歴史の世界

【読書ノート】倉山満『日本一やさしい天皇の講座』

2017年(平成29年)5月に扶桑社(新書)より出版。

出版社内容情報

◆二百年に一度の大事件。
天皇を知ることで「日本」が見えてくる

平成二十八年八月八日に天皇陛下のおことばによって議論がはじまった譲位問題は、国民が改めて天皇という存在について思いをいたすきっかけとなりました。そして、天皇陛下が譲位され上皇になられると、光格上皇以来二百年ぶりの大事件となります。そこで本書では三つの疑問に取り組みます。

 一、なぜ、天皇は必要なのか
 二、なぜ、皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか
 三、そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか

……どれだけの人がきちんと答えられるでしょうか。世界最長不倒の歴史を誇る皇室を知ることで、「日本」が見えてきます。百二十五代続く長い歴史のなかで、天皇はいかにして権力を手放し立憲君主になったのか。そして今回、論点となった譲位、女系、女帝、旧皇族皇籍復帰の是非について、すべて「先例」に基づいて答えることで、日本人として当然知っておくべき知見を述べました。日本一やさしい天皇の講座のはじまりです。

出典:日本一やさしい天皇の講座 / 倉山 満【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア

目次

第1章 天皇と先例(「皇室」―世界最長不倒の国は先例を貴ぶ;「古事記」―神話と伝説と歴史を記す ほか)
第2章 天皇武家(「源頼朝」―武家が皇室を乗っ取らなかった理由;「後鳥羽上皇」―「主上御謀叛」の原理 ほか)
第3章 天皇近現代史(「一世一元の制」―神武創業の精神で「新儀」を行う;「皇室典範」―譲位を否定した伊藤博文の苦悩 ほか)
第4章 譲位を論じる(保守系言論人の現状;「譲位」と「退位」はどこが違うのか ほか)

出典:同上

著者について

憲政史研究者(憲政史家)。憲政史とは憲法の下での政治の歴史のこと。
近年は皇室史学者とも名乗っている。

保守の論客で多くの著書を書いている。Youtubeで『チャンネルくらら』というチャンネルを主宰している。

皇室に関しては、男系男子天皇論者だ。

二百年に一度の大事件、譲位問題

この本が出版されるきっかけとなったのは「平成二十八年八月八日に天皇陛下のおことば」と譲位問題。著者はこの前から皇位継承問題などで主張を発信し続けていてこの本の構想を練り続けていたが、この出来事を機会に出版することになった(「はじめに」より)。

当初の目的かどうかはわからないが、この本の焦点は譲位問題になっている。

譲位問題はただ天皇元号が変わるから大事件というだけではない。現行の皇室典範第4条に「天皇が崩じたときは、皇嗣が直ちに即位する」とあり、これが譲位(生前退位)を認めない根拠とみなされている。

それが今回「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」という法律により、第4条の特例として一代にのみ適用される臨時法(時限立法)により譲位が決定された。この法律は共産党ですら賛成し可決した。世論調査において「生前退位」について賛成が80%を超えた数字が出たからだ。

なお、上述の「おことば」は譲位問題だけでなく、皇室の将来のことも述べられている。そして皇位継承問題については今現在でも政府に設定された有識者会議で議論されている。この本では皇位継承問題も重要な問題として扱っている。

先例

ここ で、 皇室 に関して 論じる とき の 大 原則 を 述べ て おき ます。 「新 儀 は 不吉。 だから 先例 を 探す」 です。   我が国 は 世界 最長 不 倒 の 歴史 を 持つ 国 です。 昨日 と 同じ 今日 が、 明日 も 続く こと を 幸せ と できる 国 です。

これ は、 国民 が 飢え て 苦しん だり、 戦乱 が 絶え ない 国 だっ た なら ば 無理 でしょ う。 そういう 意味 で 我が 日本 は、 ノンキ な 国 です。[中略]

我々 は ノンキ、 すなわち 平和 な 国 だ から こそ、「 先例」 を 貴ぶ 文化 が 育ち まし た。 その 中心 に ある のが 皇室 です。

出典:倉山 満. 日本一やさしい天皇の講座 (SPA!BOOKS新書) (Kindle Locations 194-201). 株式会社 扶桑社. Kindle Edition.

