歴史の世界

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

先史:ホモ・サピエンスの「心の進化」/現代的行動

先史

「心の進化」の問題はおそらく進化心理学の分野になると思うが、それを専門とする書籍は一冊も読んだことがない。

ここではNHKスペシャル取材班『ヒューマン~なぜヒトは人間になれたのか~』の第1章「協力する人・アフリカからの旅立ち~分かち合う心の進化~」から抜き出してみる。

現代的行動

研究者は「心」というような曖昧な言い方はしない。専門的には「現代人的行動の起源」と呼ぶ。心は残らないが、行動はその結果が証拠として残る可能性がある。研究としては、目に見えるもの、証拠をもって議論できるものを対象とするのが大原則だ。私たちと同じ行動をいつ、どこではじめたのかという謎を追いかけることで、その背後にある心に迫ろうという戦略である。

出典:NHKスペシャル取材班/Human~なぜヒトは人間になれたのか~/角川書店/2012/p20

「現代的行動」はwikipediaでは以下のように説明されている。

現代的行動、行動的現代性(げんだいてきこうどう、こうどうてきげんだいせい)とは人類学、考古学などで使われる言葉で、現生人類とその祖先に特有であり、他の現生霊長類や絶滅したヒト科の生物が持っていなかった行動のことを指す。現代的行動はホモ・サピエンスが象徴的思考への依存を高め、文化的な創造性を示しはじめたことを意味している。これらの行動の進化は、言語の進化と関連していると考えられることが多い[1]。

現代的行動の起源について、大きくふたつの理論がある[2]。ひとつはおよそ5万年前に、自然言語の発生を可能とするような脳の構造の再構築か、あるいは大きな遺伝的変化によって突然起きたと考える[3]。この理論は大飛躍、大躍進[4]、旧石器時代革命などと呼ばれる。もう一つの理論では、単一の技術的、認知的な革命は起きず、万年単位での漸進的な遺伝的変化、知識・技術・文化の蓄積が原因であると考える[5]。

現代的行動は人類の歴史を通してすべての人類集団に共有されている主要な特徴のことで、ヒューマン・ユニバーサルズとして観察される。一般的には言語、宗教、芸術、音楽、神話、娯楽、冗談などが含まれる。

出典:現代的行動<wikipedia(注釈は引用先参照)

「ヒューマン・ユニバーサル」についてもwikipediaから↓

ヒューマン・ユニバーサル、あるいはカルチュラル・ユニバーサル、普遍文化とは地球上の全ての文化に共通してみられる要素、パターン、特徴、習慣のことである。強い文化相対主義の立場を取る一部の人類学者、社会学者はこのような普遍性の存在を否定するか、重要性を軽視することがある点に留意が必要である。この普遍性が狭義の文化であるか、生物学的、遺伝的基盤があるかどうかは氏か育ちか論争の争点である。ジョージ・マードッククロード・レヴィ=ストロース、ドナルド・ブラウンも参照のこと。

これらの概念は時々、特定の文化の重要性やユニークさについて何も明らかにしていない「空っぽの普遍性」と呼ばれることがある。

現代的な行動のもっとも古い証拠は前期旧石器時代に発見されており、これらの普遍性の出現はそれ以前に遡ることができると考えられる。

出典:ヒューマン・ユニバーサル<wikipedia

オーカーの遺物の意味と象徴的な思考

以上のことを念頭に置いて、NHKの本にもどって、アフリカ大陸の南端ケープタウンにあるブロンボス洞窟で発掘された遺物について。

まずは10万年前の層から発掘された遺物はオーカーと呼ばれる顔料の一種だ(p11)。「オーカー(ocher)」をネット検索すると「黄土色」と出て来るがここで発掘されたオーカーは赤色だった。

この発掘の責任者であるヘンシルウッド博士(ノルウェーベンゲル大学教授)が、オーカーについて「人間の象徴的な行動と深い関係があります」と語った(p13)。

これを受けてNHKスペシャル取材班は以下のように説明する。

つまり、ブロンボス洞窟の出土品で注目すべきは、そこに住んでいた人たちが象徴的な思考を行っていたことを強く示唆しているということなのだ。

象徴的な指向は人間を飛び抜けて進化させた能力であり、文明を築き上げる原動力ともいえるだろう。その能力の片鱗を示す証拠が、10万年前というホモ・サピエンス黎明期の遺跡から見つかったのだ。

