前回からの続き。
今回はハートランドとリムランドについて。
出典:出典:"The Geographical Pivot of History", Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904)《ハルフォード・マッキンダー - Wikipedia より》
さて、ここで地政学の開祖と言われるハルフォード・マッキンダー(1861-1947、イギリス)の話を書く
*1。彼が主張した世界地図の見方は地政学の原点だ。
マッキンダーが示した仮説の主張の論点は4つ。
- 世界は閉鎖された空間になった。
- 人類の歴史はランドパワー(陸上権力)とシーパワー(海上権力)による闘争の歴史である。
- これからの時代はランドパワーの時代。
- 東欧を制するものが、世界を制する。
出典:奥山真司/地政学―アメリカの世界戦略地図/五月書房/2004/p26
1つ目の意味。彼が発表した1904年にはヨーロッパの世界侵略が一段落ついて地球上に侵略する場所は残っていなかった。「世界は閉鎖された空間になった」の意味は「ヨーロッパ列強は侵略し尽くしてしまったので、この後は列強どうしの奪い合いになる」ということを意味する。この仮説は2つの大戦があったことで正しかったと言える。
2つ目。ランドパワーの代表例は前近代はモンゴル帝国(運搬・機動力は騎馬)、近現代はソ連(ロシア)・中国(運搬・機動力は鉄道)となる。
シーパワーの代表例は前近代はイスラム帝国(運搬・機動力は船)、近代はイギリス(運搬・機動力は船)、現代はアメリカ(運搬・機動力は船)となる。
この「闘争の歴史」は両者は絶えず、闘争を続けており、それは現在・未来も変わらないということだ。
この仮説は、正しいか否かという問題ではなく、世界史の見方の一つである(とくに地政学においては)。
3つ目。マッキンダーが活躍した時代は大英帝国の世界覇権の斜陽の時期で、彼は、大英帝国と世界覇権争い(グレート・ゲーム)を演じてきたロシアが(鉄道網を広げて)大英帝国に取って代わって世界覇権国になるだろうと予言している(現実では米ソ冷戦になったので、半分当たっている)。
4つ目、「東欧を制するものが、世界を制する」。
マッキンダーは1919年に発表した『デモクラシーの理想と現実』で以下のように主張した。
東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する
*2
「世界島」とはアフロ・ユーラシア大陸(ユーラシア大陸+アフリカ大陸)のこと。
「ハートランド」という用語は上述の「pivot area(中軸地帯)」に東欧を含めた造語と説明されることが多い。また、この用語は「海側から船で川を遡ってたどり着けない場所」と説明されている。
イギリス人であるマッキンダーは、ヨーロッパ(シーパワー)の平和・安定に絶対不可欠なものは、ランドパワーとの間にある東欧の安定だ、と考える。
*3
シーパワーがランドパワーの土地を直接に統治支配することはできないので、シーパワーは東欧を(シーパワーに有利な状態で)安定させることが、「東欧を支配する者はハートランドを制する」の具体的な答えとなる。
ただし、マッキンダーが描くハートランドは東欧だけでなくドイツも含まれている(マッキンダーはロシアとドイツを仮想的と考えていた)。つまり、マッキンダーが主張している当時は、マッキンダーの理論から見れば、3つ目の「ランドパワーの時代」ということになる。
マッキンダーが亡くなって米ソ冷戦に突入した時、シーパワー側の親分であったアメリカはシーパワー/ランドパワーの間に鉄のカーテンを設けて、「封じ込め政策」を実行した。冷戦後、ヨーロッパはEUを作って東欧諸国を西ヨーロッパ陣営に引き込んでいる。このような情勢を考えれば、現在のハートランドはマッキンダーが想定していた範囲より狭いと考えたほうが良さそうだ。
「リムランド」の発案者ニコラス・スパイクマン
「ハートランド」の用語を言い出したのは上記の通りマッキンダーだが、「リムランド」を言い出したのは、アメリカの国際関係学の教授ニコラス・スパイクマン(1893-1943)だ。
スパイクマンは1940年代(第2次世界大戦中)に活躍した学者。
