歴史の世界

【書評】マイケル・ピルズベリー『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』

今回は書評を書く。

China 2049

China 2049

この本はどういう本かと言うと だいたい以下の通り。

第二次大戦直後はぼろぼろの発展途上国だった中国が、現在の超大国になっている。この裏には知られざる秘密戦略「100年マラソン」があった。本書でその全貌を描く。

これだけ書くと陰謀論のにおいがプンプンするがそうではない。こんな戦略が成功したのは超大国アメリカが せっせと中国の発展の手助けをし続けたからだ。著者は数十年の間、その手助けに関わっていた人物だ。

著者曰く、自分たちは中国の口車に乗って騙され続けてきた、もう騙されてはならない、と。彼は親中派と袂を分かち、世界の覇権を目指す中国の長期的戦略に警鐘を鳴らす。

最近の米中関係に影響を与えそうな本だが、そのことに関しては著者の経歴のところで書こう。

著者について

わたしは、ニクソン政権以来、30年にわたって中国の専門家として政府機関で働いてきた。したがって他の誰よりも中国の軍部や諜報機関に通じていると断言できる。人民解放軍や国家安全部の代表は、極秘としている機関への扉を開き、西側の人は誰も読んだことのない書類を見せてくれた。(p25)

この本はCIA、FBIなどのアメリカの政府機関も関わっているので上の主張は嘘ではないのだろう。

ピルズベリー氏はパンダハガー親中派)と言われ続けてきた。パンダハガー親中派)は、ただ中国と親しいだけではなく、中国が利することを積極的にやる人々を指す言葉だ。

事実、彼はアメリカが中国への資金及び技術の供与をすることを主張し続け、中国の(現在みせているような)危険性など無いと言い続けてきた。このような言動は中国を信頼させ、上のように制限がかけられた文書も見ることができた。

1990年代後半のクリントン政権時代、著者のマイケル・ピルズベリーは国防総省とCIAから、中国のアメリカを欺く能力と、それに該当する行動を調査せよと命じられた。著者は諜報機関の資料、未発表の書類、中国の反体制派や学者へのインタビュー、中国語で書かれた文献をもとに、中国が隠していた秘密を調べはじめた。やがて見えてきたのは、中国のタカ派が、北京の指導者を通じてアメリカの政策決定者を操作し、情報や軍事的、技術的、経済的支援を得てきたというシナリオだった。

出典:Amazonの内容紹介から

おそらくこの時期が著者のパンダハガーからドラゴン・スレイヤー(対中強硬派)への転機になったのだろう。

現在著者は、米シンクタンク、ハドソン研究所の中国戦略センター長でトランプ大統領のアドバイザーでもある。トランプ大統領の対中姿勢を見れば、著者の主張が少なからず影響していると思う人は多いだろう。

出版について

出版時期は原著・邦訳本ともに2015年。原著は3月で邦訳が9月。

邦訳がこんなに早いのは国家の意思を感じるのだが、本当のことはわたしには分からない。解説は森本敏氏。彼は2018年10月まで防衛大臣政策参与だった。

このブログ記事を書いているは2020年4月だが、私は今になるまでこの本の存在を知らなかった。国際政治に興味がある人、日本の今後に興味がある人または危機感を感じている人は読んだほうがいいと思う。

本の内容

本の内容については冒頭で少し触れたが、もう少し詳しく書いていこう。ここでは三点だけ。

邦訳本の最後には森本敏氏の解説が8ページに亘って書いてあるのだが、ここからピックアップしてみよう。ちなみにこの本を最速で読みたい人は解説を先に読むといいかもしれない。ネタバレ満載だが。

アメリカの致命的な判断ミス

さて、森本氏の解説から。

本書は米国における中国専門家として著名であるばかりでなく、米国政府の対中政策に最も深く関わってきたマイケル・ピルズベリー博士の中国論である。[中略] その本人が本書の冒頭で、米国は中国の国家戦略の根底にある意図を見抜くことができず、騙されつづけてきたと告白する。この告白は衝撃的である。

我々はこれほど中国に精通し、中国要人と交流のあった同博士でさえ中国に欺かれ続け、それを知らずに歴代米国政権が対中政策をピルズベリー博士の助言や勧告に基づいて進めてきた事実を知って今更の如く愕然とする。(p366)

著者を含めたアメリカの政府関係者は何故こうも対中方針を間違えたのか?

