歴史の世界

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先史:南北アメリカ大陸の農耕の起源について

紀元前3000年頃までは、アメリカ先住民すべてが基本的には狩猟採集民であり、異論もあるがおそらくはいくつかの熱帯地域では初期段階から園芸をおこなっていた。[中略] エクアドル南部やペルー北部のいくつかの地域では例外的にきわめて早期にみつかっている…

先史:ニューギニア高地における農耕の起源について

『農耕起源の人類史』*1には農耕の起源地として西アジア、中国のほかにアフリカと南北アメリカ大陸とニューギニア高地を挙げている。 この記事ではニューギニア高地について書く。ニューギニア高地という言葉自体聞きなれていないので、まず場所の説明から入…

先史:中国における農耕の起源について

中国の初期農耕は黄河流域(華北)がアワ・キビ、長江流域(華中)はイネ(コメ)とされる。どちらの起源もよく分かっていないらしい。 まずはイネの起源の方から書いてみる。 イネの栽培の起源と農耕文化 ここでは栽培と本格的な農耕を別に考える。 まずイ…

先史:文化の衰退~PPNB後期と土器新石器時代

PPNB期に「新石器革命」、すなわち農業を基本とする生活様式が確立した。この人類の(狩猟採集から食料生産への)生活様式の転換は生活の安定をもたらし、人口は急激に増え、文化も育った。 しかし数百年に及ぶ繁栄した文化を支え続けてきた森林がついに…

先史:農業の誕生(新石器革命)と西アジアの新石器時代初期

寒冷なヤンガードリアス期が終わると温暖期が到来する。この画期は地質年代(地質時代)における更新世から完新世への移行期だ(ヤンガードリアス期は更新世の一部。ヤンガードリアス期や地質年代については当ブログ記事「最終氷期/ヤンガードリアス期/完…

先史:ナトゥーフ文化後期(ヤンガードリアス期)

ヤンガードリアス期とナトゥーフ文化後期 ヤンガードリアス期とは亜氷期(亜氷期については「氷河期/氷期/間氷期/氷河時代」参照)のこと。寒冷な時代。地球規模の現象だが主に北半球に大きな影響を与えた。 出典:ヴォルフガング・ベーリンガー/気候の…

先史:ナトゥーフ文化~「定住革命」

先史の最大のイベントは農耕の誕生(農業革命)なので、その手前にある「定住の始まり」というイベントにはスルーされがちだ。近年の発掘と研究の結果、定住型の狩猟採集民の生活が分かるようになってきた。 「定住→農耕の誕生」 定住しなかった人類 定住の…

先史:定住型文化の誕生~ナトゥーフ文化

ナトゥーフ文化の期間は、「Natufian culture<wikipedia英語版」によれば、前12500-9500年だが、後期の千数百年間はヤンガードリアス期という亜氷期と重なるため、全く違う文化だと思う。この記事では前期の話のみを書く。 気候 出典:ヴォルフガング・ベー…

先史:2万年前~(ケバラ文化/マドレーヌ文化)

2万年前は最終氷期の最中だが、ホモ・サピエンスはその寒さを克服しながら文化を創出した。 2万年前 オハロII遺跡 ケバラ文化(ケバラン kebaran)とその後 ケバラ文化 その後 マドレーヌ文化 2万年前 出典:ヴォルフガング・ベーリンガー/気候の文化史 …

先史:ネアンデルタール人の文化からホモ・サピエンスの文化へ

少し前にホモ・サピエンスの出アフリカの記事を書いた。「出アフリカ」の前後の西アジアとヨーロッパはネアンデルタール人が「支配」していた。彼らの文化はムスティエ文化(ムステリアン、Mousterian)と呼ばれ、中期旧石器時代に入る。 ホモ・サピエンスは…

先史:ホモ・サピエンスの大拡散:アメリカ大陸編

新大陸、南北アメリカ大陸への進出は最終氷期に地続きになった「ベーリング陸橋(地峡)」を渡って達成したというのが通説だが、舟によって達成されたという説もある。併せて紹介する。 出典:ジャレド・ダイアモンド/銃・病原菌・鉄 1万3000年にわた…

先史:ホモ・サピエンスの大拡散:ヨーロッパ編

驚いたことに、ホモ・サピエンスのヨーロッパ進出はオーストラリア進出よりも後になる。ホモ・サピエンスは移住候補地に、近い寒冷な場所より遠くても温暖な場所を好んだようだ。 「45000年前」という数字 ヨーロッパに進出したホモ・サピエンスはクロマニョ…