戦乱に明け暮れたユーラシア大陸と比べれば、日本はノンキと言えるほど平和な国で、彼の地域よりもはるかに伝統を重んじることができた。

ただし伝統を墨守するだけではさすがに国を治められないので、新しいこと(新儀)を始めなければならなくなるが、その時にも長い歴史の中から「先例」を探し出す努力を怠ってはいけない。

(別の章・節に書いてあることだが)明治維新の時期は大変革が急務だったが、その時もこの作業を怠らなかった。

このような考え方について、(この本では書いていないが、)憲法を学んだ伊藤博文オーストリアローレンツ・フォン・シュタイン博士に「憲法とは国家の最高法である。その国の歴史の中で蓄積されている慣例を、確認のために文字にしたものが憲法典である」と学んだ *1。 また、金子堅太郎は渡米してハーバードロースクールで学び、イギリスのエドマンド・バークの保守思想を学んだ。彼もまた慣習すなわち先例の重みを学んだ。尊皇攘夷の時代に生きた二人は、これらのことを我が意得たりと吸収したことだろう。

伊藤博文と金子堅太郎は大日本帝国憲法皇室典範を作成した。

ちなみに、今回の譲位は明治の皇室典範でも現行のものでも出来ないことになっているが、長い皇室の歴史を見れば譲位の先例はいくつもある。

「第4章 譲位を論じる」

第1章から3章までは天皇・皇室に関する歴史が書いているが、近年問題になっいることや現代政治に関わる歴史(譲位や皇位継承立憲君主憲法皇室典範など)をピックアップしている。

そして本丸が第4章だ。これを論じるために第1章から3章までの先例を書いてきた。

この章では「立憲君主とは何か?」という重要なことがらが書いてあるのだが、立憲君主は別の本の読書ノートで書くのでここでは割愛。

ここでは以下の文章を引用する。

帝国憲法 の 時代、 上杉慎吉、 清水 澄、 美濃部達吉、 佐々木 惣一 の 四人 が 憲法学 の 四大 権威 だっ た の です が、 この 四人 は こと ある ごと に 意見 が 一致 し なかっ た。 ただ、 その 四人 が まちがい なく 一致 し て い た こと が、「 憲法 の 前 に 天皇、 皇室 が ある。 憲法天皇、 皇室 を 規定 し た のでは ない。 憲法天皇、 皇室 を 確認 し た ので ある」 という こと です。

あくまで 憲法 の 前 に 歴史的 に 存在 し た 天皇、 皇室 の ご 存在 を 憲法典 によって 確認 し た だけで ある という こと なので、 今 ここ に ある 日本国憲法典 の 条文 で もっ て 皇室 を 設計 しよ う という のは、 もってのほか なの です。

そもそも 皇室 という のは 先例 が ある ので、 当然、 伊藤博文 が 決め た こと すら 絶対視 し ては なら ない。 先例 に 基づい て―― つまり、 歴史 と 伝統 に 基づい て 議論 す べき で ある。

出典:倉山 満. 日本一やさしい天皇の講座 (SPA!BOOKS新書) (Kindle Locations 1776-1782). 株式会社 扶桑社. Kindle Edition.