それは、そもそも間違った前提で中国を認識していたからだ。著者は《序章 希望的観測》でその前提を幾つか述べているが、重要なものの一つは「中国は民主化への道を歩んでいる」だ。

アメリカ及び日本を含む先進国が中国に経済援助を続け、中国が経済的に発展していけば次第に中国は民主主義国になるだろうと思われていた。具体的には《中国の市や町で民主的な選挙が行われ、やがて地方選挙、さらには国政選挙が行われるようになる》(p16)と著者たちは思っていた。

戦後、発展途上国の多くは経済支援を受けて、その援助の条件として民主選挙を受け入れていた。その多くの国が先進国並みの民主国家になるのは程遠いが、それでも表面的には民主政体を基本としている。

著者たちは中国も他の発展途上国と同じ道を歩むと信じていたらしい。そして間違いだと気づくのに数十年もかかってしまった。というわけで中国が凶暴な超大国になった一つの要因はアメリカの重大な判断ミスだ。日本もODA円借款などで援助し続けた裏にはアメリカの判断も影響していただろう。

この致命的な判断ミスの背景は米ソ冷戦だ。ソ連包囲網の一環として中国を味方につけなければならなかった。敵の敵は味方というが、中国に過剰な肩入れをしてしまった。

しかし、中国が民主化するという妄想は、米ソ冷戦も終焉し21世紀になっても信じ続けられたそうだ。21世紀、経済発展を遂げる中国は低価格商品を作る大工場から多くの商品を買ってくれる大消費国へと変貌した。財界にとって金の卵のような存在で有り続けた中国の発展を抑え込むという選択肢はことごとく潰されてきた。

このような背景があったからこそ、本書に書かれている戦略(手口と言ったほうが正確)が生きたと言っていい。とにかく中国のやり口を学ぶためにもこの本は読んだほうがいい。

中国の国家戦略

↓も森本氏の解説から。

中国の国家戦略は中国人の歴史的知恵の産物であり、同博士[ピルズベリー氏]は現代中国の国家戦略は孫子の兵法や戦国策から導かれる「勢」という思想に基づくと指摘する。「勢」とは[敵が従わずにいられないような状況を形成して敵を動かし、これに打ち勝つための神秘的な力」であり、「他国と連合して敵を包囲すると同時に、敵の連合を弱めて包囲されないようにすることが含まれる」という。

中国共産党人民解放軍タカ派はこの論理を活用して、米国を操作し、共産党革命100周年にあたる2049年までに世界の経済・軍事・政治の地位を米国から奪取することを狙っているという。これが「100年マラソン(The Hundred Year Marathon)」という原著のタイトルにもなっている中国の覇権的国家戦略である。(p367-368)

現代中国の国家戦略が古代の諸子百家に求められていることに、著者は注意を喚起している。中国のものの考え方は欧米のそれと全く違う、それを理解するには中国の古典を知らなければならない、と。

次のポイントは「100年マラソン」。「100年」というのは特に緻密な数字ではなく「天下百年の計」のような遠い未来のことを指していると思ったほうがいいだろう。初代の指導者だった毛沢東が当初から考えていた計画と思い込ませるような内側に対するプロパガンダのような気がするがどうだろう。

兎にも角にも、「100年マラソン」の主唱者であるタカ派は、著者によれば、数十年に亘って《中国の地政学的戦略の主流》(p25-26)であったとのこと。

タカ派についてもう一つ。タカ派の見解は《中国が世界の頂点に立つことを夢見る数億人を代表する、政策立案者の本音なのだ》(p26)。これは中華思想そのものだ。

中華思想
漢民族が古くからもち続けた自民族中心の思想。異民族を卑しむ立場からは〈華夷(かい)思想〉とも。初めは周辺の遊牧文化に対し,自己の農耕文化の優越を示したが,春秋戦国時代以後は礼教文化による,天子を頂点とする国家体制を最上のものと考え,夷は道からはずれた禽獣(きんじゅう)に等しいものとして,異民族を東夷・西戎・南蛮・北狄などと呼んだ。基本的にこの思想は現代まで続いている。一般的用法としては自民族中心主義(エスノセントリズム)の代名詞。

出典:株式会社平凡社百科事典マイペディア/中華思想(ちゅうかしそう)とは - コトバンク

ただし、この本では「中華思想」という言葉が使われていなかったと思う。宮家邦彦氏によれば《中国語には「中華思想」という言葉すら存在しない。「中華思想」とは、おそらく日本人の造語である》 *1 という。

とにかく、数億人が中華思想を信じて行動している。これは宗教である。宗教の思い込みがどれだけ持続的な力を生み出すかは世界史を少しでも知っている人には理解できるだろう。日本を含む他の国は恐れて注意しなければならない。

