歴史の世界

進化:進化にまつわる歴史⑥ 19世紀にしぶとく残る天地創造説 ~ジョルジュ・キュヴィエの天変地異説~

進化論が登場した時代背景

19世紀前半の科学は まだキリスト教の影響が非常に強く天地創造説が強く信じられていた。記事「進化にまつわる歴史① ダーウィン以前」で紹介した天地創造説を支持するウィリアム・ペイリーの『自然神学』(1809)も広く読まれていた。このような考えの下では種(生物)は不変であると考えられていた。つまり生物は進化などしないと考えられていた。

しかし、この頃には化石の研究(のちの古生物学)をする人々もいて、古い地層には現在とは違う動物相があることが知られるようになった。これは天地創造説に反していた。

この問題に「答え」を出したのがジョルジュ・キュヴィエ(Georges Cuvier、キュビエと表記されることも多い)だった。

ジョルジュ・キュヴィエの生涯

キュヴィエはフランスの南部ヴュルテンベルクで生まれた。10歳の頃にコンラート・ゲスナーの『動物誌』 Historiae animalium (1551-1558、全5巻)に出会い、自然史の世界に目覚めた。さらに親戚の家に通いながらビュフォンの『博物誌』 Histoire naturelle(1749-から1778年、全36巻)を繰り返し読んで記憶し、四肢動物と鳥類に関しては一流の博物学者に匹敵するほど通じていた。

シュトゥットガルトのカルルスシューレ(当時設立された軍人養成校)卒業後、教鞭をとることを希望していたが、お声がかかるまでの余裕(カネ)がなかった。家庭教師をやりながら古生物学の集会に足繁く通い、そこで名を隠して集会に来ていた著名な農学者アンリ=アレクサンドル・テシエの知遇を得た。

テシエがパリに住む友人たち宛に紹介状を書いてくれた結果、キュヴィエは著名な博物学者であるエティエンヌ・ジョフロワ・サンティレールと文通した後、1795年に国立自然史博物館の比較解剖学教授の助手に採用されることになった。

またキュヴィエは同年に設立されたフランス学士院の会員に選出された。1796年からパンテオン中央学校(École Centrale du Pantheon)で教鞭をとりはじめ、4月に学士院の集会が開催されると彼の最初の古生物学の論文となる文章を発表した。これが後に1800年に『現存および化石のゾウ種についての覚書』Mémoires sur les espèces d'éléphants vivants et fossiles の名で出版されることになるものである。[中略]

1802年パリ植物園の正規の教授となった。同年、学士院の代表として、公教育の視学監督官に任命された。この後者の立場で彼は南フランスを視察していたが、1803年初頭に学士院の物理学および自然科学部門の終身書記に選出された結果、視学監督官の職を辞任し、パリへ戻った。

出典:ジョルジュ・キュヴィエ<wikipedia

キュビエは学者としての才能のほか、学界内の役職の手腕も高評価された。研究・調査・著作活動、教鞭、役職の仕事をやりこなし、その評価は学界の外まで及び信頼と名声と学者としての高い地位を獲得していった。

ナポレオン・ボナパルトがフランスの実権を握っていた時にも重用されていたが、ナポレオン失脚の後もその地位と名声は衰えなかった。

ナポレオンの没落(1814年)に先立ってキュヴィエは国務省の議会に認められ、その地位はブルボン家の復古にも影響を受けなかった。彼は学長に選ばれ、その地位で公教育評議会の仮の会長として活動し、その一方でルター派としてプロテスタント神学部を監督していた。1819年内政委員会の会長に任命され、死ぬまでその職に就いていた。

出典:ジョルジュ・キュヴィエ<wikipedia

業績については「比較解剖学の大立て者であり、古生物学にも大きな足跡を残した」(ジョルジュ・キュヴィエ<wikipedia)。詳細は「ジョルジュ・キュヴィエ<wikipedia」参照。

天変地異説

天変地異説

激変説とも。局部的な天変地異が太古に何度か繰り返され,生き残った生物が次代に繁栄したという説。G.L.C.F.D.キュビエが提唱。弟子のL.アガシーなどはさらに極端化して,天変地異のたびごとに全生物は死滅し,新しく生物の創造が行われたとした。

出典:天変地異説<百科事典マイペディア<株式会社日立ソリューションズ・クリエイト<コトバンク

18世紀の序盤にはすでに地層によって生物相に違いがあることはよく知られていた。現代から見れば明らかにこれは進化の事実を表しているのだが、キュヴィエは、反進化の立場にいたからかもしれないが、そのように考えなかった。そして出した答えが天変地異説だった。

彼の天変地異説は上のように曲解された形で天地創造説の延命に利用された。