歴史の世界

【地政学】チョークポイントと拠点

チョークポイントと拠点。地政学で使われる用語。他分野でも使われる言葉だが、地政学ではどういった意味合いを持つのか?

チョークポイント

地政学者の奥山真司さんが以下の動画でチョークポイントについて説明している。

上の動画に付け足すことは実は無いのだが、動画が削除されることを考えて、書いておく。

まず、世界の代表的なチョークポイントは↓。

出典:奥山真司/サクッとわかる ビジネス教養  地政学/新星出版社/2020/p22

中東から日本に運ばれる石油はマラッカ海峡を毎日 通っており、ここを敵に封鎖されると日本は何もできなくなる。

「チョークポイント」とは、海路における重要な地点、要衝のこと。マラッカ海峡のように そこを通らなければ反対側に行けない場所のこと。

奥山氏によれば、世界の多くのチョークポイントは世界覇権国アメリカに握られている、とのこと。

アメリカはいざとなったらマラッカ海峡を封鎖できる。仮に日本とアメリカが戦争寸前まで関係悪化するようなことがあれば、アメリカの選択肢にマラッカ海峡封鎖というものが挙がってくる。

チョークポイントを握ることによって、他国を「低コストで」コントロールできる、というのが地政学の考えだ。

拠点

地政学において「拠点」という用語が一般的な意味とは他に、地政学においてどのような役割をもたせているのか?

あるエリアをコントロールするには、その付近に拠点をつくり、レーダーで監視したり、軍艦を駐屯するなどして影響力を保持します。

出典:同掲書/p26

日本の沖縄や横須賀はアメリカにとっての不可欠な拠点だが、西太平洋・東・東南アジアに対する影響力行使の他に、中東へ行くための中継基地(ロジスティクス)の役割などもある。

日本もアフリカのジブチに拠点を持っている当初はソマリア沖の海賊被害に対応するためだったが、現在は同様に駐屯している国々との意見交換、周辺国の情報収集なども行っており、なくてはならない拠点として恒久化したとのこと。さらにはこの地に中国も初の海外拠点を設置したため、中国の動向の監視も行っているという。

さらには、逆に、中国を含む各国も日本を行動を見ている。そういう意味では日本も影響力を行使していると言えなくもない。



【地政学】バランス・オブ・パワーと分割統治(ディバイド・アンド・ルール)

国際時事問題のニュースでたまに見聞きする用語。バランス・オブ・パワーと分割統治(ディバイド・アンド・ルール)。

これらは地政学関連の言葉らしい(国際政治・国際関係論・世界史などにも出てくる)。

分割統治(ディバイド・アンド・ルール)

分割統治は古代ローマで用いられた統治術で、その後の歴史でも使われ続けたらしい。高校の世界史で習うレベルの用語。

支配者が被支配者を分割、すなわち被支配者の団結を妨げて分裂させ、それをもって統治を容易にさせようとすること。「分割して統治せよ」ということばは、元来は古代ローマ帝国のその支配地域における統治術をさしたものである。そこでは被支配部族・民族が互いに離反・対立するように策し、ローマの支配に対する彼らの敵愾心(てきがいしん)を分散させ、被支配者の連帯よりもローマへの忠誠心を生み出すようにした。そうすることでローマ帝国の統治を容易にした。こうした統治術は植民地時代に欧州列強によって用いられ、イギリスやフランスなどは分割統治を原則として植民地住民を統治した。たとえば、スーダンにおける統治でイギリスは北部住民(アラブ系)と南部住民(ネグロイド系)の対立を利用し、南部住民を軍隊に用いて北部住民を抑え込むなどした。[以下略][青木一能]

出典:小学館日本大百科全書(ニッポニカ)/分割統治とは - コトバンク

具体的な方法についてはここでは触れない(《分割統治 - 世界史の窓》などを参照)。

上記のように近代ヨーロッパでも用いられ、特にイギリスが行ったインドの統治は有名だ。

この手法は地政学の歴史で言えば、スパイクマンが主張したことを前回の記事で書いた。

バランス・オブ・パワー(勢力均衡)

「バランスオブパワーには二つある」

奥山真司氏のブログに 「バランスオブパワーには二つある」 というタイトルの記事がある。

一つは、「全体的に力が均衡しているために安定している状態ができている」という一般的でスタンダードな「均衡による安定」。世界史の授業に出てくる「勢力均衡」はこれのこと。