そう、ブロンボス洞窟が聖地とされるのは、ここが、象徴的な思考というホモ・サピエンスの独自性が大きく飛躍していたことを示すもっとも古い遺跡だからなのだ。

出典:NHK/p14

また75000年前の層にもオーカーに関する遺物が出た(p15)。オーカーの石の塊の表面に目盛りのような線が施されている。エンシルウッド博士は何を表しているかは分からないと断った上で解説する。

「確かなことは、これは、当時の人々にとって何かを意味する象徴であることです」

その象徴が意味することは分からなくても、象徴であることは分かる。そこが大事なのだ。

その象徴はおそらく当時は、デザインを施した人だけでなく、多くの人々に通じたはずだ。アフリカ全土は無理でも、少なくとも集団内、またはほかの集団にも通じたはずだと博士は考えている。

「これはまさに言語に似た役割を持っているのです。私があなたに話すとき、言葉自体は実際には何も意味しません。でも、あなたも同じ言葉を知っているので解釈することができます。ですから、言語は人工物の上に刻まれたサインと同じです。(p15)

ホモ・サピエンスが高い象徴的な思考を持てたのはなぜかという問いについてはまだわかっていないとして(p21)、関係しているのは巨大な脳と言語能力だと書いている。以下は言語能力と象徴的な思考について。

「たとえば、象徴的な思考を獲得するプロセスは非常にゆっくりだったと想像していますが、どのくらいゆっくりだったかと聞かれると、分からないというしかありません。」[中略]

「ほぼ確かなことは、そのプロセスが言語の進化を伴ったということです。言語は化石化しないので、見ることはできませんが、このような技術の複雑さ、社会の複雑さは言語の複雑さがないと起こらないと考えられるので、当然、並行して言語も進化したと思います」(p22)

前述の「現代的行動<wikipedia」に「現代的行動の起源について、大きくふたつの理論がある」と書いてあるが、ヘンシルウッズ博士は上記のうちの後者の理論を支持する人らしい。ちなみに前者支持にリチャード・G・クラインという人がいる。

ブロンボス洞窟で発見されたオーカー破片の年代についてはほとんど議論がない一方で、スタンフォード大学の考古学者であるリチャード=クライン氏のような科学者は、それらは単なる落書きでほとんど意味がないと述べている。

出典:人類史に疑惑?(18)<ウェブサイト『趣味の館』 *1

クライン氏は『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』という本を書いている(原著は2002年出版)。『銃・病原菌・鉄』を書いたジャレド・ダイアモンド氏もこちら側。

装飾品の遺物の意味と分かち合いの心

この洞窟ではオーカーのほかに75000年前の層から彫刻された骨や数十個のビーズが発見されている。これらは装飾品には違いないが、手間をかけて作られたこれらの加工品が単なるおしゃれグッズではなく、象徴的な意味があったとしている。

この象徴的意味をつきとめるためにNHKスペシャル取材班は南部アフリカのカラハリ砂漠に向かった。ここには現代を生きる狩猟採集民族のサン人がいる。サン人はwikipediaによれば、『「地球最古の人類」とも呼ばれ、移動する狩猟採集民族として20世紀には数多くの生態人類学者の観察対象となった』。取材班は考古学ではなく、今度は文化人類学から答えを導き出そうとした。

そしてサン人の首飾りに関する慣習に話がいく。

取材班は9本もの首飾りをしている女性に話を聞いた。

祖先がずっと交換し続けてきたから私たちも交換するのです。[中略]首飾りをたくさんしていない人は、交友関係が少ない人です。私のようにたくさんしている人は、交友関係が多いのです。困ったときに助けてくれる人が多いのです」(p37)

