歴史の世界

エジプト文明:初期王朝時代⑤ 王号「ファラオ」について/世界初の領域国家/行政組織/文字の進展

エジプト統一からの政治・行政の進展はかなりスローペースだったようだ。行政組織は王族を中心に構成され、王家の家政と国家の区別が曖昧だった。

行政の進展と歩調を合わせるように文字の進展も遅かった。

王号「ファラオ」について

ファラオは古代エジプトの王を表す呼称(称号)。元々はエジプト語で「大きな家=宮廷、王宮」を意味する言葉で、「ペル・アア」(ペル=家、アア=大きい)。

これが、ヘブライ語旧約聖書では「パロ」、ギリシア語新約聖書では「ファラオ」となった。日本ではギリシア語の発音を採用しているようだ。

ただし、「ファラオ」がエジプト王の正式な称号として採用されたのは第18王朝のトトメス3世(前1479年頃 -前1425年頃)が最初で、それ以来習慣化されたらしい。

トトメス3世より前の王の称号はこのブログで何度か紹介した「ホルス名」を含む5種類の王号を使用している(ファラオの称号(五重名)/古代王国 歴史之書-王権の記録-参照)。

世界初の領域国家

領域国家とは?

領域国家という用語は都市国家を念頭に置いて使用される。

都市国家は一つの都市とその周辺にしか支配が及ばないのに対して、領域国家は複数の都市や集落の政治勢力を一つに併合して、支配が領域(領土)全体まで及ぶ状態を言う。

世界初の領域国家

古代エジプトの歴史(エジプト学)では、都市国家という用語は使用しないが、アビュドスやヒエラコンポリスなど都市国家と呼べる(あるいは都市国家に近いといえる)状態はあった。

これらの都市国家あるいは他の政治勢力を併合し、世界初の領域国家を作り上げたのが第1王朝初代ナルメルだ(前3000年頃)。

ちなみにメソポタミアの最初の領域国家はアッカド王国(前2300年頃)(当ブログでは、前田徹氏が主張する《「国土の王」エンシャクシュアンナ(前26世紀頃)の時代が最初の領域国家だ》という説を紹介している《メソポタミア文明:初期王朝時代⑧ 第ⅢB期(その4)初期王朝時代末の画期》)。

行政組織

T.A.H.ウィルキンソンによれば、当時の行政組織は、頂点にファラオとそれを取り巻く王族グループが君臨し、その直下に「宰相」が位置する(図6-3)。

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出典:馬場匡浩/古代エジプトを学ぶ/六一書房/2017/p79

古代エジプトの行政組織あるいは官僚組織は、おそらくナカダⅢ期末(第0王朝)に王家の家政として発生したが、初期王朝時代に入っても家政と国家の区別がはっきりとしていなかった。その規模も小さく、官僚組織は王族中心であった可能性が高い(高宮いづみ/古代エジプト文明社会の形成/京都大学学術出版会/2006/p164, p170)。

行政組織が大規模になって、かつ、整備されるようになったのは古王国時代に入ってからだ。ピラミッド建設という大規模事業が関係していると考えられている(高宮氏/p170)。

初期王朝時代の文字の進展

古代エジプトにおける文字の誕生については記事「先王朝時代⑥ ナカダ文化Ⅲ期 その2」で書いた。

初期王朝時代に、ヒエログリフの崩し字書体である「ヒエラティック(神官文字)」が出現した。

またパピルスが使われていた痕跡は第1王朝まで遡る。

先に述べたヒエログリフヒエラティックという早くから用いられていた二つの書体は、王朝時代に書材や使用目的も異なっていた。ヒエログリフは、文字一つ一つが物の形をほぼそのまま表している象形文字で、通常石造建造物の壁面や石碑に公式あるいは宗教的な文書を刻んで記す際に用いられた。一方のヒエラティックは、ヒエログリフの崩し字体であり、パピルスオストラコン(土器や石灰岩の断片)に、葦の筆とインクを用いて、物語や取引記録などの実用的文書を書くために用いられた。

出典:高宮氏/p246

ただし初期王朝時代の文字の使用については「その記述は概して短く、王名、称号、物品名、地名などの単語が記述の中心」で、連続的なテキストや文章が出現するのは第2王朝末期になってからだった(p255)。

初期王朝時代の文字は、内容的にも出土地域的にも使用が限定されていて、王の周囲にいるごく少数の人々だけがそれを使うことができた。[J.]カールによれば、初期のヒエログリフはコミュニケーションのためよりも、むしろ当時のエリートたちが占有を確保したり、既存の社会秩序を保持するために使用された。

出典:高宮氏/p256

コミュニケーションとしての文字使用は上記の第2王朝末期にようやく始まったばかりだった。(p256)。

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(Kaplony 1963 Ⅲ abb. 368)

出典:高宮氏/p257

  • 上記は第2王朝末のペルイブセン王の印影。これまで知られる限り最古の完全な文章で意味は「彼(神)は、彼の息子(ペルイブセン王)に2つの国土(エジプト)を与えた」。

  • abb. はAbbildungの略。ドイツ語で図・絵の意味。