もう一つは、圧倒的な力を持っている国(覇権国家)にとって「都合の良い有利なバランス」という「非均衡による安定」。これは地政学的なもの。

この2つについて以下に説明する。

1つ目のバランス・オブ・パワー

勢力均衡
バランス・オブ・パワーの訳。国際政治において1国また1国家群が優越的な地位を占めることを阻止し,各国が相互に均衡した力を有することによって相対的な国際平和を維持しようとする思想,原理。国際政治における安定が本来の目的であるが,実際には,常に相対的優越を確保しようとする意思が国家や国家群にあるため,勢力拡張や軍拡競争を招く傾向が強まり,国際的危機の一時的休止状態ともいえる。

出典:平凡社百科事典マイペディア/勢力均衡とは - コトバンク

バランス・オブ・パワーの「原理」は、近世ヨーロッパで出てきたものだ。具体的な現象は、1つの国が軍事強国となって隣国を侵略しようという段階になると、他国が同盟を組んで軍事強国を抑え込もうと動く。代表例はナポレオン戦争だ。ナポレオン戦争の後のウィーン体制は勢力均衡の1例として高校世界史で教えられる。

高校世界史では、(西)欧州におけるバランス・オブ・パワーの「原理」は近世から始まって第一次大戦で終わることになっている。

もう一つのバランス・オブ・パワー

次が地政学で使う方のもの。

上記の「非均衡による安定」とは、覇権国(最強の国家)が他の国々をコントロールして、現状を覆そうとする気を起こさせないように仕向ける「戦略」のこと。この時、覇権国はバランサーと呼ばれる。

具体的なやり方を2例 説明する。

1つ目。覇権国に取って代わろうとする国(第二位の国)を、第三位の国と同盟して潰す(または対立する)。そして第二位と第三位が入れ替われば、また同じことをする。

もちろん、二位・三位連合を実現させないための手を打っておくことも必要だ。これは分割統治の応用と言えるかもしれない。

地政学の歴史の見方によれば、19世紀から第一次大戦までのあいだは大英帝国が世界覇権国だった。この間は高校世界史の歴史観と異なっている。すなわちウィーン体制は世界覇権国イギリスの下で作り上げられたバランス・オブ・パワーだというのだ。

そして、第一次大戦後はアメリカが世界覇権国になり、現在もそれが続いている。米ソ冷戦の時期は第二位がソ連で、現在の米中冷戦は中国だ。ちなみに、米ソ冷戦後の1990年代は図らずも日本が第二位の国と勘違いされて(そんな意志はないのに!)、クリントン政権は日本を経済的に攻撃した(ジャパンバッシングはその前からあったが)。

2つ目。上述した。分割統治の応用。覇権国が工作して他の国どうしの仲を悪くさせるというもの。

現代の世界覇権国アメリカはこの手法を用いていると言われている。日本関連で言えば、日中関係や日韓関係の不仲にはアメリカが一枚噛んでいるという話だ *1

ただし、「離間工作」という言葉があるように、仲違いさせる戦略(戦術?)は覇権国の専売特許ではない。

現在のバランス・オブ・パワー

21世紀も2010年代に入ると中国が経済・軍事大国として台頭し、後半になるとアメリカに取って代わって世界覇権国なるという野望を露わにして行動するようになった *2。 。このような行動にアメリカは反応して、現在の米中冷戦に突入した。

アメリカは「技術が盗まれた!」とか「ウイグル人を迫害するな!」と声高に言っているが、これらの問題は以前から明らかにされていた問題だった。経済において中国はアメリカのお得意様だったこともあり、最近までこれらを見て見ぬ振りをしてきた。それが覇権国の地位が脅かされると気づいた途端に、米中冷戦を挑んだのだ。

バランス・オブ・パワーの前提:アナーキー無政府状態

国際政治の場には「世界政府」などというものはなく「世界警察」もない。つまりアナーキーなのだ。

アメリカを世界警察のようにいう人もいるが、上記のようにアメリカは自国の国益に従って行動しているだけだ。アメリカは警察に例えるよりはヤクザの親分に例えるほうがわかりやすいだろう。