先史:ホモ・サピエンスの大拡散:オーストラリア・日本編

Homo sapiens migration map, based upon DNA markers 出典:Prehistoric Asia<wikipedia 上の図はどの程度有効なのかよく分からないがとりあえず載せておく。 オーストラリア編 現生人類は、5万年前にはオーストラリアに到達していた。しかし、こうした初…

先史:ホモ・サピエンスの「親戚」、絶滅する

現在、人類と言えば我々ホモ・サピエンスの種しかいない。しかし数万年前までは人類は数種類いた。同時代に生きていた人類を整理してみる。 ネアンデルタール人 ネアンデルタール人の絶滅 フローレス人 デニソワ人 ホモ・サピエンス、唯一の人類になる 以前…

先史:ホモ・サピエンス:出アフリカ/文化の"爆発"

前回に引き続き、今回もNHKスペシャル取材班『ヒューマン~なぜヒトは人間になれたのか~』を中心にして記事を書く。 ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか作者: NHKスペシャル取材班出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)発売日: …

先史:ホモ・サピエンスの「心の進化」/現代的行動

「心の進化」の問題はおそらく進化心理学の分野になると思うが、それを専門とする書籍は一冊も読んだことがない。 ここではNHKスペシャル取材班『ヒューマン~なぜヒトは人間になれたのか~』の第1章「協力する人・アフリカからの旅立ち~分かち合う心の…

先史:ホモ・サピエンスの誕生

ホモ・サピエンスとは現生人類、つまり現代に生きる人間のことである。生物としてのホモ・サピエンスがいつ生まれ、どのように発展していったのか。 ホモ・サピエンスの誕生(起源) ミトコンドリア・イヴ 絶滅の危機:トバ火山大噴火 ホモ・サピエンスの誕…

旧石器時代/中石器時代/Epipaleolithic

先史時代は石器時代に入る。この記事では旧石器時代と中石器時代とEpipaleolithicについて書く。Epipaleolithicについては後で説明する。 近年において先史時代の研究や測定技術の発達のおかげで、各時代の年代(期間)が見直されている。以下の記事は古い参…

最終氷期/ヤンガードリアス期/完新世

現在から見て最後の氷河期が終わると人類は農業をするようになった、と言われる。 農業の始まりについては別の記事で書くとして、この記事では最後の氷河期(最終氷期)の終末の前後について書く。 この記事では数字に多少のズレがあるが、すべて「およその…

地質年代(地質時代)

カンブリア紀とかジュラ紀とか白亜紀などという言葉を耳にしたことがあるだろう。これは地球の歴史の時代区分。 地質時代 ちしつじだい geological age 地質学が対象とする地球の歴史を相対的な時間関係で区分した年代。地質年代ともいう。地層の重なりと地…

氷河期/氷期/間氷期/氷河時代

氷河期/氷期/間氷期などの用語は歴史上の気候変動を理解するために必要になるので、これらの言葉を理解するために記事にしておく。 「氷河期」という言葉と氷期/間氷期 氷期のこと。氷河時代のうち、特に気候が寒冷で氷河が発達した時期。 出典:大辞林<…

先史シリーズを書く

これから先史シリーズを書く。「先史」カテゴリーに保存する。 「先史」の意味 先史時代 先史時代は、「歴史時代(有史時代)」以前の歴史区分に当たり、文字を使用する前の人類の歴史である。 出典:先史時代<wikipedia 「歴史時代」とは文献的資料すなわ…

インダス文明②:インダス文明とイラン・ペルシア湾岸の関係

前回の記事「インダス文明①:新旧のインダス文明像」では長田俊樹氏の主張を元にして書いたが、今回は後藤健氏の主張に依存する。 NHKスペシャル 四大文明 インダス作者: 近藤英夫,NHKスペシャル「四大文明」プロジェクト出版社/メーカー: 日本放送出版協会…

インダス文明①:新旧のインダス文明像

インダス文明は古代四大文明の一つだが、他の文明に比べてかなり発掘・研究が遅れている。インダス文明の範囲はパキンスタン・インド・アフガニスタンにまたがっていて、三国の政府はともに古代文明に関心がなく、パキスタンとアフガニスタンについては紛争…

文化と文明について

文化と文明について##オンライン辞書から ぶん‐めい【文明】 人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化…

「四大文明」は学説でも仮説でもなく、ただのキャッチフレーズだった

書店には『これ一冊で分かる世界史』のような類の本が並んでいる。こういった本ではほとんどが「四大文明」から始まっている。私の学生時代と現在と少し違う点があるとすれば、黄河文明の代わりに中国文明という言葉が用いられていることくらいだ。 しかし最…

