歴史の世界

人類の進化:ホモ属の特徴について ③狩猟採集

どの時点でかは分からないが、ホモ属は生存戦略として狩猟採集を選んだ(または、そうせざるをえなかった)。

狩猟採集民になった理由

氷河期は、300万年前から200万年前の継続的な地球寒冷化に端を発し、まさに地球の気候の変わり目となったきわめて重要な時期である。この期間に、海水温は摂氏で約2度下がった。2度くらい、たいしたことではないと思うかもしれないが、地球全体の海水温の平均とすれば膨大なエネルギー量だ。地球寒冷化は行ったり来たりを繰り返していたが、260万年前には、北極と南極の氷冠拡大するほどにまで冷え込んでいた。私たちの祖先は、遥かかなたで巨大な氷河が形成されているとは思ってもいなかっただろうが、荒々しい地質活動によって生息環境の周期的な変化が激しくなっていくのを確実に感じとってはいただろう。なにしろアフリカ東部では、その影響がとくに甚大だったのだ。巨大な火山性ホットスポットが原因で、この地域全体が、スフレのように隆起し、そののち雨陰をつくり、アフリカ東部の大部分を干上がらせた。また、このちには湖も多く、今日にいたるまで周期的に水が満ちては枯渇するのを繰り返している。アフリカ東部の気候はたえず変化していたが、全体的な傾向としては、鬱蒼と茂った森林が減少し、疎開林、草地、そしてそれ以上に乾燥した、一定の季節にしか住めないような制作環境が拡大した。200万年前には、この一帯は『ターザン』よりも『ライオン・キング』のセットにずっと近くなっていた。

出典:ダニエル・E・リーバーマン/人体 600万年史 上/p111-112

森林が草地に変わっていく中で、頑丈型アウストラロピテクスは固くて噛みにくい植物でも食べられるような進化を遂げたが、その一方で我々の先祖は狩猟採集民になることを選んだ。

初期の狩猟とはどのようなものか

生息期間二百数十年のホモ属のライフスタイルは、「ほぼ狩猟採集民」だと言っておこう。ホモ・ハビリスやホモ・ルドルフェンシスなどの初期ホモ属は分からないが、我々ホモ・サピエンスが定住農耕のライフスタイルを経験したのは、生息期間20万年のうちの高だか1万年前後でしかない。

その初期のライフスタイルの中には火の使用や草などで作る些末な小屋の製造も無いようだ。手に入る限りの可食植物の採集をしながら、肉食動物の行動を参考にして狩猟をし始めたことだろう(弓矢も無い)。

さて、ライフスタイル(行動様式)だが、「オスが狩猟、メスが採集と子育て」という状況は、比較的簡単に理解できるだろう。多かれ少なかれ霊長類は性差がある(性的二形: sexual dimorphism)。

そして、上述のリーバーマン氏が特に強調していることは、狩猟民になるための体型の進化だ。前回、ホモ属の体型の特徴に書いたが、あのような特徴のほとんどが長距離ランナーになるための進化だ、と同氏は主張する。

ここで狩猟方法について紹介するのだが、まずその前段階として腐肉漁りの話から。以下抜粋。

260万年以上前の遺跡から、切り傷がついた動物の骨が出土している。その傷は、肉を切り離すのに単純な席を使ったときについたものだ。内部の髄を取り出すために砕いたのだろうと明らかにわかる傷がついた骨もあった。つまりこれは、人類が少なくとも260万年前には肉を食べはじめていたというれっきとした証拠だ。(p120)

肉食の発祥は、女性がもっぱら食糧採集に専念する一方で、男性が最終に加えて狩猟と腐肉漁りも行なうという分業が確立したのと同時期だったと推測できる。(p120)

当初、走るための自然選択がなされたのは、それが初期ホモ属の腐肉漁り、にとって有益だったからだろう。現代の狩猟採集民は、ハゲワシが上空を旋回しているのを見て腐肉漁りのスイッチを入れることがある。ハゲワシが上空にいるのは、その真下に獲物がいるという絶対確実なサインだからだ。それを見つけたら死骸のもとに走っていって、ライオンなどの肉食獣を勇敢にも追い払い、残り物のごちそうにありつくのである。もう一つの戦略は、深夜に耳を澄ませてライオンが狩りをしている物音を聞きつけ、朝一番で、ほかの腐肉食動物がやってくる前に死骸のありかに駆けつけるという方法だ。どちらの手段をとるにせよ、こうした腐肉漁りをするには長距離を走れなくてはならない。加えて、肉を手に入れたあとにも走力はものを言う。おそらく初期の人類は、運べるだけの肉を持って走り去り、ほかの腐肉食動物の手の届かないところで無事にその肉を食べられただろう。(p133)

出典:リーバーマン

さて、本題の長距離走を使った狩猟(持久狩猟)の話。

人類は少なくとも190万年前にはヌーやクーズーといった大型動物の狩猟も始めていた。

しかしこの時代には我々現代人が知っているような武器をもっていない。弓矢どころか先の尖った槍さえもない。このような状況下でどのように狩りをしたのかという問題にリーバーマン氏は「持久狩猟をしていた」と主張している。

まず人間は、四足動物なら速歩(トロット)から襲歩ギャロップ)へと切り替えなくてはならないぐりあのスピードで長距離を走れる。次に、走っている人間は発汗作用によって体温を下げられる。一方、四足動物は浅速呼吸(あえぐように息をすること)によって体温を下げるのだが、ギャロップで駆けているあいだはそれができない。したがって、全速力で走っている人間よりシマウマやヌーのほうがずっと速く走れるとしても、人間は自分たちより足の速いそれらの動物を猛暑のなかでの長時間のギャロップに追い込んで、体温を限界以上に上昇させ、倒れたところでとどめを刺すことができる。これがまさしく持久狩猟のやり方だ。通常、個人でやる場合でも集団でやる場合でも、狩猟者はある一頭の大型哺乳類(できれば一番大きいもの)に狙いをつけて、熱い日中に追いかける。追走劇の最初のうちは、獲物がギャロップで逃げ切って日陰に身を隠し、そこで浅速呼吸をして体温を下げる。しかし狩猟者は、すぐにその跡をたどって獲物に迫る。このときは徒歩でもかまわない。そして狙った獲物を見つけたら、今度はふたたび走って追いかける。ぎょっとした獲物は、まだ完全に体温を下げられてもいないうちから、またもやギャロップで逃げ出さなくてはならない。こうした追跡と追走を――歩行と走行を組み合わせて――何度も繰り返していけば、最終的に獲物は体温を致命的なレベルにまで上昇させて、熱射病を起こして倒れる。ここまでくれば、あとは洗練された武器がなくとも安全に、簡単に、獲物をしとめることができる。狩猟者に必要なのは、走ったり歩いたりしながら長距離(ときに30キロ程度)を踏破できる能力と、開けた環境を通りながらもずっと跡をたどっていける賢さと、狩猟の前後に飲み水を確保できるようにすることだけだ。

弓矢が発明され、さらに網などの技術や、狩猟犬、銃なども登場して、持久狩猟はめったに見られなくなったが、それでもアフリカ南部のサン族、南北アメリカネイティブアメリカン、オーストラリアのアボリジニだど、世界各地の部族のあいだでは、最近でも持久狩猟が行われていた記録がある。

出典:リーバーマン氏/p134-135

30キロも走ったら ものすごいエネルギーが消費されるが、肉は植物よりもエネルギーが豊富でさらに栄養も豊富だということで十分にペイできるとのことだ。(p120)

(この記事は次回へ続く)