歴史の世界

【書評】内藤陽介『みんな大好き陰謀論』

みんな大好き陰謀論

みんな大好き陰謀論

  • 作者:内藤 陽介
  • 発売日: 2020/07/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

副題は「ダマされやすい人のためのリテラシー向上入門」。

帯には以下のように書いてある。

あなたは大丈夫? 賢い人ほどダマされる!
無自覚で拡散される負の連鎖を断ち切ろう
まずは定番、ユダヤ陰謀論を叱る‼
本物の陰謀が、ここにある。
本物の教養を知っているから、真実の歴史がわかる。
倉山満氏推薦!

分かりにくいがこの本の内容はユダヤ陰謀論批判の本だ。つまり幾つかの有名な「ユダヤ陰謀説」に対して反駁する内容となっている。

インターネットで大体の知識が入手できる時代にいまだにユダヤ陰謀論なんて信じる人がいるのかと思ってしまうところだが、言論人・政治家・財界の中にも真実だと思っている人がいるらしい。

実を言えば、私も宇野正美先生の本などを読んで陰謀論信奉者のはしくれになっていた時期はあった。ただ陰謀論の本は(説得力のある部分が有るものの)概して訳の分からない方向へ話が進んでいくので、結局飽きてしまって普通の歴史の本を読むようになった。

著者について

著者の肩書は郵便学者。郵便学というのは巻末の説明では《切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている》とある。

著者はyoutube動画の政治系チャンネル『チャンネルくらら』でレギュラー出演されていて、世界情勢の歴史的背景を解説する番組を担当している。アフリカや東南アジアの小国の歴史まで丁寧に解説してくれる希少な番組だ。

出版の経緯

出版の経緯については「おわりに」で言及されている。

この本は上述の『チャンネルくらら』で企画され、まず10個程度の動画を配信して、それらの内容に加筆する形で本にする予定だったが、あまりにも動画を作りすぎたため(90個以上!)に、企画がポシャってしまった。

ところが内藤さんが有名なお笑い芸人の中田敦彦さん(オリラジ)のYoutubeチャンネル『中田敦彦氏のYoutube大学』の誤りを解説する動画を配信したことがきっかけで、お蔵入りしていた企画が日の目を見ることになった。

内藤さんが批判された内容はユダヤ以外にも多岐にわたるが、中田さんのような有名人が言及した間違った認識が世に広まることを止めようというのが、この本を出版する動機となった。ちなみに中田さんのネタ元は池上彰さんだ。この人の歴史認識もヤバいらしい。

とにかくこの本は、副題にあるように「ダマされやすい人のためのリテラシー向上入門」であり、陰謀論者ではなく普通の人向けの本ということだ。

本の内容

目次は以下の通り。

第一章 英国のEU離脱ロスチャイルドの陰謀! ?
第二章 アメリカのFRBユダヤが握っている! ?
第三章 共産主義ユダヤの思想! ?
第四章 ソ連ユダヤ人が作った! ?
第五章 コミンテルンユダヤによる世界支配の手段! ?
第六章 東欧のユダヤ人はハザール改宗ユダヤ人の末裔!?
みんな大好き陰謀論 | 内藤 陽介 |本 | 通販 | Amazonより)

各章に幾つかの陰謀説が紹介され、それらが誤りである証拠を提示している。

ただ、その証拠となる史実の説明が長いので、内容はほとんど世界史あるいはユダヤ人の歴史となっている。

ユダヤ人の歴史は迫害と差別の側面がクローズアップされており、おもわず自分がユダヤ陰謀論批判の本を読んでいることを忘れてしまう。

ユダヤ人が(主にヨーロッパで)長いあいだ迫害と差別を受けてきたことは周知のことと思うが、大虐殺のような事件が起きる前には必ずユダヤ人を悪者にしようとするデマを触れ回って扇動する人達がいる(おもに地方の聖職者たち)。

有名なデマとしていわゆる「血の中傷」を取り上げている。ここでは書かないが《血の中傷 - Wikipedia》に内容が書かれているのでそちらを参照。これ以外にも有名なデマがいくつもあるようだ。

そしてユダヤ陰謀論というのもこのデマの一部だと考えていい。ユダヤ陰謀論の中で最も有名な陰謀説に「シオン賢者の議定書」がある。これを信じている人が少なからずいるようだが、この本も反ユダヤ主義者が書いた偽書だ。この本はヒトラースターリンにも影響を与え、各国のユダヤ人の数多くの命を奪う結果をもたらした。

内藤さんはこのような史実を踏まえた上で、(陰謀論東スポのようにエンタメで楽しむだけなら良いのだが)陰謀論を真に受けた人たちがユダヤ人に被害を与える危険があることを世に訴えかけている。

私の注目点・感想

ひとつ目は、世界史におけるユダヤ人の存在。ユダヤ人はよ-論破を中心に拡散していて、金融に多くの人たちが携わっていたので世界史でたまに言及される(といっても、ユダヤ人のほとんどは農民)。中世のドイツやレコンキスタ期のスペインなど、カネが必要な時代はユダヤ人を招致し、成功して豊かになるとユダヤ人を煙たがるというのがパターンとなっている。煙たがった人々の中でデマを流すと迫害や虐殺が始まる。それでもユダヤ人はたくましく生き続け、各地で活躍して現在に至っている。

ふたつ目。陰謀論の危険性について。

既に書いたことだが、ユダヤ陰謀論が広まると、これによって現在生活しているユダヤ人たちに被害が及ぶ可能性があるということ。百歩譲って陰謀説が事実だとしてもほとんどのユダヤ人は無関係なのに、目の前にいるユダヤ人にすべての責任を負わせようとするようなアタマのおかしい人が少なからずいることを考えなければならない。

だから、このようなたぐいに興味を持った場合、鵜呑みにしたり拡散する前に史実を確かめる努力をしなければならない。インターネットがある時代の日本でならそれができる。

おまけ

この本のネタ元(?)である。

Youtube番組「きちんと学ぼう!ユダヤと世界史:ユダヤ陰謀論を叱る」の第一回がまだ視聴できる。

www.youtube.com

番組は90回以上続いたが、現在アップされている動画は20個。