こういったことは、倉山満氏が主催するチャンネルくららで教わった。例えば以下の番組。

[【11月12日配信】特別番組田沼たかしが訊く、「国際法で読み解く世界史の真実」倉山満・小野義典【チャンネルくらら】 - YouTube](https://www.youtube.com/watch?v=mQz8PnUZZRU)

この番組は、国際社会を「仁義なき戦い」に喩えて、国際法は「ジンギ」、条約は「サカヅキ」と言っている。結局はこれらは力関係の下で成立しているものであり、力関係が変われば破られることが少なくない。

国際社会では国際法や条約を破っても、これを裁く世界権力などない。 国際的な司法はあるにはあるが、それらは違反した国家に対しての強制力を持っていない。



*1:奥山真司/地政学アメリカの世界戦略地図/五月書房/2004/p73

*2:鄧小平から胡錦濤までは、そのような野望は持っていたものの、猫かぶりをしていた(韜光養晦)。

【地政学】ハートランドとリムランド

前回からの続き。

今回はハートランドとリムランドについて。

地政学の開祖ハルフォード・マッキンダーと「ハートランド

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出典:出典:"The Geographical Pivot of History", Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904)《ハルフォード・マッキンダー - Wikipedia より》

さて、ここで地政学の開祖と言われるハルフォード・マッキンダー(1861-1947、イギリス)の話を書く *1。彼が主張した世界地図の見方は地政学の原点だ。

マッキンダーが示した仮説の主張の論点は4つ。

  1. 世界は閉鎖された空間になった。
  2. 人類の歴史はランドパワー(陸上権力)とシーパワー(海上権力)による闘争の歴史である。
  3. これからの時代はランドパワーの時代。
  4. 東欧を制するものが、世界を制する。

出典:奥山真司/地政学アメリカの世界戦略地図/五月書房/2004/p26

1つ目の意味。彼が発表した1904年にはヨーロッパの世界侵略が一段落ついて地球上に侵略する場所は残っていなかった。「世界は閉鎖された空間になった」の意味は「ヨーロッパ列強は侵略し尽くしてしまったので、この後は列強どうしの奪い合いになる」ということを意味する。この仮説は2つの大戦があったことで正しかったと言える。

2つ目。ランドパワーの代表例は前近代はモンゴル帝国(運搬・機動力は騎馬)、近現代はソ連(ロシア)・中国(運搬・機動力は鉄道)となる。
シーパワーの代表例は前近代はイスラム帝国(運搬・機動力は船)、近代はイギリス(運搬・機動力は船)、現代はアメリカ(運搬・機動力は船)となる。

この「闘争の歴史」は両者は絶えず、闘争を続けており、それは現在・未来も変わらないということだ。

この仮説は、正しいか否かという問題ではなく、世界史の見方の一つである(とくに地政学においては)。

3つ目。マッキンダーが活躍した時代は大英帝国の世界覇権の斜陽の時期で、彼は、大英帝国と世界覇権争い(グレート・ゲーム)を演じてきたロシアが(鉄道網を広げて)大英帝国に取って代わって世界覇権国になるだろうと予言している(現実では米ソ冷戦になったので、半分当たっている)。

4つ目、「東欧を制するものが、世界を制する」。

マッキンダーは1919年に発表した『デモクラシーの理想と現実』で以下のように主張した。

東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する *2

「世界島」とはアフロ・ユーラシア大陸(ユーラシア大陸+アフリカ大陸)のこと。

ハートランド」という用語は上述の「pivot area(中軸地帯)」に東欧を含めた造語と説明されることが多い。また、この用語は「海側から船で川を遡ってたどり着けない場所」と説明されている。

イギリス人であるマッキンダーは、ヨーロッパ(シーパワー)の平和・安定に絶対不可欠なものは、ランドパワーとの間にある東欧の安定だ、と考える。 *3

シーパワーがランドパワーの土地を直接に統治支配することはできないので、シーパワーは東欧を(シーパワーに有利な状態で)安定させることが、「東欧を支配する者はハートランドを制する」の具体的な答えとなる。

ただし、マッキンダーが描くハートランドは東欧だけでなくドイツも含まれている(マッキンダーはロシアとドイツを仮想的と考えていた)。つまり、マッキンダーが主張している当時は、マッキンダーの理論から見れば、3つ目の「ランドパワーの時代」ということになる。