出典:日本の国のかたち/防衛・安全保障の在り方 – 広範な国民連合
彼の言う「リムランド」とは上記でマッキンダーが提示した地図の「 Inner or marginal crescent」の領域。「ハートランド」はこの地図の「pivot area」に相当しこれがランドパワー。シーパワーは「Lands of outer or insular crescent」を指すが、実際にはアメリカ合衆国本体のことだ。アメリカ人であるスパイクマンは「ヨーロッパの紛争にアメリカはどう対応スべきか?」を考えた結果、当時のアメリカを覆っていたモンロー主義(アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉主義)を批判して、積極的に干渉していくべきだ、と唱えた。その主張のために生み出した理論・概念の一部が「リムランド」だ。
まず、基本的な地理情報として、「ハートランド」は広大で鉱物などの資源を多く有してはいるが寒冷少雨で人が生活するには厳しい環境である。だからユーラシアにおいて人口は「リムランド」のほうが圧倒的に多い。鉱物資源は少ないが、海運を使った自由で活発な交易によってカバーできる。さらにはモノだけでなく、情報も大量に往来するため文明の発展がしやすい。
スパイクマンは上記の基本情報に注目した上で、「リムランドを制するものは、世界を制す!」と主張した。
イギリス人のマッキンダーが「東欧を制するものが、世界を制する」と言ったことを、アメリカ人のスパイクマンが「リムランドを制するものが、世界を制する」と言い換えただけだということがわかる。彼が主張する「リムランドはシーパワー(=アメリカ)とハートランド(=ランドパワー=ドイツ・ソ連)の衝突の場所」と言っているのもマッキンダーの主張の言い換えだ。
第二次大戦中に東欧はハートランドの内側に入ってしまったので、アメリカはリムランドに積極的に介入してハートランドの膨張を抑え込まなければいけない、というのがリムランドの主張のキモである。
以上、スパイクマンとマッキンダーの関係について書いたが、奥山真司氏によれば、スパイクマンは「マハン2世」だという。
奥山氏はマハンの特徴の一つとして「兵糧攻め(経済封鎖)」を挙げている
*4。
マハンの理論に忠実な現代アメリカは大日本帝国、イラク、北朝鮮そして中国に経済封鎖を仕掛けている。このような行為はアメリカは「戦争をしている」という意識でやっているという。だから21世紀の米中冷戦はすでに戦争状態と考えている(だからcold warなのだが)。
だとすると、マハンはマッキンダーの前の世代なので、マッキンダーの「東欧を制するものは~」の発想はマハンから来たのかもしれない。
話をスパイクマンに戻すと、スパイクマンはハートランドからリムランドを引き剥がせば、大半が不毛地帯であるハートランドは兵糧攻めにより参ってしまうだろうというのだ。
こういった理論を元にスパイクマンは、「アメリカは世界覇権を握るために、イギリスと日本と手を結ばなければならない」
*5
とした。
スパイクマンは上記のような主張をする一方で、「リムランド内の国どうしが仲良くなることはアメリカの国益に適わない」と主張する。これはリムランド勢力が団結してアメリカに対抗してくることへの警戒だ。奥山氏は、戦後のアメリカが日中関係や日韓関係を二枚舌でかき乱しているのはスパイクマンの「リムランド分裂戦略」がその根底にある、としている。さらに言えば、このようなやりかたは、古代ローマからつづく「分割統治(Divide and rule)」そのものだ。
*6
ところで、奥山真司『サクッとわかる ビジネス教養 地政学』では、ハートランドの領域は以下のように示されている。
出典:サクッとわかる ビジネス教養 地政学/新星出版社/2020/p25
スパイクマンは日本・イギリスとリムランド勢力としたが、奥山氏の地図ではその域外つまりシーパワー勢力として描かれている。単に、現在のち声楽ではこのように考えられているのかもしれないと考えたのだが、単に話を簡単にするために便宜的に上のような図にしただけかもしれない。
まとめ
「ハートランド・リムランド」論はスパイクマンの主張で、この主張はマハンからの流れを汲み、現代アメリカの戦略の基本の一部になっている。