歴史の世界

【読書ノート】江崎道朗『天皇家 百五十年の戦い』

副題は《[1868-2019] 日本分裂を防いだ「象徴」の力》

この本は平成末の平成31年(2019年)4月1日に出版された。ちなみに令和が始まるのが2019年5月1日。

「百五十年」とあるが、中心は平成代の天皇である(現在の)上皇陛下の事績だ。

ただしこの本は、その事績をなぞって懐かしむだけではなく、上皇陛下の事績からそのお考えや思いを明らかにし(「推し量り」と言ったほうがいいのかも)、天皇または皇室が日本国・日本国民にとってどのようなものかを示すものとなっている。

そして、天皇・皇室のことを理解することは「皇室を支える国民の務め」と書いてある。

目次

はじめにー見落とされた「国家の命運と皇室の関係」
第一部 君民共治という知恵ーー近代国家と皇室の関係
    第一章◎中江兆民と「君民共治」
    第二章◎福沢諭吉の「二重国家体制論」
第二部 皇室解体の逆風ーー昭和天皇天皇陛下の苦悩
    第三章◎昭和天皇天皇陛下・戦後の戦い
    第四章◎変質した内閣法制局
    第五章◎皇室の伝統と日本国憲法
第三部 日本分裂を防いだ皇室の伝統
    第六章◎平成の御巡幸
    第七章◎慰霊の旅
    第八章◎沖縄とのかけはし
    第九章◎災害大国を癒す力
    第十章◎敗戦国という苦難
おわりにー皇室を支える国民の務め

出典:天皇家 百五十年の戦い - 株式会社ビジネス社

明治の国家体制が立憲君主制になるまでの流れ

上述の通り、この本の中心は上皇陛下の事績だが、副題には[1868-2019] とある。

約150年前の話としては、(明治天皇の事績ではなく、)日本を(君主がいない)共和制にするか否かの議論(第1章)と天皇論(第2章)が書いてある。

私は、明治維新の当初に立憲君主制が採用されたことを当然のことのように思っていたが、実際は、共和制を主張する人たちが多くいた。

つい先ごろまで尊皇攘夷志士だった人たちが共和制を議論するなんて想像がつかないのだが、そのエネルギーの総量は膨大で渦中にいた公家の岩倉具視は右往左往するばかりだった。

このような議論の中で中江兆民は、国家百年の大計に対して奇をてらうような議論をしてはならないと諭し、以下のように説いた。

共和政治 という のは ラテン語 の「 レスピュブリカー」 を 訳し た 言葉 で あっ て、 政治 を 一部 の 人々 が 独占 する 有司専制 では なく、 全国 人民 の 公 の もの と し て いる 政体 で あれ ば、 どれ も「 レスピュブリカー」 なの だ。 君主 の 有無 は 関係 ない。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 256-258). ビジネス社. Kindle Edition.

そして中江自身は「 レスピュブリカー」の訳語は「君民共治」のほうがふさわしいとした。

そして天皇・皇室の意義については以下のように主張する。

天皇 は、 政府、 国会、 人民 の 争い を 超え た ところ に 存在 する ので あっ て、 そうした 天皇 が 存在 し て 下さる こと で、 日本 は どっしり と 荒波 を 進む こと が できる もの なの だ。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 331-333). ビジネス社. Kindle Edition.

このことは本の中で著者が何度も強調するところだ。

そして著者はもうひとり金子堅太郎の主張を紹介する。

金子は
《[君主のいない]共和制 の 政治 という もの は、 政治 の 議論 の 分裂 によって 多数派 が 少数派 を 弾圧 する こと になり、 その 悲惨 さは 君主制 の 圧制 より 激しく なる もの だ *1
と指摘し、以下のように、共和制という目新しいものに魅了されてしまっている人たちをたしなめている。

真に 国 を 愛する 政治家 は、 従来 から その 国 に 存在 し て いる 慣習 を 尊重 し て 折衷 的 に 改革 を 行お う と する。 慣習 に 基づく 社会秩序 を 尊重 し ながら 政治 を よく し て いこ う と する 政治 勢力 を 生み出し て いく こと が 政治 の 基本 原則 で ある。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 442-444). ビジネス社. Kindle Edition.