マッキンダーが亡くなって米ソ冷戦に突入した時、シーパワー側の親分であったアメリカはシーパワー/ランドパワーの間に鉄のカーテンを設けて、「封じ込め政策」を実行した。冷戦後、ヨーロッパはEUを作って東欧諸国を西ヨーロッパ陣営に引き込んでいる。このような情勢を考えれば、現在のハートランドマッキンダーが想定していた範囲より狭いと考えたほうが良さそうだ。

「リムランド」の発案者ニコラス・スパイクマン

ハートランド」の用語を言い出したのは上記の通りマッキンダーだが、「リムランド」を言い出したのは、アメリカの国際関係学の教授ニコラス・スパイクマン(1893-1943)だ。

スパイクマンは1940年代(第2次世界大戦中)に活躍した学者。

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出典:日本の国のかたち/防衛・安全保障の在り方 – 広範な国民連合

彼の言う「リムランド」とは上記でマッキンダーが提示した地図の「 Inner or marginal crescent」の領域。「ハートランド」はこの地図の「pivot area」に相当しこれがランドパワー。シーパワーは「Lands of outer or insular crescent」を指すが、実際にはアメリカ合衆国本体のことだ。アメリカ人であるスパイクマンは「ヨーロッパの紛争にアメリカはどう対応スべきか?」を考えた結果、当時のアメリカを覆っていたモンロー主義アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉主義)を批判して、積極的に干渉していくべきだ、と唱えた。その主張のために生み出した理論・概念の一部が「リムランド」だ。

まず、基本的な地理情報として、「ハートランド」は広大で鉱物などの資源を多く有してはいるが寒冷少雨で人が生活するには厳しい環境である。だからユーラシアにおいて人口は「リムランド」のほうが圧倒的に多い。鉱物資源は少ないが、海運を使った自由で活発な交易によってカバーできる。さらにはモノだけでなく、情報も大量に往来するため文明の発展がしやすい。

スパイクマンは上記の基本情報に注目した上で、「リムランドを制するものは、世界を制す!」と主張した。

イギリス人のマッキンダーが「東欧を制するものが、世界を制する」と言ったことを、アメリカ人のスパイクマンが「リムランドを制するものが、世界を制する」と言い換えただけだということがわかる。彼が主張する「リムランドはシーパワー(=アメリカ)とハートランド(=ランドパワー=ドイツ・ソ連)の衝突の場所」と言っているのもマッキンダーの主張の言い換えだ。

第二次大戦中に東欧はハートランドの内側に入ってしまったので、アメリカはリムランドに積極的に介入してハートランドの膨張を抑え込まなければいけない、というのがリムランドの主張のキモである。

以上、スパイクマンとマッキンダーの関係について書いたが、奥山真司氏によれば、スパイクマンは「マハン2世」だという。

奥山氏はマハンの特徴の一つとして「兵糧攻め(経済封鎖)」を挙げている *4。 マハンの理論に忠実な現代アメリカは大日本帝国イラク北朝鮮そして中国に経済封鎖を仕掛けている。このような行為はアメリカは「戦争をしている」という意識でやっているという。だから21世紀の米中冷戦はすでに戦争状態と考えている(だからcold warなのだが)。

だとすると、マハンはマッキンダーの前の世代なので、マッキンダーの「東欧を制するものは~」の発想はマハンから来たのかもしれない。

話をスパイクマンに戻すと、スパイクマンはハートランドからリムランドを引き剥がせば、大半が不毛地帯であるハートランド兵糧攻めにより参ってしまうだろうというのだ。

こういった理論を元にスパイクマンは、「アメリカは世界覇権を握るために、イギリスと日本と手を結ばなければならない」 *5 とした。

スパイクマンは上記のような主張をする一方で、「リムランド内の国どうしが仲良くなることはアメリカの国益に適わない」と主張する。これはリムランド勢力が団結してアメリカに対抗してくることへの警戒だ。奥山氏は、戦後のアメリカが日中関係や日韓関係を二枚舌でかき乱しているのはスパイクマンの「リムランド分裂戦略」がその根底にある、としている。さらに言えば、このようなやりかたは、古代ローマからつづく「分割統治(Divide and rule)」そのものだ。 *6