【はてなブログ】markdownモードで、ほぼストレスフリーに

markdownモードがいい、というよりは見たままモードがダメという話。はてなブログには「はてな記法」もあるがこちらは触ったことさえ無いのでこの記事では触れない。 見たままモードについて help.hatenablog.com 見たままモードは一般に(おそらく)WYSIWYG…

【カスタマイズ備忘録】強調したい文章を枠で囲って背景色をつける

HTMLでやる方法 次のようなもの 強調して大事なところだと印象づける、 または、後で見直した時に素早く見つけることができるための細工 これをどうやってやるか。 HTMLは次のとおり <div style="padding: 10px; margin-bottom: 10px; border-radius: 10px; background-color: #ffffcc;">強調して大事なところだと印象づける、 <br />または、後で見直した時に素早く見</div>…

2人の歴史家の「歴史とは何か」

私の「歴史とは何か」 歴史を趣味として楽しむ私の定義(?)は以下の通り。 歴史とは、 書き手が過去の出来事を意図的にピックアップして、 その出来事をなんらかの因果関係によってつなぎ合わせて 文章化したものである。 幾つかの捕捉を加えるとすれば、 政…

「前漢」カテゴリーの主要参考図書

西嶋定生/秦漢帝国/講談社学術文庫/1997年(中国の歴史2 秦漢帝国/講談社/1974年の文庫版) 秦漢帝国 (講談社学術文庫)作者: 西嶋定生出版社/メーカー: 講談社発売日: 1997/03/10メディア: 文庫 クリック: 8回この商品を含むブログ (7件) を見る 一番頼…

前漢・王莽政権と前漢滅亡

前回の記事(成帝・哀帝の治世)の最後に書いたように、哀帝の死後、実権は再び王氏一族の元に転がり込んだ。まず、孝元皇太后(元帝の皇后・王政君)が皇帝璽綬を得て、王莽を呼び寄せて大司馬領尚書事に就けて政治を任せた。*1 王莽は哀帝の後継に中山王衎…

前漢・成帝・哀帝の治世

匈奴との友好関係 内政 王莽が属する王氏一族 哀帝の親政 匈奴との友好関係 宣帝・元帝の時代に続き、この頃も匈奴との友好関係は続いていた。匈奴の単于が代替わりする度に漢に人質を送っていた。このような関係は前漢が滅亡するまで続く。 外界の強敵は匈…

前漢・元帝の治世

宣帝のまっとうな政治と匈奴の弱体化のおかげで元帝の代も平和な時代だと言っていいように思う。元帝は宣帝の作った道を進めば良いだけでほとんど何もしないでよかった。元帝の治世では大きな災禍はなかったようだ。 そのような状況の中で朝廷がやったことが…

前漢・宣帝の治世

霍氏一族を族誅した後、宣帝の親政が始まる。その政治は霍光政権の恤民政策の継承と発展であった。匈奴が分裂したこともあって総じて平和な時代だった。約5200字。 内政――循吏と酷吏 循吏の登場 何よりも大事なことは、人民の生活を安定させることであり、そ…

前漢・霍光政権②:昭帝の死去から宣帝即位まで/霍氏一族の族誅

霍光独裁政権は宮廷・朝廷内でいろいろな事件はあったものの、内外の政治は基本的に順調だった。霍光は天珠を全うした。霍光の一族はその権力を受け継いだが、宣帝がこれを誅滅した。約3300字。 霍光政権の対匈奴・西域政策 眭弘の禅譲進言事件 昭帝の死去か…

前漢・霍光政権①:内朝・外朝/恤民政策/塩鉄会議

武帝が亡くなり昭帝が立つ。御年8歳。昭帝を支えるのは武帝が選んだ3人、大司馬大将軍の霍光、左将軍の上官桀、車騎将軍の金日磾(じつてい)*1。3人の実権が確定するとおきまりの権力闘争が起こり、その結果 霍光が独裁者となった。約4000字。 昭帝即位…

前漢・武帝⑯:武帝の死/武帝の評価

皇太子を冤罪で失うという悲劇のわずか4年に武帝は亡くなる。参考文献には武帝が後悔のうちに死んでいくような描写が多い。なんとなく情けないような感じで終わってしまった武帝の治世だが、その治世の全体を見渡せば武帝の才能は高く評価されるべきだろう…

前漢・武帝⑮:神秘主義/巫蠱の乱

神秘主義、オカルトと言ってもいいだろう。現代では大の大人がオカルトを真顔で話し出すと信用を落としかねないが、近代科学のない古代中世の世ではそうではなかった。数々の偉業を成し遂げた武帝もその一人だった。絶大な権力を持つ武帝が神秘主義に振り回…

