前回に引き続き、ロビン・ダンバー氏の著書の話をする。
時間収支モデルと社会脳仮説については理解が十分とはとても言えないのだが、頑張って書いてみよう。
- 作者: ロビン・ダンバー,鍛原多惠子
- 出版社/メーカー: インターシフト
- 発売日: 2016/06/20
- メディア: 単行本
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時間収支モデル
生き物の生活は就寝時間と活動時間に分けることができる。
ある種(個体。基本的に人類を含む類人猿)の活動時間を「摂食、移動、休息、社交」に分割して、その種の活動の型(モデル)をつくる(研究する)ことが時間収支モデルの意義である。単純化すると以下のようになる。
摂食:食べる時間。
移動:食べ物探し。
休息:日中に体温が上昇しすぎることを避ける(熱中症のリスクを避ける)ための時間+食べ物(特に植物)を消化する時間
社交:社交時間とは社会的関係の形成する または 維持するための時間のこと。一定の規模の社会集団は なぜ必要なのか、以下に思いつく限りの理由を挙げてみよう。
- 捕食者(肉食獣)から身を守るため。
- 生活圏(縄張り)を維持するため。
- 狩猟採集を共にする仲間の維持。
- 天災・紛争など万が一の際に救済してくれる他のグループとの交流。もちろん相互救済。同盟。
ダンバー氏ら は、上記の四つを関数として表す方程式を開発した。ある種の特徴とその生活圏の正確なデータが得られれば、この方程式を使って、その種の正確な活動時間の分配が得られる。
化石人類に関しても、化石から得られるデータと化石人類が生息していた環境のデータが得られれば計算可能、だそうだ。
社会脳仮説
社会脳仮説の説明。
簡単に言えば、「脳の大きさと共同体(社会集団)の大きさの間に相関がある」、 つまりは、より大きな脳を持つ種は より大きな共同体を形成・維持することができる、というもの。
正確に言えば、《脳の一部の「(大脳)新皮質」と「行動の複雑さ」の間に相関がある》。
(大脳)新皮質は「学習・感情・意志など高等な精神作用や知覚・言語・随意運動などを支配する」*1。
ダンバー氏によれば以下のとおり。
より重要なのは、仮説が注目するのが「行動の複雑さ」と脳(新皮質)の大きさであり、集団の規模は二次的であることだ。すなわち、ある個体が維持できる関係の数は、その社会的行動の複雑さに依存し、この社会行動の複雑さが認知能力(つまり、脳の大きさ)に依存するのだ。
出典:ロビン・ダンバー/人類進化の謎を解き明かす/インターシフト/2016(原著の出版は2014年)/p58
志向意識水準の次元
「志向意識水準の次元」がおそらく社会脳仮説の核になるものだ。以下で説明してみよう。
「志向意識水準」でネット検索すればいろいろ出てくる。
志向意識水準の一次の水準は「自分の心の中身を知っている」ということで、「意識ある生き物はすべて自分の心の中身を知ってい」る(p43)。つまり「私は~と思っている」ということを「私」自身が認識しているということ。
二次は「私が『別の人が~と思っている』と思う(または推測する、想像する、推測する、etc.)」ということを認識している。
三次の話をしよう。
太郎が
花子が~と思っている
と思っている
と思っている
私、太郎、花子の三者の心の中を認識または想像、推測できる水準にある。
ダンバー氏の本から例を引用すると「彼は妻が自分と駆け落ちしたいと思っていると信じているとぼくは思う」。理解できるだろうか。
四次の水準は「四者」、五次は「五者」となる。
志向意識水準の次元は本書のテーマにとってことのほか重要な意味をもつが、それはこの要素が現生人類と他の霊長類の認知上の差異を示す定量的指標となるからだ。[中略]志向意識水準は社会的認知の複雑さを示す簡単で信頼できる尺度をもたらす。[中略]一部の実験結果によれば、大型類人猿(とりわけ、オランウータンとチンパンジー)はなんとか二次の志向意識水準(形式的な心の理論)を処理できる。[中略]正常な成人は五次の志向意識水準を処理できることを私たちが得たデータが示している。
出典:ダンバー氏/p47-48
類人猿と現生人類の検査の結果、種の志向意識水準の次元と(大脳新皮質の一部の)前頭葉の容量が正比例の関係にある、とダンバー氏は主張する。つまり、前頭葉の容量が大きいほど志向意識水準の次元が高い。
注意点を挙げる。高い次元は生まれ持つものではなく、社会的学習を経て習得しなければならない。ヒト(現生人類)は生後間もなく自己意識(一次の志向意識水準)をもつようになり、5歳で二次、10歳で正常な成人と同じ五次の志向意識水準をもつようになる(p44)。ただし、複雑な社会でどうふるまうべきかを脳が十分に理解するには20~25年もかかるらしい(p59)。
以上で、志向意識水準の説明をした、ということにする。
ここで、志向意識水準と共同体(社会集団)の大きさがどのような関係なのかを表してみよう。
高い次元の志向意識水準をもつ。
→複雑な社会(人間関係)を認識できる。
→社会内のストレス・軋轢を解決できる。
→大きな社会集団を形成することができる。
本書に書いてあることではないが、おそらくこのとおりだろう。
大脳新皮質の拡大は社会集団を大きくするだけでなく、知性も発達させたようだ。もしかしたら現代の著しい科学技術の進歩は、人類の社会集団を大きくするという生存戦略の副産物なのかもしれない。
2つのツールで求められるもの
では、この2つのツール(時間収支モデルと社会脳仮説)で何が求められるのかと言うと、大きく言えば、本の題名の通り「人類進化の謎を解き明かす(原題:Human Evolution)」。だがもう少し詳しく言うのならば、人類の心(精神面)と社会ネットワークの進化の過程と言えるだろう(p336、本書出版プロデューサの筆)。
まず、時間収支モデルを使って人類各種の活動時間すなわち「摂食、移動、休息、社交」を精査する。進化による脳・身体の大きさの変化、または環境の変化で、4つの時間配分が変化する。
人類の進化に伴い、脳・身体は(減少することもあったが)大きくなる傾向にあった。これらの増大はエネルギー需要の増加を意味する。そしてこの増加は限りある活動時間を圧迫する。
圧迫された時間の問題(さらに加えて気候の変化の問題)への解決策として、従来の古人類学では、直立二足歩行や手先の器用さなどの解剖学的進化や料理や狩猟技術などが挙げられるが、本書は脳に焦点を当てる。
上記の時間収支モデルで、ある種の時間配分を精査して、解剖学的進化と考古学的に証明できる技術だけでは節約できない時間を割り出して、この時間を「社交」の部分で解決を試みる。ここで社会脳の出番となる。
社会脳というツールを使って、ダンバー氏がどのような解答を出したかは次回に書こう。
(つづく)。