ところで、奥山真司『サクッとわかる ビジネス教養  地政学』では、ハートランドの領域は以下のように示されている。

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出典:サクッとわかる ビジネス教養  地政学/新星出版社/2020/p25

スパイクマンは日本・イギリスとリムランド勢力としたが、奥山氏の地図ではその域外つまりシーパワー勢力として描かれている。単に、現在のち声楽ではこのように考えられているのかもしれないと考えたのだが、単に話を簡単にするために便宜的に上のような図にしただけかもしれない。

まとめ

ハートランド・リムランド」論はスパイクマンの主張で、この主張はマハンからの流れを汲み、現代アメリカの戦略の基本の一部になっている。



*1:マッキンダーの前にドイツのフリードリヒ・ラッツェルスウェーデンのルドルフ・チェレンなどが地政学の歴史の最初期の重要人物として挙げられている。

*2:デモクラシーの理想と現実 - Wikipedia

*3:地政学アメリカの世界戦略地図/p35-36

*4:地政学アメリカの世界戦略地図/p35-36/p62-63

*5:上掲書/p72

*6:p73

【地政学】ランドパワーとシーパワー

奥山真司氏によれば *1、 18世紀末から19世紀初頭にかけてマハン(アメリカ)がランドパワーとシーパワーの概念を提唱し、マッキンダー(イギリス)がハートランドという概念を提唱した。 そして第二次大戦の時期にスパイクマン(アメリカ)によってリムランドが提唱され、地政学の基礎が完成・体系化されていった。

この記事では、まずランドパワー・シーパワーとハートランド

ランドパワーとシーパワー

ランドパワー/シーパワーという用語を始めに使ったのはアメリカ海軍の軍人・戦略研究者のアルフレッド・セイヤー・マハン1840年-1914)。

ランドパワー・シーパワーの説明。奥山真司『サクッとわかる ビジネス教養  地政学』(新星出版社/2020/p23)によると、

ランドパワーとは、ユーラシア大陸の内陸の国々(勢力)。代表例はロシア・中国。利益(資源・交通など)を内陸に求める。陸軍が強い。

シーパワーとは、ユーラシア大陸の周辺部あるいはその周りの島々の国々。つまり海洋に面した国々。代表例はアメリカ・イギリス・日本。利益を海洋に求める。海軍が強い。

ただし、学者や時代によって「国々」の構成が変化する。現在は上記の構成だが、一次/二次大戦の時期はランドパワーの代表としてドイツが挙げられる。未来はインドが大国となると目されているのだが、どちらになるのだろうか(普通に考えればシーパワーだが)。

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出典:出典:"The Geographical Pivot of History", Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904)《ハルフォード・マッキンダー - Wikipedia より》

  • 「pivot area」≒ランドパワー
  • 「 Inner or marginal crescent」+「Lands of outer or insular crescent」≒シーパワー

地政学では、アメリカ大陸やオーストラリア大陸は「島」で、ヨーロッパ大陸は「半島」として扱われる。だから米・豪・西欧はシーパワーとなる。

この対となる用語(概念)で重要なことは2点。

ランドパワーとシーパワーの違いは以下の記事で書いたので参照のこと。

「地政学とは何か」を考える - 歴史の世界を綴る

簡単に書くと、

決定的に違う両者は水と油の関係で、一つになる(両立する)ことができない。せいぜいその境界に位置する勢力(緩衝地帯、例えば東欧)がどちらかに変わるくらいなものだ。

地政学の両者の見方は、決定的な違いを背景に闘争する運命にあり、歴史がそれを証明し、これからの未来も闘争し続けるだろう、というものだ。




続き(ハートランドとリムランドについて)は次回書く。


*1:サクッとわかる ビジネス教養  地政学/新星出版社/2020/p14

地政学と地理と日本の関係(敗戦後、GHQに地理の授業を禁止された)

地政学はGeopoliticsの訳語。Geoが地理学を、politicsが政治学を表す。だから地政学とは地理学を応用して政治に使う学問である、と言っても間違いではないとは思うが、この説明では誰も納得しないだろう。

