歴史の世界

人類の進化:ホモ属の特徴について ⑤火の使用

火の使用の跡については100万年前よりも遡ることができるが、習慣的な火の使用は40万年前からだ、というのが通説のようだ。

火の使用

火の使用の発明、または前回やった石器作製技術の発明・発達は、各地・各時代で散発的に起こったようだ。化石人類の世界では、発明が広がるネットワークが限り無く乏しいために、ある集団が全滅してしまうと、その集団が持っていた技術も伝わること無く消えてしまう。このようなことが無数にあることを最近になって知った。(参考:初期の石器は文化的伝達の産物なのか <雑記帳(ブログ)2017/11/09)

ロビン・ダンバー著『人類進化の謎を解き明かす』(インターシフト/2016(原著の出版は2014年))が火の使用の遺跡を年代順に紹介しているので、これを参考にして箇条書きにしよう。

  • 火の使用を示す確実な証拠は160万年前にさかのぼるが、それ以降なにも発見されていない。
  • 約100万年前になると、ようやく証拠が散発的に見つかるようになる。前回紹介したイスラエルのゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡もこの本で紹介されている*1。しかしその後、ふたたび炉の証拠がない時代が続く。
  • 50万年前から「証拠」が旧世界の三大陸すべてで広範囲から豊富に見つかるようになる。
  • 40万年前以降になると、どの時点でも「証拠」が見つかるようになる。

火を完全に使いこなすようになったのは約40万年前で、いったんその扱いになれると、どこでも意のままに火を絶やさずにおくことや、火をおこすこともできるようになったようだ。火にかかわるこの転換期は、定まった住居(洞窟や小屋を含む)の出現と時を同じくしているらしい。大きな炉は一日に30キログラム以上の薪を必要とすると思われ、これは時間、エネルギー、協力という意味でたいそう大きな需要になる。だれかが、それだけの薪を集めなければならないからだ。これを毎日行なうとすれば、すでに限界に近い時間収支に大きな負担を強いられることになる。さらに、大きな火を絶やさないためには何人かが互いの活動の調整を図らねばならないかもしれない。互いの協力が必要だと認識し、交代しながら火を守るには、言語と認知能力が欠かせないだろう。どちらも大きな脳がなければできない。あとの章では、こうした認知能力を可能にするほど大きな脳が、50万年前の旧人の出現より前にできたわけではないと論じよう。要するに、それよりはるか以前に料理を思わせる証拠(たいてい、黒焦げの骨や種子)はたしかに存在するとはいえ、これらの証拠は料理が40万年前まで食事の際の習慣にはなっていないことを示している。

出典:ロビン・ダンバー/人類進化の謎を解き明かす/インターシフト/2016(原著の出版は2014年)/p155-156(強調は本文では傍点)

ここで主張されていることは、火の使用の起源ではなく、火の使用の習慣化の起源だ。習慣化された火の使用に比べれば散発的に起こった火の使用など重要ではないといえるかもしれない。

ちなみにダニエル・E・リーバーマン著『人体 600万年史』(早川書房/2015(原著の出版は2013年)/上 p162)には「火の痕跡が珍しくなくなったのは40万年前からだ」と書いてある。

50万年前以前に生きたホモ・エレクトスは火の使用を習慣化できなかったようだ。また、この習慣化は「定まった住居(洞窟や小屋を含む)の出現」と時を同じくしているということも重要だ。これは住居の起源といえるのだろう。

火の使用の重要性

火の使用の重要性については、『人体』に簡潔に書かれているので引用。

完全に普及した調理は、人体の姿や生活を変えてしまうほどの進歩だった。まず何より、火を通した食物は生の食物よりもずっとエネルギーの産生量が多く、食べて具合が悪くなる危険もずっと少ない。また、旧人類は火のおかげで慣例な環境でも暖をとれたし、ホラアナグマのような危険な捕食者をよせつけずにもいられたし、夜遅くまで起きていることも可能になった。

出典:人体 600万年史/早川書房/2015(原著の出版は2013年)/上 p162

  • 上の「旧人類」とは、書籍内で便宜的に使用している語で、100万年前以降のホモ・エレクトスの変異体を指す。これにはホモ・ハイデルベルゲンシスなどの異種も含まれる。(p157-161)

さらに、前述のダンバー氏から「肉と塊茎のすべてに火をとおして食べれば栄養素の吸収が50パーセント増える」(p181)ということを前提に引用しよう。

料理によってどんな食べ物でも消化がよくなるわけではない。料理の効果がほんとうに期待できるのは生肉と地中貯蔵器官〔塊茎・根茎のこと、引用者注〕のみだ。ネなどに含まれる滋養に富むが消化の悪い澱粉が加熱によって柔らかくなるのだ。それでも、現在でも狩猟や採集によって暮らしている人びとも肉だけを食べるわけではなく、肉と地中貯蔵器官は彼らが口にする食べ物のおよそ45パーセントを占めるにすぎない。

では、料理が初期ホモ属に与えた恩恵について見てみよう。現生人類のパターンを基準にすると、食べ物の45パーセントで消化効率の50パーセント増加が期待できるので、食べ物全般の質は22.5パーセント上がる。これが意味するのは、摂食時間の100ポイントが栄養素の摂取量に換算して122.5ポイントになるということだ。

出典:ダンバー氏/p149-151

そして、それとは別に「予期せぬ利点」について次のように述べる。

齧歯類の接触行動のメカニズムにかんする最新の研究によれば、ものを食べるとエンドルフィン系が活性する。腹いっぱい食べると満足して、くつろいだ気持ちになるのはこのせいかもしれない。たとえば、祝いの席などでたくさん食べるとエンドルフィンが分泌される。食べ物を料理すると自然に大勢で食べるようになり、このことが社会的結束を固めるのに役立ったかもしれない。食べ物を料理すると自然に大勢で食べるようになり、このことが社会的結束を固めるのに役立ったかもしれない。私たちは一緒に食事にする人に対して暖かく友愛に満ちた気分になる。私達がたくさんの人と食事をともにする社会的摂食を重んじる理由、一緒に食事することが相手と知りあえる自然な方法だと考えがちな理由はこれかもしれない。

出典:ダンバー氏/p181-183

飲みニケーションから披露宴、外交折衝のあとの饗宴など、根本には上のような意味があって、私たちは、科学的にではなく、無意識の中で(遺伝子レベルで?)知っているのかもしれない。



*1:ただしナショナル・ジオグラフィックのニュースでは75万年前とあり、この本では約70万年前とある