この記事ではホモ属の特徴について書くが、ダニエル・E・リーバーマン著『人体 600万年史 上』*1の第4章「最初の狩猟民族」に頼って書いていく。
- 作者: ダニエル・E・リーバーマン,塩原通緒
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/09/18
- メディア: 単行本
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この章はホモ・エレクトスの特徴について書かれているが、これをホモ属の代表ということにして書いていく。ホモ・エレクトス以前の初期ホモ属(ハビリスとホモ・ルドルフェンシス)はホモ属とアウストラロピテクス属の両方の特徴を持っているので、代表には なれない。ホモ・エレクトスの直近の先祖のホモ・エルガステルは誰もが認める最初のホモ属だが、ここではホモ・エレクトスの同類ということにしておこう(実際、両者は同種だという学者は少なくないらしい)。
第4章「最初の狩猟民族」の中身は、「長距離を走るために進化した」だ。地上生活と樹上生活の両方に適応していたアウストラロピテクス(属)から地上生活に特化したホモ・エレクトスに長距離を進化は走ることへの適応を意味する、とリーバーマン氏は主張する。
この主張は「Endurance running hypothesis(<wikipedia英語版)」という仮説として学界内の議論の種の一つとなっているそうだ。もちろん反論もある。
アウストラロピテクス属とホモ属の比較
さて、前回の記事を念頭においてアウストラロピテクス(属)と現代人(ホモ・サピエンス)の両者を比較していこう。ここでは、学界の誰もが認めているホモ属の代表としてホモ・エレクトスを、アウストラロピテクスの代表をアウストラロピテクス・アファレンシスとして比較していこう。
前回 引用したPaleoanthropologyに適当な画像があったので載せよう。
Australopithecus afarensis compared to Homo erectus. Credit: Laszlo Meszoly, Harvard U.出典:What drove the transition from Australopithecus to Homo erectus?<Paleoanthropology(revised 20 February 2007) (元ネタは "Endurance running and the evolution of Homo" (Nature 432, 345-352; 18 November 2004), Dennis M. Bramble and Daniel E. Lieberman)
この画像の改変されたもの(日本語版)があったので、こちらも載せよう。
ホモ・エレクトスの歩行と走行に向いた適応(アウストラロピテクス・アファレンシスとの比較)。左側に示した特徴は歩行と走行の両方に役立っていたと思われる。一方、右側の特徴はもっぱら走行にとっての利点だ。アキレス腱は現存していていないので、その長さは推測である。Figure adapted from D. M. Bramble and D. E. Lieberman (2004). Endurance running and the evolution fo Homo. nature 4 32: 345-52.
- 後者の画像はアウストラロピテクス・アファレンシスとホモ・エレクトスの足の長さ、背丈の違いを表すために改変が ほどこされている。
上記の論文と書籍の両方の著者であるリーバーマン氏は、『人体』の中で「もしも今日、街でホモ・エレクトスの一団に会ったら、人間そっくりだと思うことだろう。首から下はとくにそうだ」と書いてある(街なかで出会うホモ・エレクトスは服を着ているのだろうか)。
リーバーマン氏は、ホモ属の進化と長距離歩行または走行を関連付けている。たとえば、長い腕、短い足は、木登りへの適性が削がれる反面、走行に有利になるという。
ホモ・エレクトスは上のような特徴からみて、既に森林の果樹とは決別していたようだ。彼らはサバンナの中で狩猟採集民になるという生存戦略を選び、そして生き残った。
長距離走行に焦点を置いたホモ属の形態的な特徴
さて、それでは本題の特徴の話に移ろう。
リーバーマン氏 曰く、記事の最初で書いたが、ホモ・エレクトスひいてはホモ属が現代人のような身体(機能)を持つこととなったのは二足歩行・走行に適応するための進化が多い。特に持続走行・長距離走行するための進化が多い。
以下のほとんどの特徴が走行に対する適応であるのはそのためだ。
脚(足)の特徴
上の二番目の図を見てすぐ分かるように脚が長くなっている。脚が長くなることにより歩幅が広くなり、その分 コストが節約できる(p127)。
《仕事=力×移動距離(W=Fs)の公式を考えると歩幅の広さは関係ないのではないかと思うのだが、ホモ属の高効率の歩行・走行においては歩幅が広いほうがコストが節約できるのだろう(理解していないため、説明できない)。》
次に、長いアキレス腱と完全な土踏まずと。これらは歩行・走行(特に走行)に適応している。土踏まずはアキレス腱や筋肉と連動してバネの役割を果たし、前方移動を効率的にする(p128、p137)。
土踏まずと肥大化した踵(かかと)は足底の着地時のショックを軽減するために役立っている(アウストラロピテクス属も土踏まずや大きい踵があるが(p103)、ホモ属のそれらは より発達している)。