非道を繰り返す中国

さらに解説から引用。

ピルズベリー博士によれば、100年マラソン戦略はその大半が戦国策に現れた戦国時代の戦略思想を中国共産党および人民解放軍タカ派が構築したものであるという。中国が現在でもこの戦略を最大限、活用していることはいうまでもない。スパイを活用し、偽情報を流して情報操作すること、優れた思想や技術を盗むこと、国内で反政府的動きをした者を徹底的に弾圧すること、敵の周辺を取り巻く同調者をいじめ、協調関係を分断すること、いずれも中国人が戦国時代から活用してきた伝統的手法である。(p369)

史記』の列伝を読んで英雄たちに憧れた中国史ファンもこれを読んだら興ざめしてしまうだろうか。いや、『孫子』も言っているように「兵(軍事)は詭道なり」ということは中国史ファンなら普通に知っていることだ。中国の軍事・外交は騙し合いで出来ている。

中国人にしてみれば「アメリカだって同じようなことをしているじゃないか」と反論するだろう。著者によれば、中共政府は幹部候補にアメリカが如何に世界最大の経済国になったかを教えている。もちろんこの教育は中共政府の都合がいいようにアレンジされているが、アメリカが利益を得るために悪どいことをしてきたことは誰もが認めることだ。(第8章 資本主義者の欺瞞)

ただ、それでも、露骨な中国の非道な我田引水を見逃すわけには行かない。中国の行動を止めることはアメリカだけではなく、現在の先進国および民主主義国家にとって しなければならないことだ。

私の注目点・感想

最後に、私の思うところを書く。

まず、「100年マラソン」という言葉。この言葉自体は、緻密な戦略でも計画でもなく、スローガンと考えたほうがいいだろう。「100年マラソン計画」というような計画書があるわけでもない。

この言葉がタカ派の中で語り継がれていたというだけの話だ。「共産党革命100周年にあたる2049年までに世界の覇権国になるぞー」というもの。本の副題は《秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」》だが、簡単に言えば「釣り」だ。読者を釣るためのパワーワードだった。

著者ピルズベリー氏が言うところの中国の覇権的国家戦略を一言でいうのなら「反客為主」になるだろう。この言葉は《第9章 2049年の中国の世界秩序》の冒頭に出てくるが、『兵法三十六計』の一つだ。意味は《敵にいったん従属あるいはその臣下となり、内から乗っ取りをかける計略。時間をかけて行うべきものとされる。 》(反客為主 - Wikipedia ))

こんなものが戦略と呼べるのかとは思うが、中国のタカ派は未来の覇権国を夢見て行動をしているらしい。こんな戦略が続くわけがないと誰もが思ったことだろうが、2020年現在、今目の前に超大国中国がある。

気づくのが遅いと言っても、兎にも角にも現状に対処しなくてはならない。今の世の中が生きにくいと入っても、中国が支配する世界よりはよっぽどマシだ。

2015年にこの本が出版され *2、 2016年の大統領選挙でトランプ氏がヒラリー・クリントン氏を破って勝利したことは、世界を救う意思だったのかもしれない。現在では、アメリカは反中一色になるほどの勢いだ。日本と違って左派勢力も反中だ。

もうひとつ、今後について。

今後については《第11章 戦国としてのアメリカ》で提案されている。要約すると、

まず現状を正確に把握し、他国を味方に引き入れ、中国の不正を大々的に公表して中国のイメージを貶め、中国国内の反体制派を応援して中共政府を追いつめる。

ピルズベリー氏はトランプ大統領のアドバイザーなので、現状 中国は追いつめられている。

問題は日本だが、どう考えても対中外交で強硬姿勢を採る準備はできていない。習近平国賓出迎えるとか言ってる始末だ。

さて、話が飛びまくってしまったが、かように色々な問題を想起喚起させるのもこの本の特徴かもしれない....。

とにかく米中冷戦が始まって日本も巻き込まれること必至なのが現状である。この本を読めばトランプ大統領が何を行うかがある程度は読めるだろう(著者は大統領のアドバイザー)。世界情勢の未来を知りたい人にはオススメ。

中国の古典が好きな人には読みやすいが、そうでない人には古典で例える文章が多々あるので、クドいと感じるかもしれない。



*1:「中華思想」を誤解する日本人 | PHPオンライン 衆知|PHP研究所

*2:元になった文書はそれ以前に公表されていたらしい