サン研究の世界的権威であるトロント大学名誉教授のリチャード・リー博士はこの首飾りを親族関係の証(p38)とほかの種族との絆(p39)を表していると解説した。

「少なくとも200キロメートルの距離までは友人を見つけるようです。重要な点は、一つの地域で飢饉が起きても別の地域に十分な降水があれば、豊かな食料が期待できるということです。その地域にいる贈り物を交換した相手を訪れると、食物を得られるという仕組みです。」(p39)

以上がサン人における文化人類学上の話だが、取材班は前述のヘンシルウッズ博士に問い合わせ、サン人の首飾りとブロンボス洞窟のビーズは同じような役割を持っていたという回答を引き出した。

そして取材班はこの首飾りに託された心を「分かち合う心」と名付けた。

「分かち合う心」とヒューマン・ユニバーサル

リー博士の話↓

「どんな文化でも人間は、分かち合う環境で育ちます。分かち合いの精神が自然に身につき実行できます。児童心理学の研究から次のようなことがわかっています。人間の乳児の最初の行動のひとつは物を拾って口のなかにいれることです。次の行動は拾ったものをほかの人にあげることです」

それは世界共通だという。米国でも、欧州でも、日本でも、乳児は同じような本能的な行動パターンが身についているならば、地域によってバラつきがあるはずだ。そのバラつきがないということは、生まれながらにもっているものだという可能性が高い。その行動を身に付けていない個体は子孫をうまく残せず、自然淘汰によって排除されてしまった結果、世界共通のものになったと考えられるのだ。(p42)

ということで「分かち合いの心」はヒューマン・ユニバーサル(前掲参照)のひとつだということだ。

「分かち合う心」と互恵的利他主義

「分かち合う心」という言葉と近い用語として互恵的利他主義がある(ネット検索しているうちに見つけた)。

互恵的利他主義(ごけいてきりたしゅぎ)とは、あとで見返りがあると期待されるために、ある個体が他の個体の利益になる行為を即座の見返り無しでとる利他的行動の一種である。生物は個体レベルで他の個体を助けたり、助けられたりする行動がしばしば観察される。関係する個体間に深い血縁関係があれば血縁選択説による説明が可能だが、血縁関係がない場合(たとえば大型魚とソウジウオのホンソメワケベラ)にはこのメカニズムの存在が予測できる。

出典:互恵的利他主義wikipedia

取材班は上の人間以外の動物でもやっている「分かち合い(互恵的利他主義)」とホモ・サピエンス特有の「分かち合う心」の違いをつきとめるために、今度は京都大学霊長類研究所を訪れた(京都大学なのに愛知県犬山市にある)。この研究所はチンパンジーなどを飼育しながら、人間の起源と進化を解明することに力を入れている。(p44)

ここに所属する山本真也氏の言葉。

「チンパンジーの場合、明らかに私たちと違うところがあって、いま目の前にある、この世界に生きているという制約が強いのです。瞬間記憶もその生き方のために必要な能力です。だから、チンパンジーはいま目の前にあるこの世界のことについては、共感を持つことはできると思うんです。しかし、目の前にないものについて共感するのは難しいと思います。たとえば、広島、長崎、沖縄のような悲劇に遭った人びとに思いをはせることは、人間でなければできません」(p56)

結果的に自分のほうに幸せが戻ってくることがつづけば、助け合う関係がはじまることになります。だから、情けは人のためならず、という先人の知恵もあるわけでしょう。しかし、その関係が了解されるまでのあいだ、一方的になるかもしれない親切を施す必要があるわけです。その壁を乗り越えるためには、基本的に、想像する力が過去や未来に広がるのと同じように、他者にまで広がっていくことがカギなのです」(p57)

人間に有ってチンパンジーに無いもの。「相手の立場になって考える想像力」と「過去に思いをはせ、未来を予測する能力」。

チンパンジー以外の生物と人間との互恵的利他主義の違いは、私の素人考えで言うのなら、本能で行動するのか、(過去未来を含む)状況判断で行動するのかだろうか。

「分かち合う心」と狩猟採集社会における「平等主義」

上述のサン人は平等社会だそうだ。狩猟採集社会も基本的に平等主義だそうだが、「分かち合う心」と関連性はないのだろうか?本書にはこのようなことには触れていなかった。