この記事では、地理学とは何かについてと、日本における地政学と地理学の歴史について書いていきたい。

地理学

地理学の源流は古代にまで遡るが、近代の地理学が出来上がるのは大航海時代以降の地理的視野の拡大や近代諸科学・科学技術の発達が必要だった。

地理学の分野は大きく分けて「系統地理学」と「地誌学」に分けられ、「系統地理学」はさらに「自然地理学」と「人文地理学」に分けられる。

  • 自然地理学:植生、地形、気候などを扱う。
  • 人文地理学:産業、文化、集落、交通、人口などを扱う。
  • 地誌学:多種の系統地理学的知識を用いて特定の地域の性格について考察する。 *1

近代地理学は19世紀後半から20世紀前半にかけて確立するわけだが、この時代は欧米による世界侵略競争の時代と重なり、地理学は軍事の一役を担ったと言える(そして地理学と戦争の関係から地政学が生まれる)。

日本の「地理」と欧米の「地理」

奥山真司氏によれば、日本人の「地理」のイメージと欧米のそれは全く違う。

私自身は「地理」といえば学校の授業科目の一つで、無味乾燥な暗記科目というイメージが最初に浮かぶ。その他に思い浮かぶのはせいぜい「土地や気候などを学ぶ科目(学問)」くらいだろうか。

しかし、奥山氏によれば、《日本人は「地理」の意味を決定的に勘違いしている》と書いている。

欧米で「地理」といったときに、日本の感覚とは決定的に違うことがひとつある。それは、地理には「人間の心理」が絡んでくるという理解がある点である。

欧米の学者は、そもそも「地理学/ジオグラフィー」という言葉には、もともとの意味に「地球の表面に展開される、すべてのことを描き出すこと」というニュアンスがあることを知っている。なぜなら「ジオグラフィーgeographyという言葉には、もともと「(人間が)地球(ジオ)を(主体的に)描く(グラフィー)」という、人間の主観の働きが介入している、という意味が暗示されているからだ。

よって、欧米の学者には、地理学という「地球描き」には、地球の表面の地形や天候だけではなく、そこに住んでいたり観察したりする人間(の感覚)も含まれてくると知っているのである。

出典:奥山真司/"悪の論理"で世界は動く!~地政学—日本属国化を狙う中国、捨てる米国/フォレスト出版/2010/p15

上記の考えに私たち日本人が違和感を持つ理由の一つとして、ユダヤキリスト教という素地を持つか持たないかの違いが考えられる。

旧約聖書の創世記の第1章26節には《神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」》 *2 とある。

また、近代地理学が確立した19世紀後半から20世紀前半はヨーロッパの世界侵略競争の時代であったことも関係してくるだろう。「世界は人間(ヨーロッパ人)によって支配されるべきもの」だったのだろう。

こういった地理の部分、つまり「無味乾燥」ではない生々しい「支配したい」という人間の欲望の部分が政治(軍事を含む)とつながって地政学という学問が確立(独立)したのだが、キリスト教に疎い私のような日本人には上記のような考え方を骨の髄まで理解することはできない。

敗戦後、GHQに「地理」の授業を禁止された

日本の地理学・地政学の受容

日本が地理学を輸入したのは明治期だった。近代化の一環、西洋文明の受容の一部として地理学も輸入した。

また、地政学においてはドイツとアメリカから輸入した。

特に興味深いのはアメリカからの輸入の方だ。アメリカ海軍に所属していた戦略家 アルフレッド・セイヤー・マハン(1840-1914)は司馬遼太郎坂の上の雲』に登場する人物なので知っている日本人も多いだろう。この小説の主人公 秋山真之はマハンに師事して、地政学を日本に持ち帰り、日露戦争の勝利に貢献した。その後日本海軍はマハンの「忠実な実行者」となった *3

一方、ドイツから「ドイツ地政学」と呼ばれる系統のものが導入された。こちらのほうが日本では主流だったらしく、「地政学はゲオポリティークGeopolitikの訳語だ」という紹介のされ方をよく見る。マハンが海軍つまりシーパワー側の観点の地政学だったのに対し、「ドイツ地政学」は陸軍ランドパワーの観点が主力(のような気がする)。

禁止された地政学・地理学

現在の日本において、地政学と聞いて違和感を持つ人が多いであろう。それは、戦前日本の地政学が、ドイツ地政 学を導入することにより、大東亜共栄圏を根拠付け日本の膨張政策を推進したとして、戦後 GHQ により禁止され、その後、学会においてもネガティブなものとしてタブー視されたためである。

