歴史の世界

中国文明:先史① 旧石器時代 前編(前期・中期旧石器時代)

先史の最初、旧石器時代の話に入る。

旧石器時代の始まりと終わり

中国の旧石器時代の始まりは、当然、最初の人類が住み始めた頃に始まるのだが、最古の人類は誰かという話だ。

私が読んでいる参考図書は2000年前後に出版されたもので(中国の新石器時代を扱う最近の本が見つからなかった)、これらの本には元謀原人(元謀人。中国雲南省元謀の遺跡で発見された化石)がその人だとされている。

元謀原人は180~170万年前と中国では主張されているが、著者達はその数字を認めることに躊躇しているようだった。

しかし2008年に元謀原人の年代測定が再び為されて、170万年前頃、という結果が出たそうだ(東アジアの初期ホモ属 雑記帳/ウェブリブログ 2009/01/07 )。

さらに、元謀原人の次に古いとされてきた藍田原人(陝西省南部)についても最近の調査で「165万~154万年前頃に絞り込まれ」た(藍田人の年代の見直し 雑記帳/ウェブリブログ 2016/05/08 )。

さらに、河北省陽原県の泥河湾盆地では人骨の発見はないものの人類の活動の痕跡が発見され、調査により170万~160万年前頃の跡だと推定されているという(中国北部の170万~160万年前頃の人類 雑記帳/ウェブリブログ 2014/02/13

さらに、今年(2018年)には「212万年前頃の石器」が発見されたと言う。

中国陝西省上陳(シャンチェン)村の遺跡で発見された100個ほどの石器が年代測定の結果、212万~126万年前頃と推定されたという(中国北部の212万年前頃の石器(追記有) 雑記帳/ウェブリブログ 2018/07/12。リンク先のブログ記事からネイチャーやナショジオの記事に行ける)。

私は最古の人類の年代が170万年前というのは古すぎるのではないかと思っていたが、逆に今年になって212万年前という数字が出てきた。

212万年前というのはユーラシア大陸の人類史上、最古の人類になる。そういうわけで中国にとどまらず、世界規模でセンセーショナルな発表ということになる。

時代区分

上の年代区分はかなりアバウトなものなので目安程度で。前期旧石器時代の始まりは上で書いたように、「最古の人類は誰か」という問題が解決していないので(解決しないかもしれない)、設定できない。

西江清高氏によれば*1、大まかな区分として

としている。3つの人類がどのように交代したのかは分かっていないらしい。

「原人」とは初期ホモ属すなわちホモ・エレクトスのこと*2北京原人・元謀原人など。

「古代型新人」はおそらくホモ・エレクトスの後期型と思われるが分からない。「原人」と比べると脳容量は増大したが*3、形質的特徴は「原人」から継続しているという*4

「現代型新人」はわれわれと同じ、ホモ・サピエンスのこと。「ホモ・サピエンスはアフリカで誕生した」というのが一般的(ほぼ確定的)なのだが、中国人学者(の一部?)は多地域進化説を唱え、「現代型新人」は「古代型新人」から進化したと考えている。

その証拠に形質的特徴が受け継がれているではないか!と主張する。代表的な特徴はシャベル型切歯(上の前歯び裏側のくぼみ大きい)で、これは北京原人の特徴であり、モンゴロイドの特徴でもあるそうだ。中国の「多地域進化説」派を反駁する術を私は知らない。

石器について

(石器の種類については記事「ホモ属の特徴について ④打製石器」で書いたので参照)。

旧石器時代の石器は ほぼ打製石器

前期・中期旧石器時代で発見される石器はオルドワン型石器群という石器の中でも最初期のものに限られる。ヨーロッパなどでは「アシューリアン石器群」とか「ムステリアン石器群」などと発展していったのと対照的だとされる。

ただし、オルドワン型石器群の中で、時代により変化がある。ヨーロッパ人が作り出した石器の発展の区分*5が中国の石器の区分に適していないのかもしれない。

さて、中国における石器の変遷の話を進めよう。

前期・中期旧石器時代

オルドワン型石器群

まずオルドワン型石器群の説明から。

この石器群は大小の石(礫=れき・つぶて)から作られる。「礫を打ち欠いて制作した簡単な礫器や剥片」*6

詳しくは「ホモ属の特徴について ④打製石器」参照。

前期旧石器時代について

[前期旧石器時代の]石器は華北と華南で構成が異なる。華北では大型の製品と小型の剥片が出土する。華北では大型の製品と小型の剥片石器が出土する。前者の製品としてチョッパー・チョッピングトゥール・大型尖状器があり、後者の製品としてはスクレイパー・小型尖頭器がある。華南では前期を通して大型のチョッパーが主となり、これに不定形の剥片石器が加わる。

出典:小澤正人・谷豊信・西江清高/中国の考古学/同成社/1999/p22(小澤氏の筆)

  • 上の引用の「華南」は華中も含んでいる。中国本土(シナ)を三分する時は「華北・華中・華南」、二分する時は「華北・華南」。要注意。

中期中期旧石器時代について

[中期旧石器時代の]石器は華北では大型の製品と小型の剥片石器の組み合わせから、大型の製品が衰退する傾向が見られる。そして後半になると定型的な剥片を素材として、多数の石器を作り出す技術が定着する。これに対して華南では前期以来のチョッパーなどの礫器と不定形な剥片による石器群が継続している。

出典:同書/p26-27

  • こちらも「華南」は中も含んでいる。

華北と華中・華南の石器群の差異を生んだ要因として、自然環境に由来する生活様式の違いが指摘されている。高温多雨な気候下で竹林などの森林が発達し、森林棲(せい)の動物食とともに植物食に依存することが多かった南方では、植物の根を掘ったり、木を切るのに適した大型の礫器が有効であったのに対し、冷涼乾燥した草原環境のもと、草原棲の動物に依存することが多かった北方では、削ぐ、切るといった肉の処理に適した小型剥片石器が有効であったと考えられる。環境への適応と関係した北と南の石器群の違いは、最終氷期をむかえた後期旧石器時代にはいっそう鮮明になる。

出典:世界歴史体系 中国史1 先史~後漢山川出版社/2003/p21-22(西江清高氏の筆)

ただし、シナの南西部の雲貴高原あたり(つまり山地・高原)では、多種の定型的な剥片石器を主としている*7。この地域では動物食の依存度が高かったようだ。

華南の森林棲(せい)の動物食はパンダと剣歯象(ステゴドン)とのこと。これらの動物の狩猟は華北の石器群のような専門性を要しなかったか、有機物の狩猟具が存在したのかもしれない*8



*1:世界歴史体系 中国史1 先史~後漢山川出版社/2003/p19

*2:上で紹介した212万年前の石器と推定されているものが受け入れられれば、ホモ・エレクトスよりも古い人類かもしれない

*3:藍田原人が780cc、北京原人が900-1200ccにくらべて、「古代型新人」の金牛山人は1390cc

*4:西江氏/p17

*5:G・クラーク氏が発案した「モード論」が有名

*6:オルドワン石器 - Wikipedia

*7:国史1/p21

*8:中国の考古学/p32