歴史の世界

春秋戦国:戦国時代⑬ 諸子百家 その5 儒家(4)孟子(王道思想)

前回からの続きで今回も孟子について。

王道政治

王道と覇道について。

孟子は古今の君主を「王者」と「覇者」とに、そして政道を「王道」と「覇道」とに弁別し、前者が後者よりも優れていると説いた。

孟子によれば、覇者とは武力によって借り物の仁政を行う者であり、そのため大国の武力がなければ覇者となって人民や他国を服従させることはできない。対して王者とは、徳によって本当の仁政を行う者であり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる。

出典:孟子#王覇 - Wikipedia

次に、孟子の説く王道政治について。

孟子は、彼の理想とする政治を実現させてくれるかもしれなかった梁の恵王に対して、

「最低限の衣食住が保証され、故人の葬儀が滞りなく整然と執り行えることが王道政治のスタート地点となる」

というようなアドバイスを授けた。

そのために必要なのは、誰もが安定して収入を得られることで、これを実現するためには教育が欠かせない、と考えていた。[中略]

生活が安定していてはじめて、心も安定するもので、心の安定には学校での教育によって「人間らしさ」「人の道」という道徳を教えることも必要だ、とも考えていた。

これが「王道政治=仁政だ」だ。

孟子が世界に波及させて全国家に採用してほしいと願った理想郷の姿、ともいえる。

出典:熊谷充晃/知っていると役立つ「東洋思想」の授業/日本実業出版社/2016/p68

上のようなことは『管子』牧民篇の一句「倉廩(そうりん)満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」を想起させる。安定した生活がなければ教育も道徳も意味をなさないという至極ごもっともな主張だと思う。

もう一つ王道政治について。今度の引用は批判的なもの。

孟子が説く王道政治の中身は、国内に有っては苛斂誅求によって民衆の生活を脅かさず、国外に対しては侵略戦争によって民衆を殺戮しないとの一点に過ぎないことがわかる。

それでは王道政治の主張は、実現可能であったろうか。答えはもとより否である。なぜなら、孟子が操る論理には、致命的な欠陥が存在するからである。孟子が言うような君主が現れたならば、彼はたしかに国民の人気も高く、諸外国での評判も高まるかもしれない。だがそこから先に嘘がある。外から強力な軍隊が侵攻してきた場合、どんなに民衆の支持が高くとも、それで君主が国家を防衛できるわけではない。防衛の成否は、戦場での軍事力の強弱で決するのであって、人気投票の結果で決まるのではない。

また王道を実践する君主が現れたならば、世界中の民衆が彼の統治を待ち望むなどと言ってみても、他国の民衆が主権国家の枠を超えて、彼の統治下に入ったりはしない。各国の政府がそうした自体を座視・黙認するはずはなく、堰で水の流れを止めるように、強力に自国民を拘束するからである。

出典:浅野裕一/図解雑学 諸子百家/2007/p78

孟子は魏の襄王の会見の時に以下のように言ったという。

「当世の君主は好戦的で、殺人を楽しまぬ者は一人もいない。こうした中で、もし殺戮を好まない君主がいたならば、世界中の民衆は、全員が首を伸ばして、彼の統治を待ち望むに違いない。本当にそうなったときは、水が低地めがけて流れ込むように、世界中の民衆がたちまち彼に帰服します。誰もその大きな流れをふさぎ止められませんよ」(『孟子』梁恵王上篇)

出典:浅野氏/p76

つまり王道政治をすれば、血を流すことなく「世界中の民衆が帰服」する、と説教をぶったわけだ。

これに対して浅野氏は一つ前の引用で批判した。軍事を考えずに人気取りばかりの政治をしていたら国が滅ぶと。こちらもごもっともな意見だ。