歴史の世界

人類の進化:ホモ属各種 ⑥ホモ・ハイデルベルゲンシス

ホモ・ハイデルベルゲンシスまたはハイデルベルク人という名前はそれほど有名ではないが、ホモ・サピエンスネアンデルタール人の共通祖先として重要な種だ。   下はホモ属の系統図。

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Description
English: Chris Stringers' hypothesis of the family tree of genus Homo, published in Stringer, C. (2012). "What makes a modern human". Nature 485 (7396): 33–35. doi:10.1038/485033a.

  • "Homo floresiensis originated in an unknown location from unknown ancestors and reached remote parts of Indonesia."
  • "Homo erectus spread from Africa to western Asia, then east Asia and Indonesia. Its presence in Europe is uncertain, but it gave rise to Homo antecessor, found in Spain."
  • "Homo heidelbergensis originated from Homo erectus in an unknown location and dispersed across Africa, southern Asia and southern Europe."
  • "Homo sapiens spread from Africa to western Asia and then to Europe and southern Asia, eventually reaching Australia and the Americas."
  • "After early modern humans left Africa around 60,000 years ago (top right), they spread across the globe and interbred with other descendants of Homo heidelbergensis," namely Neanderthals, Denisovans, and unknown archaic African hominins.

出典:File:Homo-Stammbaum, Version Stringer.jpgWIKIMEDIA COMMONS*1

生息年代

70-20万年前(諸説あり)

特徴

簡単に言ってしまえば、先祖のホモ・エルガステル(またはアフリカ系ホモ・エレクトス)と後継のネアンデルタール人ホモ・サピエンスの中間の特徴を持っている。

一番注目されるのが、脳容量の拡大だ。生息時代の後期には1300ccを超えて現代人の9割程度の大きさまで達した。

あとは下記参照。

発見・公表

1907年、ドイツのマウエルで砂の採掘現場の労働者Daniel Hartmannが採掘坑で ほぼ完全な下顎の化石を発見した。Mauer 1。正基準標本。
翌1908年に人類学者Otto Schoetensackがこれを独立した種のものであるとして、この種をハイデルベルゲンシスと名づけた。この発表も1984年にオランダ人 ウジェーヌ・デュボワが発表したピテカントロプス・エレクトス(Pithecanthropus erectus)と同様に、受け入れられるまでに長い時間を要した。
ホモ・エレクトス(またはホモ・エルガステル)とホモ・サピエンスの中間的な特徴を持つ。すなわち、ホモ・エレクトスよりは華奢で臼歯が小さい。ホモ・サピエンスよりは頑丈で臼歯は大きく、'おとがい'がない('おとがい'とはホモ・サピエンスだけにある顎の出っ張りのこと)。
2010年に、改めて分析した結果、609,000 ± 40,000年前のものだとされた。

1921年ザンビア北ローデシア(現カブウェKabwe)の鉛と錫の採掘現場で、鉱山労働者のTom Zwiglaarが上顎が付いている頭蓋を発見した。Kabwe 1。
この頭蓋はArthur Smith Woodwardに送られ、Woodward氏はこれを新種と判断しHomo rhodesiensisと名づけた。この頭蓋は正基準標本だ。ただし、現在の学者の多くはこれをホモ・ハイデルベルゲンシスのものとしている。
同じ場所で頭蓋に加えて、脛骨や大腿骨も出土した。年代は300000-125000年前。
エレクトスに近い特徴は、広い矢状隆起と大きな眼窩上隆起がある。ネアンデルタール人に近い特徴としたはoccipital torusと呼ばれる後頭部にある突起を有する。ホモ・サピエンスに近い特徴は脳容量が大きいこと。約1300cc。ただし脳の前部は小さいために顔面がやや斜めになっているがエレクトスほどではない。

1971年、フランス南部トータヴェルTautavelのアラゴ洞窟で、Henry and Marie Antoinette de Lumley夫妻が頭蓋と下顎を発見した。脳容量は1150cc。45万年前。

その他

ネアンデルタール人ホモ・サピエンスの分岐

ホモ・サピエンスは20万年前に出現、ネアンデルタール人は40~30万年前の間に出現したが、彼らは、ホモ・ハイデルベルゲンシスの種内で、DNAレベルで分岐していた。