金子は、フランス革命に大きな影響を与えたジャン=ジャック・ルソーの理論と、革命理論がイギリスで蔓延ることを阻止しようとするエドマンド・バークの言論を深く比較研究して君主制の優位を説いた。

そして当時の政治指導者層は金子の主張を受け入れて
《日本 は 日本 の 歴史 と 伝統 と 慣習 を 踏まえ た 法 制度 を 作ら なけれ ば なら ない の だ *2》 という考えで一致して進むことになった。

こうした共和制が退けられるのだと、この問題と並行して天皇親政か立憲君主かという議論があった。

この議論では、伊藤博文立憲君主を主張して、結局のところ、国家体制、すなわち政治と天皇・皇室のありかたを
《「 政治権力 の 行使 者 として の 政府」 と「 国家 の 永続性 を 表示 する 政治的 無 答 責 の 君主」
*3
に分けることにした。この部分は中江の主張するところと重なる。

そして薩長藩閥政府を批判する自由民権運動の議論を経て、「天皇の政府」対「天皇の議会」という国家体制に落ち着く。

天皇 の 議会」 などと いう と、 天皇 による 国会 支配 を 正当 化 する のかと 誤読 さ れる こと が 多い が、 その 真意 は、 政府 と 国会 は 対立 する のでは なく、 ともに「 天皇 を 戴く」 という 一点 で 結びつき、 日本 の 国益 と 民 の ため の 政治 を 実現 する パートナー として 見なそ う という こと で あっ た の だ。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 523-526). ビジネス社. Kindle Edition.

福沢諭吉が主張する天皇・皇室の役割

第二章の《福沢諭吉の「二重国家体制論」》の「二重国家体制論」とはどういう意味か?

文明開化 を 先導 し た 福沢諭吉 は、「 欧米 文化 摂取 と 資本主義・自由 な 議会 による 富国強兵」 路線 と、「 神武天皇 以来 の 国家 の 安泰 と 国民 の 安寧 を 祈る 皇室 の もと での 国民 福祉 の 増大 と 精神文化 擁護」 という 二つ の 国家 路線 の 両立 を 提示 し た。 これ を 皇室 と 政府 という 二重 国家 体制 と 呼ぶ こと が できよ う。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 679-683). ビジネス社. Kindle Edition.

福澤は、天皇・皇室が国家・国民の安寧を、ただ祈るだけではなく(祭祀も重要だが)、守ることも役割だと考えている。

もちろん皇室だけで国民全体を十分に満足させることはできないが、天皇・皇室はこれを実践した。この本で書かれているのは、明治天皇恩賜財団済生会を創設されたこと、昭憲皇太后明治天皇の皇后)は東京慈恵病院の設立および日本赤十字社の基礎づくりへの尽力、大正代には関東大震災で被災した老人たちを救済収容する目的で財団法人浴風会を設立した。近年では私たちが何度も目にしたように上皇・皇太后両陛下が被災地に訪問されて被害者に膝を突き合わせるようにして寄り添っていた。

本書の「戦い」の意味

この本における「戦い」の意味は、一言で言えば、国家・国民の安寧を守る姿勢・行動のことだ。一つ引用をする。

細川 首相 や 国会 の 謝罪 決議 に対して 様々 な 反対 論 が 噴出 し、 論争 が 行わ れ た が、 天皇陛下 は その 論争 と 異なる 次元 で 国家 の 命運 を 守る 戦い をさ れ て い た。 国 の ため に 尽くし た 人 たち が い て、 今 の 日本 が ある の だ という、 国家 として の 連続 性、 国 の ため に 尽くす こと が いささか も 間違っ た こと では ない という、 民族 の 魂 を 守る 戦い を し て 来ら れ た の だ。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 2552-2555). ビジネス社. Kindle Edition.