短い足指(足趾)は、立位姿勢の安定させる(p140)。特に親指は他の指と並行し頑丈で、おかげで力づよい蹴り出し(歩行の最終局面)が可能となる(p127-128)。
大きな股関節・膝関節・足関節は、直立姿勢による体重の付加(四足動物の2倍)と、二足歩行の屈伸や捻じれに耐えるために有効だ(p128)*2。
腰まわり
くびれたウエストは、走行中に腰や頭とは無関係に胴体を捻る(ひねる)ことができる(p140)。
大臀筋は、アウストラロピテクスに比べて大きく発達した筋肉で、リーバーマン氏によれば、歩行時にはあまり働かず、走行時にこそ重要な筋肉である。走行時に転倒しないため前方に つんのめらないように収縮して上半身を後方に引っ張り、走行中のバランスを保つ機能を持っている(リーバーマン氏はそれ故に狩猟採集民になってから(またはなるために)進化したとしている)。
頭部・肩・皮膚
三半規管と項靭帯(こうじんたい・うなじ靭帯)も走行のための適応。走行時には頭部は激しく動くが、三半規管は反射回路を作動させて、激しい運動を無効化するために、首や目の筋肉に働きかける。項靭帯はホモ属において初めてできた組織だが、頭を安定させる役割を果たしている(p138)
なで肩は走行中に腰や頭とは無関係に胴体を捻ることができるため。アウストラロピテクスは樹上生活に適応するために、すこし いかり肩になっているが、いかり肩だと走行しにくい。実際にやってみれば分かる。
人間には柔毛が無く、無数の汗腺がある。汗腺はたいていの哺乳類には足裏にしか無い。汗腺は体温が上昇した時に汗を出して身体を冷却する機能があるが、これが無数にあるおかげで人間は長距離ランナーになれた。柔毛は日光を反射するメリットがあるが、反面 皮膚のそばで空気が循環しないため汗が蒸発しない。化石には残らないので、どの時点で進化したのかは分からないが、リーバーマン氏は、この進化を走行のための進化と考えている。
高い鼻はホモ・ハビリスの時には進化していたそうだ。アウストラロピテクスの鼻は類人猿と同じような平たいものだ。
Australopithecus afarensis, adult male. Reconstraction based on AL 444-2 by John Gurche.出典:Australopithecus afarensis<What does it mean to be human?--Smithonian National Museum of Natural History
リーバーマン氏によれば、この高い鼻も長距離走行への適応だという。
人間の鼻呼吸では、空気は鼻孔から入って上にあがり、直角に曲がったあと、また別の一対の弁を経由して鼻腔に達する。これらの独特な流れによって、空気に無秩序な渦巻きが発生する。この乱流のおかげで、肺は少々がんばって働かなくてはならないが、鼻腔に入ってきた空気は鼻腔内の表面を覆う粘液の膜とたくさん接触できることになる。粘液には水分がたっぷり含まれているが、粘度はあまり強くない。したがって外鼻から乾燥した熱い空気を吸い込んでも、そのあと生じる乱流の働きによって空気は鼻腔内の粘液としっかり接触し、十分に湿気を帯びることができる。この鼻腔内での加湿には重要な意味がある。吸い込まれた空気が水分で飽和されていないと、その空気の送られる肺がからからに乾燥してしまうからだ。そしてもう一つ重要なことに、鼻から遺棄を吐き出すときにも、やはり鼻腔内の乱流のおかげで、鼻はその湿気をふたたび取り込めるようになっている。初期ホモ属における大きな外鼻の進化は、暑くて乾燥した環境のもとでも脱水症状を起こすことなく長い距離を歩けるようにするために、自然選択が働いた強力な証拠なのである。
出典:p130-131
脳
脳の肥大化はホモ属の最も顕著な特徴だ。
狩猟採集民になるという生存戦略を選んだホモ属*3は、集団行動をとって協力体制を維持しなければならない。脳が大きいと未来の利益を考えることができるが、小さいと目の前の利益のことしか考えることができない。この差は共同生活の再分配の時に決定的な差を生む(目の前の利益しか考えられない人は脳が小さいのかもしれない)。脳は膨大なエネルギーを消費するので大きくなるとその分のエネルギー供給が必要になるが、それがペイできたからこそホモ属は存続し、さらに脳は大きくなっていった。(p146-147)
《ロビン・ダンバー氏の社会脳仮説によれば、脳の大きさと集団の大きさ(多さ)との間には相関関係が」あるとする(ダンバー数)。社会脳仮説やダンバー数については別の記事でやろう。》
手
一般にチンパンジーやほかの類人猿はものをつかむとき、あなたがハンマーの柄を握るときと同様に、ものを指と掌のあいだにくるんで押しつぶすようなつかみ方(握力把持)をする。[中略] しかし、むちむちした親指の腹と対向する四本の指の先端で、鉛筆などの道具を正確につまむこと(精密把持)はチンパンジーにはできない。人間にそのようなつまみ方ができるのは、相対的に親指が長くて、ほかの四本の指が短いからであり、あわせて親指の筋肉が非常に強く、ほかの四本の指の骨がしっかりしていて、指関節が大きいからである。[中略]ルーシーのような華奢型アウストラロピテクスは、類人猿と人間の中間のような手を持っていた。彼らは穴掘り用の棒をつかむことなら間違いなくできただろうが、力強い精密把握ができるような手に進化したことが確実なのは、約200万年前だ。実際、オルドヴァイ渓谷から出土した現生人類にかなり近い手の化石を見て、発見者ルイス・リーキーらは、この最古のホモ属の種をホモ・ハビリス(「器用な人」)と名づけたのである。
出典:p141-142