前漢・武帝⑭:諸制度の始まり 正史/元号/太初暦

塩鉄専売など武帝の治世より始まったものはたくさんある。この記事では以前に書いたもの以外の重要な「始まり」を3つ挙げる。多数の制度の改変によって武帝代以前の帝国とは別物になった。これは秦制からの脱却とも言える。約3400字。 正史の始まり、『史記…

前漢・武帝⑬:儒教の隆盛

始皇帝の焚書坑儒によって致命的なダメージを受けた儒教は前漢代に入って「解禁」された。しかし前漢代の序盤の思想の潮流は黄老思想が幅を利かせて儒教はその影に隠れていた。 武帝の治世に入り儒教は表舞台に躍り出る。武帝は政治思想の支柱として儒教を黄…

前漢・武帝⑫:酷吏の出現/州と州刺史の設置

塩鉄専売/五銖銭と貨幣の中央政府独占発行の記事でこれらの経済政策を行う時に違反を厳しく取り締まる酷吏の存在が必要だったことに触れた。別の記事で算緡令と告緡令に触れたが、「告緡令のせいで中産以上の商人の大半が破産した」という。商人をそこまで…

前漢・武帝⑪:運河 漕運/灌漑/治水

太田幸男氏*1によれば、武帝の時代に大規模な運河がいくつも作られた。治水・灌漑・漕運の3つの目的を兼ねたものが多かったとのこと。約3000字。 まずは黄河の地図 漕運 灌漑 治水 前132年 黄河、大氾濫。以後二十数年にわたり修復できず。 前126年 漕渠開…

前漢・武帝⑩:算緡令・告緡令/均輸法・平準法/桑弘羊

前回の記事経済関連その1において塩鉄専売という商人の一番の利益を謂わば横取りするようなことをして利益を得たが、今回の増税策でも商人たちがターゲットになっている。前漢の経済官僚として有名な桑弘羊は商人出身だが、このような政策を推進したのは彼…

前漢・武帝⑨:塩鉄専売/五銖銭と貨幣の中央政府独占発行

武帝の前の二代にわたる治世は文景の治と呼ばれ讃えられている。民の生活の安定に重きを置き、金銭的・人的コストが酷くかかる対外戦争は避ける方針を採った。この結果国庫は潤い備蓄の食料が腐るほどだったという。 しかし武帝の対外戦争は四方に敵を作り、…

前漢・武帝⑧:第二期対匈奴攻戦

第一期対匈奴攻戦は以前書いた。前134年~前119年。衛青・霍去病が活躍し、匈奴を北方へと追いやった。しかし第二期の戦いでは漢の軍事作戦はほとんど失敗し、多大な戦費と人命だけを消費した。武帝は前89年、この戦争から手を引くことを決断した。対外戦争…

前漢・武帝⑦: 西域支配

西域とはおおまかに言って中央アジアのこと。「古来、中国人が中国の西方にある国々を呼んだ総称」*1。 前漢及びそれ以前の漢人は西域について詳細な知識を持っていなかった。張騫によって初めてもたらされた。張騫の「冒険譚」は『史記』の大宛列伝にかかれ…

前漢・武帝⑥ :衛氏朝鮮攻略

武帝治世の朝鮮半島北部に衛氏朝鮮という国があった。衛氏朝鮮の王は漢人で、現地諸民族の併呑と漢からの流入者で国は栄えた。三代目の朝鮮王が漢の言うことを聞かなくなったため武帝はこれを攻め滅ぼした。約1000字。 前108年 衛氏朝鮮、滅亡。「漢四郡」が…

前漢・武帝⑤:西南諸民族攻略

西南諸民族は西南夷と呼ばれていた。『史記』では「西南夷列伝」に書かれている。東南地域と同様にこの地域も漢人はほとんど住んでいなかった。そもそも中原とは全く気候の違う場所で、当時の漢人には住みづらい場所だっただろう。そして当然、中央政府の威…

前漢・武帝④ :東南勢力併合

この記事でいう東南勢力とは、南越国・閩越(びんえつ)国・東甌(とうおう)国の3つの国とする。長江下流より南に位置する。この3国がどのような国だったのかを調べた。調べたといっても、wikipedia調べでそのソースは『史記』などの短文のものだ。どこま…

前漢・武帝③: 第一期対匈奴攻戦

前135年、文帝の皇后、竇太后、死去。竇太后は文帝の代から政治に口出しする人だったらしく、彼女が生きている間は武帝は頭が上がらなかった。その竇太后が死んだ。この頃はまだ景帝の皇后の弟の田蚡(でんふん)などがいて、武帝の専制体制はできていなかっ…