副題は「カンボジアで考えた日本の対アジア戦略」。
帯には「中国共産党による各国への〝共産主義浸透工作"は今なお続いている! それは日本にとって決して他人事ではない」とある。
この本の内容はカンボジアを中心とした地域研究(エリア・スタディーズ)で、最重要の論点はカンボジア(と東南アジア諸国)と中国(共産党)の関係に収束していく。
著者について
江崎道朗氏は最近は保守言論界で特に有名な方だ。安全保障面の言論を展開している。安全保障と言えば軍事と思うのが普通だが江崎氏の話は「インテリジェンス」が中心だ。ただ「インテリジェンス」について私自身が理解不足なので説明は省略する。
福島香織氏はチャイナウォッチャーとして有名。政治家のことだけでなく、庶民や村落の事情まで精通している。
宮脇淳子氏は東洋史家として有名。現代中国については最近の事情ではなく歴史を通して語っている。
著者の三人は中国に危機感を共有している。
三人とも専門分野が違うので、この本一冊で多角的な見方ができるのはお得でしょといったところ。
目次について
以下は章の紹介と説明。
第一章 歴史編 現代カンボジアを知るための東南アジア史概説/宮脇淳子
─地理に始まり、古代から現代にいたるインドシナ半島の歴史を、カンボジアに焦点を当てて解説第二章 政治編 カンボジアの反仏独立闘争と日本/江崎道朗
─前編:日本敗戦のあと復員せず、カンボジアの独立運動を助けた日本人、只熊力氏を通して反仏独立戦争を解説。 ─後編:米中ソの間で自己の権力確立だけを画策して内戦を引き起こすことになったシハヌーク国王の実態を描く。第三章 国際関係編 中国化するカンボジアのゆくえ/福島香織
─カンボジア生まれの華人工作員、周徳高のオーラル・ヒストリーに基づいて、華人視点からクメール・ルージュと中共の関係を考察。中共の革命輸出がどのようになされたのか、カンボジアだけでなく、東南アジアすべてにおいて華僑・華人がどのような役割を果たしてきたかを解説する。出典:Amazonの説明より
本の内容
この本で著者たちがもっとも伝えたいことは第四章の鼎談に書いてあるので、こちらから読み始めるのがおすすめ。第四章には、お三方がそれぞれ各章のどこがポイントなのかも書いているので、第四章を読んで、その後に他の各テーマを各章で深堀りするという読み方。
さらに言えば、この本を手に取る前に、Youtube動画の宣伝番組を見ることもおすすめする。3本。
特別番組「米中ソに翻弄されたアジア史」宮脇淳子 江崎道朗 福島香織【チャンネルくらら】 - YouTube
カンボジアの反仏独立闘争と日本 宮脇淳子 江崎道朗 福島香織【チャンネルくらら】 - YouTube
中国化するカンボジアの行方 宮脇淳子 江崎道朗 福島香織【チャンネルくらら】 - YouTube
第四章(鼎談編)について
まず、第四章から。最初の方はカンボジアについて話しているが、この章の大半が中国について。
東南アジアは中国共産党が誕生する前からいろいろな理由で華人 *1 ・華僑 *2 が移り住んできて支配者層に食い込み、タイやベトナムの支配者層はチャイニーズの血が色濃いという。宮脇氏に言わせればタイやベトナムの支配者はチャイニーズで、本国に支配されたくない彼らはチャイニーズを知り尽くした上で対策を立てて立ち向かっている。さらに宮脇氏は、古代における日本建国も中国本土から逃げてきた華人たちが現地の天皇を担ぎ上げて建国したのだと言っている。
この本の副題にある「アジア戦略」についての言及はあまり無いが、東南アジアを日米豪陣営(自由主義陣営)に取り込むには、東南アジアの地域研究の他に中国本土(中共)に支配されたくない華人・華僑と手を組む必要があるということだ。
私はこの本の急所はここだと思っている。
第一章(歴史編)について
宮脇氏がカンボジアを中心とした東南アジア大陸部の通史を書いている(インドネシアなどの島嶼部については言及していない)。
ページ数が少なくて地図がほとんど無いため、前近代の歴史を理解するのは難しいかもしれない。深く理解したいのなら章末にある参考文献を読めばいい。メコン川とかメコンデルタの地名や位置などはインターネットなどで調べたほうがいい。
後半の近現代史は英仏の植民地化に始まり、ベトナム戦争の話を経てカンボジアの歴史に移行して第二章の第二次大戦後のカンボジアの話にバトンタッチする。
第二章(政治編)について
江崎氏の筆。シハヌーク(シアヌーク)が主人公だが、戦後にカンボジアに残った日本人 只熊力(ただくまつとむ)氏が準主人公として描いている。彼はシハヌークに請われてカンボジアに残り、シハヌークのブレーンとして働いたが、そのご袂を分かってしまった。
江崎氏が只熊氏と実際に会って資料までもらっている関係だということは上記の2つ目のYoutube動画で語っている。只隈氏を中心人物の一人として描いたことにより、日本もカンボジアに少なからず影響力を与えたことを伝えている。
しかし日本の影響力がほとんどなくなった後は共産党と中国の波が押し寄せてくる。シハヌークは途中までは国のために粘り強い外交の末に平和的に独立を達成したのだが、その後は自己の権力を守るために共産党と体を組み、最終的にポルポトの大虐殺への道を作ってしまった。
第三章(国際関係編)について
福島氏の筆。
《カンボジア生まれの華人工作員、周徳高のオーラル・ヒストリーに基づいて、華人視点からクメール・ルージュと中共の関係を考察》
この章についても3つ目のYoutube動画で福島氏が説明しているので読む前に視聴することをおすすめする。
動画の中で福島氏が言っていることによれば《カンボジアでもどこでも華人が本国(中共)のために働いても、骨の髄まで利用し尽くされた後、最後はものすごい惨めな末路になる(だから早く中共には見切りをつけろ)。》
この章の主人公はそういった人生を歩んだ一人だった。そして彼のおかげもあって現在のカンボジアは中国の植民地のような状態になっている。
まとめ
三人の一致する問題点・主張点を理解するには第四章を読むのが一番わかり易いので、まずこの章を最初に読むことをおすすめする。
その後に深い理解を得るために個々のパートを読めばいい。
私の注目点・感想
本のタイトルが『米中ソに翻弄されたアジア史』なのに米ソのことについてはそれほど書いていない印象だ。三人が中国への関心が強いということもあるし、現在米中冷戦中ということもある、と思う。
中国の東南アジアに対する影響は前近代の長い歴史の中で行われてきた。中国は東南アジアを自分たちの裏庭くらに思っているかもしれないが、日本を含む自由主義陣営は全体主義中国から東南アジア諸国を引き剥がしてこちらの陣営に止め置く努力をし続けなくてはならない。そうしないと日本が全体主義に呑み込まれてしまう。
カンボジアは植民地同然の状態になっているが、オーストラリアもその一歩手前までの状態になっていた。クライブ・ハミルトン『サイレント・インベージョン』 *3 が出版されてオーストラリアの政治は急展開して今は中共の影響力を排除している最中だ。
『サイレント・インベージョン』は聞くところによると中共の手口を詳細に書かれているそうだが、『米中ソに翻弄されたアジア史』は手口についてはほどほどにして、手口によってどのような状態になるのかを書いているといっていいだろう。
副題にあるように日本の対アジア戦略を考えるのは必要なことだが、その前に日本自体が植民地化されないか不安だ。日本国内の中共の影響力の排除についても、カンボジア(そしてオーストラリア)の歴史の理解が必要だろう。