ」を分類するが、より重要なのは前者の方だ。第三章から第七章まで順に5つのウソを詳しく解説している。これらのウソについては奥山氏が動画で簡単に解説している。
「国家間のウソ」
例:イスラエルは「核開発をやってない」と公言しているが、実はやっている。
ミアシャイマー曰く「国家間のウソ」は意外と少ないとのこと。奥山氏曰く 「ウソがバレた時の反動が大きい」ので「国家間のウソ」はつきにくい、と。「恐怖の煽動」
例:米ブッシュ・ジュニア政権の時(9.11の後の数年後)に「フセインが大量破壊兵器を持っている」とか「フセインが9.11の黒幕だ」と米国民を扇動したが、実際はウソだった。 (これ以降は、国内向けのウソ)「戦略的隠蔽」
例:密約。国家間で結んだ密約を国民には隠蔽すること。「ナショナリスト的神話作り」
例1:日本書紀にあるような国家的神話。
例2:毛沢東率いる人民解放軍が日本軍と戦て勝利したというウソ。実際は蔣介石国民革命軍に戦わせて自分たちは兵力を温存していた。「リベラル的なウソ」
例1:アメリカは原爆を広島・長崎に落としたが、「これを落とさなければ、さらなる多くの米兵が命が奪われた」と主張した。 例2:第二次大戦直前、アメリカはソ連国内の惨状を知っていたが、米国内ではスターリンを「ジョンおじさん」と呼ぶなど好意的なイメージを喧伝した。
そしてミアシャイマーの結論は↓。
本書の結論は、著者も告白している通りに一般的なイメージとは違って「意外なもの」である。それを一言で言えば、「国家のリーダー同士は互いにあまりウソを使わないが、自国民にたいしてはかなりウソをつく」というものだ。ミアシャイマー自身も「リアリスト」という立場から、当初は国家間でウソが多用されているという想定をしていたらしいが、実際に調べていくとその反対の結果ばかりが出てきたとしており、その結論に自分でも驚いた様子がうかがえて興味深い。
本書は国際政治(国内政治も)に関するウソについての本で、ニュースを見る時に必要な知識が書かれているのだが、「印象操作」や「秘匿」については私たちの日常でも良く使われる騙しなのでいつも気に留めておくべきものだろう。
個人的には「ブラフ」とか「(交渉時に)ふっかける」などもウソの部類に入ると思うのだが、上の分類のどこかに入るのかどうか判断がつかない。
陰謀論とフィクション
前回に『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏がnew york timesに書いた話に触れたが、これとは別の記事が2020年11月20日付のnew york timesに載った。タイトルは"When the World Seems Like One Big Conspiracy"邦訳は「世の中が一つの大きな陰謀のように見えるとき」。
この記事は世界的カバール陰謀論について書かれている。「カバール」とは秘密結社のことで、世界的カバール陰謀論の例はユダヤ陰謀論や国際金融資本陰謀論やディープステート陰謀論だ。
この記事の邦訳全訳がWeb河出で掲載されている。
この記事でハラリ氏は、世界的カバール陰謀論の基本的な筋立て、欠陥を歴史的な観点から解き明かし、私たちが直面する「現実」を明らかにします。「悪意ある単一の集団、思想が世界を支配している」と主張する陰謀論の蔓延に警鐘を鳴らすと同時に、私たちが日々接する情報をどう捉え、自身の見識、立場を作り上げていくべきかを示唆する内容となっております。
出典:『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリが解き明かす、 世界的陰謀論の虚偽と欺瞞。The New York Times記事翻訳を全文公開|Web河出
さて、本文。
私たちがこの世界で目にする無数の表立った出来事の背後には、悪意ある単一の集団が潜んでいる、と世界的カバール陰謀論は主張する。ただし、この集団の正体は一様ではない。[中略]
それでも、基本的な筋立ては同じで、その集団は、この世で起こることのほぼいっさいをコントロールしていながら、同時に、その支配を隠している、というものだ。
出典:同掲サイト
ハラリ氏は陰謀論の欠陥を書いているが要約すると4点。
- 歴史は陰謀論のように単純ではない。
- 人を思い通りに動かすのは難しい。
- 隠し事はすぐバレる。
- 人数が多くなればなおさらだ。
ハラリ氏は日常のサプライズパーティですらうまくいかないのに、《世界的カバール陰謀論は私たちに、80億近い人を操るのは驚くほど容易だと信じることを求めているのだ。》と書いている。
ただし、ハラリ氏は陰謀が無いと言っているわけではない。
むろん、この世の中には本物の陰謀が数多く渦巻いている。個人、企業、組織、宗教団体、派閥、政府などが、絶えず何かをたくらみ、実行に移している。だが、まさにそのせいで、この世界全体を予測したりコントロールしたりするのが、ひどく難しくなっている。[中略]
どんなカバールも、単独では全世界を密かにコントロールすることはできない。それは正しいだけではなく、それに気づけば、確かな力が得られる。この世界で競い合う勢力や派閥を見極め、一方の側に肩入れし、もう一方の側に立ち向かうことが可能になるからだ。それこそが、現実の政治にほかならない。
出典:前掲サイト
「陰謀」をウソとかデマとかディスインフォメーションと読み替えることができるだろう。「カバール」は秘密結社というよりも「世界で競い合う勢力や派閥」のことだと思えばいい。
ハラリ氏の主張を前述のミアシャイマーの主張とつなげて考えるのもいいかもしれない。