出典:庄司潤一郎*4地政学とは何か−地政学再考−(PDF

正確に言うと、GHQは修身・国史と共に地理の授業を禁止した。戦後直後のアメリカ(というかマッカーサー)は日本を二度とアメリカに歯向かうことができないように、徹底して戦争ができない国にしようとした。そのことについて詳しくは以下の動画を参照のこと。

戦後直後に禁止されたのは分かるが、ではなぜ今の今まで地政学が復活しなかったのかと言えば、戦後直後の既得権益者の系譜が現在まで続いているからだ。その一部が菅(すが)政権発足後に有名になった日本学術会議で、彼らはずっと大学に軍事研究をさせないように圧力をかけてきた。ぜんざいの日本人の地政学の理解が低いのは彼らに原因の一分がある。



「地政学とは何か」を考える

地政学とは何か」を考える。

地政学とは何か

地政学というのは簡単に言うと、ある国が他国/他地域を支配するためのツールの一つである。

「ある国」というのは主にアメリカやロシア・中国のような世界覇権を争う大国のことで、彼らは世界地図を見ながら地政学を使って他地域を支配する戦略・政策を立てている。つまり地政学は戦略・政策を考えるためのツールと言うこともできる。その一方で、戦略・政策を語り合うための共通知識であり、素人(政治家を含む)を説得させるためのツールにもなっている。

さて、では「他国他地域を支配するためのツール」が一体どのようなものなのか?このブログではマクロ的な部分とそうではない部分に分けて説明したい。

(別の記事で、以下の説明よりももう少し詳しい説明をする予定)

マクロ的な地政学

地政学で一番知られている用語はランドパワーとシーパワーだ。

現代地政学の開祖と言われるハルフォード・マッキンダー(1861-1947、イギリス)は、「人類の歴史はランドパワーとシーパワーの闘争の歴史である」とする。

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出典:出典:"The Geographical Pivot of History", Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904)《ハルフォード・マッキンダー - Wikipedia より》

  • 「pivot area」≒ランドパワー
  • 「 Inner or marginal crescent」+「Lands of outer or insular crescent」≒シーパワー

ランドパワーとは、ユーラシア大陸の内陸の国々。代表例はロシア・中国。利益(資源・交通など)を内陸に求める。陸軍が強い。

シーパワーとは、ユーラシア大陸の周辺部あるいはその周りの島々の国々。つまり海洋に面した国々。代表例はアメリカ・イギリス・日本。利益を海洋に求める。海軍が強い。

地政学では、アメリカ大陸やオーストラリア大陸は「島」で、ヨーロッパ大陸は「半島」として扱われる。だから米・豪・西欧はシーパワーとなる。ただし、フランスやドイツはランドパワーとして扱われることがある(ナポレオン・フランスやナチス・ドイツなど)。(以上、奥山真司『サクッとわかるビジネス教養 地政学』p22-23参照) シーパワーとランドパワーは特性(習性)が異なる。

平間洋一氏によれば、

シーパワーは、広い海洋を活動フィールドとして持ち、豊富な海洋資源を有し、さらに自由が利く交易が可能となり、小規模な組織体でも独立が可能で、他国とも比較的平等な国際関係を築くことができる。国家体制も比較的平等なものとなる(民主主義が発達する素地がある)。

一方、ランドパワーは、資源が(場所的にも量的にも)限定的で、周りは隣接国に囲まれているため、交易の自由度が低く、領土紛争が絶えない。領土紛争を無くすためには、主従関係をはっきりとするか併合してしまうかの二択になるため、国際関係は平等とは程遠いものになる。国家体制も専制的なものとなる。(以上、地政学と歴史から見た北東アジアの安全保障 参照)

上記の説明だとシーパワーの方が良いことばかりだとなる。事実、シーパワーの国々のほうが生活環境が良くて人口も多いのだが、シーパワー国家は小規模なので大国のランドパワー国家の圧力に弱いという欠点がある。

最後に、もう一つ重要な点。「ランドパワーとシーパワーは両立できない」。

上述の通り両者は特性が異なるため、両方の性格を持つことは基本的にはできない。ただし、もっと簡単な理由を言えば、両立させようとすれば資源を二分しなければならず、結果的に弱いパワーを2つ持つだけになってしまうからだ。