上述の通り、憲法とは「その国の歴史の中で蓄積されている慣例」であり、憲法典とは「確認のために文字にしたもの」。これは皇室典範にも言えることだろう。

伊藤博文が作成した(旧)皇室典範を作成において譲位は否定され、現行の皇室典範でも譲位は否定されていると解釈されている(皇室典範第4条)。しかし、今回、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」という法律によって譲位に関する法的手続きを行なった *2

著者が書いているように、伊藤が決めたこともずっと前の先例の積み重ねの方が大事であり、この法律はそれを踏まえて成立した。伝統は国会議員によって守られた。しかもこの国会議員の中には日本共産党の議員も含まれている。

「なぜ、天皇は必要なのか」「皇室は続いてきたのか」「天皇とはとはなんなのか」

冒頭の出版社内容情報で引用した部分をまた引用。

 一、なぜ、天皇は必要なのか
 二、なぜ、皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか
 三、そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか

これは本書の「はじめに」の冒頭に書いてある。

この答えは「おわりに」の直前の「第4章 譲位を論じる:第八節 憲法の前に天皇がある」に書いてある。

まずは「二」から。その答えは「タマタマ」。たまたまの連続で万世一系は保たれてきたという。タマタマを「先人たちの努力の成果」という意味で使っている。途絶の危機は幾度もあったが、その時々の事情により乗り切ってきた。これらの事情については本書参照のこと。

次、「一」の答え。「日本人が必要だと思っているからです」。この根拠は世論調査の結果だ。上皇(平成代の天皇)の平成28年(2016年)のビデオメッセージ(象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば)の後に生前退位(譲位)に賛成か反対かの世論調査が各紙でなされた。その結果8割以上が賛成と出た。これを著者は「日本人が必要だと思っている」と解釈している。

個人的には、国民はそれほど皇室に関心を持っていないと思うのだが。

次、「三」の答え。

天皇 とは、 日本国 の 本来 の 持ち主 です。 皇室 とは 日本国 の 中心 です。 これ は すなわち、 日本 の 国家 体制、 国体 です。 では、 日本 とは 何 か。 天皇 を 戴く 国 です。 これ は 歴史 です。 善悪 や 好き嫌い 以前 に 事実 です。

出典:倉山 満. 日本一やさしい天皇の講座 (SPA!BOOKS新書) (Kindle Locations 1790-1792). 株式会社 扶桑社. Kindle Edition.

「日本国の本来の持ち主」には違和感を覚える。著者は「我が国は、大和朝廷あたりの絶対に歴史として確認できる時代から数えても、約千四百年」と書いているので、「日本」を建国したのは皇室の祖先、つまり皇室は日本の創業家と言いたいのだろうか(違うかもしれない)。

もう少しわかりやすい説明が別の本に書いてあった。二・二六事件終戦ポツダム宣言受諾)の時に、国政府が機能不全に陥った時に昭和天皇が秩序回復の最高責任者となった。

どちらの事例も、まったくの合憲合法です。天皇の御聖断は憲法第何条が根拠なのか、などと議論した人はいません。本来は天皇統治権があって、平時は臣下が代わりにその権限を行使させて頂いているという理解があるからです。実質の最高権力者は内閣総理大臣ですが、いなくなったら誰が責任をもって物事を決めるのか。それは本来の権限の持ち主である天皇だと、誰もが共通の認識を持っていました。帝国憲法天皇は、有事に秩序を回復する安全保障の切り札だったのです。

出典:倉山満/天皇がいるから日本は一番幸せな国なのです/宝島/2020/p75

ただしこの有事の秩序回復の役割は、日本国憲法下の現在では在日米軍が担うことになっているという。根拠は在日米軍 *3

倉山氏は、憲法(すなわち国の歴史の中で蓄積されている慣例)に照らし合わせて、現在の体制は異常だと主張する。そして上記のように有事には天皇が陣頭指揮に立つことが本来の国のあり方だと。

そしてそれは「天皇は、日本国の本来の持ち主」ということが前提としてある。おそらくはこれが「国の歴史の中で蓄積されている慣例=憲法」なのだろう。

このようなことは私は学校で習っていないし、テレビ新聞で聞いたことがない。他の国民はどうなのだろうか?