歴史の世界

兵家(8)孫子(戦略書としての『孫子』 前篇/全3篇)

今回は戦略書としての『孫子』について書く。

戦略書としての『孫子

孫子』は今でも戦略書として研究されているらしい。デレク・ユアン『真説 孫子*1 によれば、西洋の戦略家に多大な影響を与えている。第五章のタイトルは「西洋における孫子の後継者たち」。「後継者」と呼ばれる戦略家たちは『孫子』を深く理解し、ただ個々の要素をピックアップして取り入れるだけでなく、『孫子』の思想・思考そのものを取り入れて自身の発案に反映させている。

現代中国においてはどうか? 現代というのは厳しいが、毛沢東が中国古典を読み込んで戦略を立てたという話は有名らしい。そして唐または宋の時代になるが、『李衛公問対』という兵書では『孫子』について詳しく言及されている。

ちなみに、古代中国に端を発する「兵書」の中の「兵」という文字には、戦略という意味も持つそうだ。 *2

ユアン氏は戦略書『孫子』において、重要なのは陰陽と道(タオ)だという。

戦略と戦術の違い

戦略と戦術の定義は数多くあるようだが、ここでは奥山真司氏の定義に従う。ここでは簡単な説明だけする(詳細に説明できるほど私自身が理解していない)。

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出典:

奥山氏によれば、戦略の階層は、「国家が戦争するときに、どういう事が起こっているのかをとらえる時に重要な概念」(戦略の7階層 - YouTube )。

国家という組織には階層があることは誰もが知っているが、その階層を概念(機能?)で分けると上のようなものになる、と理解すればいいだろうか。特に戦争が起こった場合、上の7つの階層がどのように動くのか、あるいは動かすのかが重要になってくる。

さらにこの7階層を「戦略」と「戦術」とに大きく二つに分けることができる。

すなわち、上から世界観から大戦略までが政治家が司る「戦略」。軍事戦略から技術までが軍人が司る「戦術」。これが奥山氏のいうところの「戦略」と「戦術」。

ここではこれ以上深く考えずに、上のようなものだということにして話を進める。

孫子』の全13篇と戦略と戦術

現代の残る『孫子』は三国志で有名な曹操によって整理された『魏武注孫子』で、著者の孫武が記したもの全てではない。

『魏武注孫子』は、一説には「曹操が軍の将校を養成する為の教科書」と言われている (【目からウロコ】魏武註孫子は○○○として編纂された | はじめての三国志 参照)。

この説が正しければ、将校にとって不要な部分(主に戦略面)が削られた可能性もあることを留意するべきだと思う。

さて、引用開始。

以下の13篇からなる。

  • 計篇 - 序論。戦争を決断する以前に考慮すべき事柄について述べる。
  • 作戦篇 - 戦争準備計画について述べる。
  • 謀攻篇 - 実際の戦闘に拠らずして、勝利を収める方法について述べる。
  • 形篇 - 攻撃と守備それぞれの態勢について述べる。
  • 勢篇 - 上述の態勢から生じる軍勢の勢いについて述べる。
  • 虚実篇 - 戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。
  • 軍争篇 - 敵軍の機先を如何に制するかについて述べる。
  • 九変篇 - 戦局の変化に臨機応変に対応するための9つの手立てについて述べる。
  • 行軍篇 - 軍を進める上での注意事項について述べる。
  • 地形篇 - 地形によって戦術を変更することを説く。
  • 九地篇 - 9種類の地勢について説明し、それに応じた戦術を説く。
  • 火攻篇 - 火攻め戦術について述べる。
  • 用間篇 - 「間」とは間諜を指す。すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。

現存する『孫子』は以上からなるが、底本によって順番やタイトルが異なる。

上記の篇名とその順序は、1972年に中国山東省臨沂県銀雀山の前漢時代の墓から出土した竹簡に記されたもの(以下『竹簡孫子』)を元に、 竹簡で欠落しているものを『宋本十一家注孫子』によって補ったものである。

『竹簡孫子』のほうが原型に近いと考えられており、 『竹簡孫子』とそれ以外とでは、用間篇と火攻篇、虚実(実虚)篇と軍争篇が入れ替わっている。

出典:孫子 (書物)#構成 - Wikipedia

普通に考えれば、計篇(始計篇とも呼ばれる)が戦略、それ以降が戦術だろう。ただし湯浅邦弘氏によれば、末尾の火攻篇と用間篇は「いわば特別篇として末尾に配置されたものであろう」という *3。湯浅氏は火攻も用間(スパイ活動/インテリジェンス)も特殊技術であるから他の篇とは異質だとしている。

前編のまとめ

さて、以上のように、13篇を戦略と戦術に分けてみたが、ユアン氏は冒頭に紹介したように、『孫子』全てを戦略書として読み(つまり上のような分け方を採用していない)、重要なのは陰陽と道(タオ)であるという。

次回は陰陽を、その次にタオについて書いていく。



*1:中央公論新社/2016(原著は2014年出版)

*2:ユアン氏/p90

*3:湯浅邦弘/諸子百家中公新書/2009/p243-244