細川首相は前の戦争を「侵略戦争」と表現した初めての首相だ。この次の首相が村山首相になるわけだが、村山政権の時、1995年(平成7年)に「戦後50年の謝罪決議」をした。

これらの言動に対して著者は
《政府 が 遺族 に対して「 お前 たち は 侵略 者 の 子供 で ある」「 侵略 者 の 妻 で ある」 と レッテル を 貼っ た に 等しい。 *4》 と書いている。

戦後の昭和代から皇族の方々は何度と無く戦没者の遺族を訪問して彼らの話を聞き続けた。遺族の痛み苦しみを引き受けるのが皇室の役割だとしているからだ。

そして上皇陛下はこの戦後50年に「慰霊の旅」(第7章)を行なった。そして被爆者や戦没者遺族一人ひとりの話を聞いた。戦後50年という節目の時に政治家からは上のような発言がなされたわけだが、上皇陛下は外国への訪問をせずにひたすら戦没者を悼み、遺族を思い続けた。 *5

これ以外の「戦い」も多く書いている。GHQとの戦いや内閣法制局との戦いも重要だ。

継承の重み

「戦い」の中にはマスメディアとの戦いもあった。戦後ずっと「天皇の戦争責任論」というものが論争の種になってきた。これを上皇陛下に問いただす記者が少なからずいたようだ。

しかし上皇陛下は責任があるとも無いとも言わなかった。その理由は上述のとおりだ。

昭和天皇 の 戦争 責任 論 が 再燃 し ても 政府 が まったく 頼り に なら ない 中 で、「 昭和天皇 の 御心 を 承け 継ぐ」 と 宣言 する こと は、 戦争 責任 という 問題 を 承け 継ぐ こと にも なる。

引き受ける のと、 切り離す のと、 どちら が 楽 かと 言え ば、 もちろん 切り離す 方 が 楽 なの だ。 ドイツ の ワイツゼッカー 大統領 の よう に「 時代 が 変わっ た の だ から、 私 には 戦争 責任 は 関係 あり ませ ん」 という やり方 も あり 得 た。

だが、 天皇陛下 は 安易 な 道 を 選ば れ なかっ た。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 1933-1937). ビジネス社. Kindle Edition.

ワイツゼッカー大統領のようなことをしたら伝統を放棄することになる。皇室の意義は失われるのは必定だ。

そして伝統を継承するということは、皇統の継承とともに、天皇・皇室の役割の継承でもある。

「皇室を支える国民の務め」

本書の終わりを締める章が「おわりにー皇室を支える国民の務め」。

ここでは平成28年8月8日の上皇陛下(当時は天皇)のお言葉「 象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」について詳細に解説されている。以下はその一部で、著者が読者に最も訴えかけたい中のひとつだ。

ここ で 陛下 は 極めて 重要 な こと を 指摘 さ れ て いる。《 国民 統合 の 象徴 として の 役割 を 果たす ため には、 天皇 が 国民 に、 天皇 という 象徴 の 立場 への 理解 を 求める》 という 一節 だ。 国民 統合 の 象徴 が 成り立つ ため には、 天皇陛下 の 努力 だけで なく、 国民 の 側 が 象徴 として の 天皇 に対する「 理解」 が 必要 だ と 指摘 さ れ て いらっしゃる の だ。

皇室 が 国民 統合 の 象徴 で あり 続ける ため には、 国民 の 側 にも、 皇室、 特に 皇室 の 伝統 を 理解 しよ う と する こと で「 皇室 を 支える 国民 の 務め」 を 求め られ て いる、 という こと だ。

しかし、 残念 ながら 日本 の 学校教育 では、 皇室 について の 理解 を 深める 教育 は ほとんど なさ れ て い ない。 それどころか、 国歌「 君が代」 反対 闘争 という 形 で、 皇室 批判 の 教育 が 横行 し て いる。 マスコミ も また、 皇室 の こと を あまり 報じ ない し、 日本 政府 も、 天皇陛下 の お 誕生日 などに 盛大 な 行事 を する など し て、 天皇 について の 国民 の 理解 を 深める といった 最低限 の こと さえ もし て こ なかっ た。

出典:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 3566-3575). ビジネス社. Kindle Edition.

著者はこの「皇室を支える国民の(最低限の)務め」を一人でも多くの国民が自覚することを目的として書かれた。



*1:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 421-422). ビジネス社. Kindle Edition.

*2:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 483-484). ビジネス社. Kindle Edition.

*3:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 492-493). ビジネス社. Kindle Edition.

*4:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 2471-2472). ビジネス社. Kindle Edition.

*5:江崎道朗. 天皇家 百五十年の戦い (Kindle Locations 2496-2499). ビジネス社. Kindle Edition.