スペインのSima de los Huesos洞窟の43万年前の複数の化石からDNAを取り出すことができた。この解析によれば、ネアンデルタール人ホモ・サピエンスの分岐は756000~550,000の間だということだ。ホモ・ハイデルベルゲンシスが70万年前に出現したとすれば、彼らは共通祖先ではない可能性もあることになる。(Oldest Ancient-Human DNA Details Dawn of Neandertals<SCIENTIFIC AMERICAN March 14, 2016)

ホモ・ハイデルベルゲンシスの祖先

この種 自身の祖先は? ホモ・エレクトスとする学者が多いかもしれない。

ただし、ハイデルベルゲンシスはアフリカ原産なので、祖先はアフリカ系エレクトスとなる。一部の学者はアフリカ系エレクトスをホモ・エルガステル(H. ergaster ホモ・エルガスター)と呼ぶ。

エルガステルの化石は150万年以降のものは出土していないが、エチオピアのアワッシュ川上流のゴンボレ2(Gombore II)遺跡から出土した化石が両者の間の形態学的な相違を埋めるものとして候補に挙がっているそうだ。(アフリカにおける後期ホモ属の進化 <雑記帳(ブログ)2017/11/29)

上のゴンボレ2の化石をも「アフリカ系エレクトス」としてしまえば、深く考えずに済むだろう。

脳容量の急激な拡大

以前に「ホモ属の特徴について ⑪脳とライフスタイル その6(脳とライフスタイルの進化 前編)」で30万年前あたりで人類の脳容量が急激に拡大したことを紹介した。以下に図を再び引用しよう。

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ホモ・ハイデルベルゲンシスの個々の標本の頭蓋容量を時間軸にそって示す。
● 高緯度個体群(ヨーロッパ)
○ 低緯度個体群(アフリカ)
30万年前までは、気温の降下と緯度の付加的な効果により、時の経過とともい脳の大きさが減ったが、その後これらの制限条件から開放されたことをデータが示している。この制限条件からの解放は、料理に常時火を使うようになったこと、暖かさ、そしてとくに活動時間の長期化とかかわっているかもしれない。出典:DeMiguel & Heneberg (2001)

出典:ロビン・ダンバー/人類進化の謎を解き明かす/インターシフト/2016(原著は2014年出版)/p179

以上は おそらくホモ・ハイデルベルゲンシスと初期のネアンデルタール人と両者の特徴を持つ中間的な化石が含まれている。

この急激な変化の原因をダンバー氏は40万年前から始まった火の使用の習慣化にあるとしている。ただす同氏がかいていることだが、標本の数が少ないので、将来標本が多数出土すればこの仮説は成り立たなくなるかもしれない。

種区分についての問題

ホモ・ハイデルベルゲンシスは標本数が少ないため、ホモ・エレクトスネアンデルタール人、”古代型”ホモ・サピエンスに区分されていた。しかしここ数十年の内に標本数が増えてきたため、独立種として認められるようになった。

もうひとつ、違う問題がある。古人類学に詳しいブログ「雑記帳」から引用。

人類種区分の難しさはいまさら言うまでもありませんが、古代型ホモ=サピエンスまたはハイデルベルゲンシスについては、ホモ=ハビリスのように、分類に悩む人骨を何でも放り込んできたという側面があり、種の水準で異なるかどうかはともかくとして、複数の集団に分類したほうがよい、との見解が提示されるのは当然だろうと思います。私も昨年執筆した文章では、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/052.htm
ハイデルベルゲンシスについて、「多様性が大きく、複数種に区分するほうが妥当である、という可能性はつねに念頭においておきたい」と述べました。

ただ、更新世中期の人骨は少ないので、この時代の各地の人骨の種区分や系統関係については、今後もはっきりしない状況が続くものと思われます。また、人類進化はひじょうに複雑だったでしょうから、その意味でも、更新世中期の人骨の種区分や系統関係を解明するのは難しいところがあります。東アジアの大茘人にしても、東アジアのエレクトスから進化したという可能性もありますが、更新世中期のアフリカの人類との関係も考えられます。

出典:更新世中期の人類の分類学(ハイデルベルゲンシスとは何者か?)

ホモ・ハイデルベルゲンシスに区分されている標本の分類が雑すぎるという問題。これも標本数が少ないため、個体差をどう解釈するかで学界内の意見が一致しないのかもしれない。

参考文献



ネアンデルタール人フローレス人、デニソワ人については、記事「ホモ・サピエンスの「親戚」、絶滅する」で書いた。


*1:著作者:Chris Stringer