非マクロ的な地政学

マクロ的な見方以外で、重要なのは「地理」。地政学(地理政治学)は地理を土台として戦略を考えるツールなのだから、当然のことながら地理は重要なものだ。

私たちが高校の地理の授業では地形・場所以外に農産物・鉱物・主な生業・宗教・国家体制など様々な国/地域の基本情報を習うが、地政学でもこれらは基本情報となる。

一方、奥山真司氏によれば、「地理」は単純化すれば、「天・地・人」の3つの要素で成り立っているという(『"悪の論理"で世界は動く!』p107)。

  • 「地」とは現実の地理。私たちが高校で習った基本情報のこと。
  • 「天」とは「人間の頭の中にある地理」つまり人間の感情や心理面、感覚という色眼鏡で見た地理のこと *1
  • 「人」とは人が作ったもの、テクノロジーのこと。前近代にはなかった鉄道や飛行機あるいはインターネットなどの通信技術によって、人間の「地理」の見方が大きく変わることになる。

終わりに

以上に書いた説明以外にも重要な事柄はある。それらについては別の記事で書いていく。

地政学的な考え方は古代の書物にも書かれているが、これらを体系化したのは近代に入ってからだ。地政学の歴史についても、別の記事で書くつもりだ。



*1:「感情などで歪められた地理」と言えるかもしれない

「地政学」シリーズを書く

今回から地政学について書いていく。

地政学」の需要の高まり

ニュースで「地政学的に〇〇だ」みたいな形でたまに見聞きする。例えば「日本にとって台湾は地政学的に重要だ」など。「台湾」の代わりに尖閣や沖縄を代入しても同じ。

言わんとしていることは「安全保障上」重要だということは理解できるが、このフレーズは「地政学って何?」という疑問を読者・視聴者のアタマに植え付けることとなる。

ある文章によると「地政学」をタイトルに含む本の出版数が、2000 年代の10年間で 34 冊だったが、 2016年が29 冊、 2017年が27 冊であったという。 *1

2020年6月に出版された奥山真司(まさし) (監修) 『サクッとわかるビジネス教養 地政学』という本が3ヶ月で10万部も売れた(と出版社が大宣伝している)。

地政学」に関する需要は、おそらく中国の軍事的な存在感(プレゼンス)が原因だと思われる。中国の太平洋における漸進的な侵略(サラミ・スライス戦術)に対して、ニュース解説において「「地政学的に~」というフレーズの頻度が多くなっているのかもしれない。

そして米中冷戦に突入している今はさらに不安が高まり、「地政学」への需要も増えているようだ。

地政学」を簡単に説明すると...

地政学というのは簡単に言うと、アメリカやロシア・中国のような世界覇権を争う大国が世界地図を見ながら他地域を支配するためのツールの一つである。地政学は戦略を考えるためのツールであり、語り合うための共通知識であり、素人(政治家を含む)を説得させるためのツールにもなっている。

ただし、大国以外は地政学に関係無いと言えばそうではない。地政学を知れば大国がどのような考えで行動しているのかが分かるし、逆に地政学を使って大国をコントロールできるかもしれない。

米中冷戦が始まって、外交に無関心であった日本国民も(日本国の主権者として)世界地図を見ながら政治を考えなくてはならなくなってしまった。

世界各地のニュースが日本の国益にどのように影響してくるのかを理解するためにも地政学の知識は有用だ。たとえば、中東問題が世界的にクローズアップされてしまうとアメリカはそちらに関心を集中せざるを得ず、東アジアは疎かになってしまう。そうなると中国の動きが活発になる...というような感じだ。バイデン政権が発足するとヨーロッパ外交重視になり、東アジアは疎かになると言われているのも同様だ。

ただし地政学は世界地図を俯瞰するマクロな視点だけではなく、各国各地域の個別の情勢分析をも含んでいる。ミクロな視点も無ければ支配はできない。(「地政学とは何か」については次回あらためて書く)。

さて、このブログは世界史を綴るためのブログなのだが、地政学は歴史を理解するためにも役立つ。そもそも地政学の開祖とされるマッキンダーの考えの中に「人類の歴史はランドパワーとシーパワーの闘争の歴史である」というものがあり、歴史の中から地政学が生まれたとも言える。

地政学を理解して世界史の理解を深めることができるように願って地政学を勉強しようと思う。ただし、一般書を読むだけなので深い理解はできないと思う。